注:ここから先の文章にはある生き物に関する描写が細密に記述されています。それに強い生理的嫌悪感を抱く方は、正体が分かったと同時に喰らいボムをすることをお勧めします。










折りしも、暦は十二月。
昨日降った初雪は溶けることなく神社の境内を白く染め上げ、日の光を反射してきらきら光っていた。
早朝というには少し遅い朝。冬の青い空は澄み渡り、いい天気になると誰もが予感できそうだった。
なべて事もなし。いつも通りに退屈な日となるだろう。

博麗神社は今日も平和だった。
そこに住んでいる紅白巫女さん、博麗霊夢は居間で朝食後のお茶を楽しんでいた。
めっきり寒くなった外の空気と湯飲みから立ち上る熱い湯気が合わさり、暖かな空気を演出する。
一口お茶を含んで飲むとお腹がゆっくり温かくなる。
至福の一時だった。

「はあ〜、今日も平和ね〜」

霊夢は穏やかな微笑をたたえながら、目を細めて外を見る。
秋に見事な赤色に色づいた桜の木々は、すっかりその葉を散らせて雪の衣を纏っている。
魔理沙などは、そろそろ雪見酒でもしようぜー、などとまた宴会の企画をしていたが、それも悪くないかもしれない。
霊夢が外を見ながら湯飲みを傾け、ぼーっと考え事をしているその時だった。

ちゃぶ台に、なにか、ぽとっ、と、落ちるような音がした。

「ん?」

霊夢は音がした方を見る。
ちゃぶ台の上には確かに今までにはなかったものが載っていた。
大きさは大体五、六センチくらい。全体的に黒っぽく、つやつやとしていた。
端からは二本の細くて長いしなやかな糸が伸びており、真ん中部分にも六本の短い糸がついていた。
そして、動いた。
短いほうの糸を高速で動かしてかなり速い速度で動いた。

それがナニカを霊夢の脳が認識した瞬間、彼女は人間が持つ最も原始的な本能行動を、忠実に実行した。


「ひぃぎあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


神社の境内に人のものとは思えない叫び声が木霊する。
そして遅れて轟く爆音。

それが開戦の狼煙だった。





















博麗霊夢の長い一日 〜Gの逆襲〜





















博麗霊夢は強い。むちゃくちゃ強い。

毎日毎日ぐーたら生活を送っているくせに、いざ戦えばアホみたいな強さを発揮する。
紅魔館の霧騒ぎから数年間、連戦連勝を重ね、向かうところに敵はなし。
本当に人間かよ! 貴様の血は何色だ! と疑いたくなるくらいに強い。
特別なことなど何一つしていない。遠い昔に博麗の陰陽術の文献をぱらぱら読んだだけなのだ。
それを見よう見まねで真似しているうちに、いつの間にかこんな風になってしまった。
その中には某世紀末救世主が使うような究極奥義まで含まれていたのだから始末に終えない。
いわゆる天才という種類の人間なのだろう。

博麗霊夢が強い理由のもう一つは、彼女の特殊な性格にある。
彼女が全てに対して平等にものを見る。人も全て同じ、動物も全て同じ、植物も全て同じ、極端に言えば、全ての物の価値を同じとしてみている。
だから彼女に脅迫の類は通用しない。たとえ、親を盾にしても「勝手にすれば?」みたいな感じで流してしまう。この辺が人間とは思えない、というかすでにどこか悟ってしまった感がある。
要するに、彼女と相対したいならば、自分の実力で本気と書いてマジと読むガチンコ勝負を挑むしか方法がないのだ。

さらに、宝くじの一等を当てかねない強運と、最も効率的に敵を倒す戦闘センスと抜群の勘を持ち、おまけに人間だから鬼や吸血鬼みたいな先天的な弱点もない。至れり尽くせりだった。

そんな強力無比、完全無欠っぽい博麗霊夢なのだが……………………実は弱点が存在する。

強い奴ほど変な弱点がある、とは誰の弁だったか。鬼の豆然り、吸血鬼の雨然り。それは、彼女も例外ではなかった。
世間的にはその弱点を持っている女性は数多くいるので、別に驚かないのが普通だ。
普通なのだが……博麗霊夢という女性に限って、そのイメージがなかなか結びつかないのだ。
しかし、彼女もやはり人間だった、というか、どんなものにも例外は付き物というか……彼女は今年の花騒ぎが収まったある暑い夏の夜、後天的に弱点を作ってしまったのだ。
その弱点を作った事件とは一体どんな事件だったのか。それを言ってしまうとさすがに映像的にまずいような気がするので、一言、

「味噌汁」

とだけ言っておこう。
もともと、霊夢はそれほど嫌悪感を抱いていたわけではないのだ。もちろん、生ゴミなどに群がっている姿には臭い物を見るような顔をしていたのだが直視できないほどではなかった。
しかし、霊夢はそのXデーから向こう一ヶ月間、味噌汁、というか食事全般に言いようのない恐怖を味わった。
この日から霊夢にとって、奴は憎むべき敵となったのだ。強烈なトラウマとともに。



「はあ……はあ……はあ……」

肩を上下に動かして荒い息をする霊夢の前には見事に真っ二つに割れたちゃぶ台一脚。
そばに置いてあった大幣に思いっきり霊力を込めて叩きつけたのだ。
突っ込むべきところはいくつかあるが、とりあえず、なんで大幣で真剣のごとき斬れ味を出せるのか、と言っておこう。

「な……なんで奴がここにっっ!!」

体をわなわなと震わせて、鬼の形相でちゃぶ台とともに粉砕されたモノの亡骸を睨みつける。
哀れにも、ちゃぶ台に載ったモノは二秒程度でちゃぶ台もろとも真っ二つにされ、恐ろしく高密度の霊気で黒い灰になるまで粉々にされてしまった。
しかも、その攻撃はしっかりと一点集中されており、ちゃぶ台は消滅しなかったところも恐ろしかった。

「なんでよ! なんで奴が今頃出てくるの!? もう冬よ!? 初雪も降ってこれからどんどん寒くなる一方なのに、夏しか活動できないゴミ虫がなんで今頃出てくるのよ!?」

霊夢は怒りを隠そうともせずぶちまける。
確かに、そいつは夏の生き物である。夏のじめじめした気候を好む。大量繁殖するのはその時で、冬はもう活動を抑えて大人しくしているはずだ。

しかし、それ以上に霊夢には納得できないところがあった。
なぜなら、博麗の神社内には、この生き物は存在しないはずであることを思い出したからだ。

「まさか……」

霊夢は神社に張ってある、ある結界が壊れたのではないかと真っ先に考えた。だとしたら今日は安心して眠れない。
寝ている間に顔を這ったりしたら、などと考えただけで全身に鳥肌が立った。

「と、とりあえず、確認してこないと!」

霊夢はあわてて宙を舞い、縁側に通じている開け放たれた障子をくぐって外に向かった。



この博麗の神社には外の世界とを隔てる博麗大結界の他にも、実はもう一つ結界が存在する。
その名も、霊夢謹製・対G究極滅殺結界。

お食事中の方もいらっしゃるかもしれないのであえてイニシャルにしているが、そのGとやらが外から境内に進入しようとした瞬間に分子レベルにまで分解することに特化した超限定的・局所的な結界である。
名前からも分かる通り、作ったのは霊夢だ。
努力など報われることはないと固く信じていた霊夢が初めて三日三晩完徹で作り上げたシロモノだ。
その結果、Gは完全に博麗神社の敷地内から姿を消した。
天才が本気になると恐ろしい。

この結界の能力は主に二つ。一つは先ほど述べたGの滅殺。
もう一つは作った本人も張られていることがまったく分からないほどの隠密性である。
事実、博麗神社を訪れる人間、妖怪のすべてが、いまだかつて誰もこの結界の存在に気づいていない。
あの結界と境界のスペシャリスト、八雲紫でさえも例外ではないのだ。
隠密能力がある理由は簡単である。弱みを握られないためだ。
まさか、あの霊夢がGに弱いなどと知れたら、意地の悪い知り合い連中(主に一人)にどんな悪戯や嫌がらせを受けるか分からない。
万が一、あの出歯亀天狗になど知れたらと思うと考えただけでも恐ろしい。
だから、絶対にこの結界の存在を知られるわけにはいかないのだ。
霊夢が約四ヶ月間、Gが嫌いであると誰にも知られなかったのは、この能力によるところが大きい。
そして、霊夢は何か特別なことが起きない限り、神社を離れることはない。みんなが知らないのも無理はなかった。

神社兼住居の東西南北にある木の根元に、それぞれ一つずつ、何の変哲もない一抱えほどの石が置いてある。
これが対G結界(略)の礎となる石だ。
注意深く調べないと、これに術がかけてあるなどと誰も気づかない。それは霊夢も同じだった。
もう四ヶ月前に作った結界なので存在すら忘れていた。さっきのGの来襲により、強制的に記憶の底から引っ張り出されたのだ。

「おっかしいわね……どこも異常はないわ……」

作った当初によく吟味したので、その石は鳥や動物に持っていかれず、それでいて置いてあっても不自然ではない絶妙な大きさだった。なので、四つともいつの間にか無くなっているわけでもなかったし、亀裂が入っているわけでもなかった。
術は数ヶ月たった今でも順調に稼働しているようで、特に異常は見られなかった。

だとしたら、さっきの奴は一体どこから我が家に入り込んだのか。霊夢は頭を捻った。

空から飛んできたのだろうか。
いや、それはない。この結界は冥界の門を遥かに超える高さを持っている。間違ってもGが空から降臨することはありえない。
ならば、家にいつの間にか卵でもあったのだろうか。
それもない。Gが天敵となったあの日の翌日に家財道具を全て庭に出して、天井裏から床下まで徹底的にバ○サンした。
これも霊夢謹製だ。憎悪の炎に燃える霊夢が作ったバ○サンの致死性は人間にとってのゲルセミウム・エレガンスに匹敵する。
それにバ○サンした後から、その夏はまったく姿を現さなかったのだから、神社内のGは死滅したと考えていい。
だから、この結界の中ではGは姿はおろか、影すら見えないはずなのだ。

「なのに、なぜっ……!!」

霊夢は歯噛みする。
悔しい。果てしなく悔しい。結界を作り上げて以来、Gのいない安息の日々を送っていたというのに。
まさか、その日に終わりが来ようとは。

「ちっくしょーーー!! ぜったいに駆除しつくしてやるからなーーー!!!」

霊夢は空に吼えた。目尻に日光が当たるとキラリと光った。







種族:ご○ぶり コードネーム:G
『Gは忍者のようなものだ。
 床を高速で駆け回り、狭い場所に体を滑り込ませ、ありえないところから侵入して食料をゲットしていく。
 そして奴らは飛ぶ。床を這っていたかと思うとノーモーションで顔にめがけて飛んでくる。
 その速さは筆舌に尽くしがたく、奴らの大きさが人並みだとすると新幹線すら凌ぐという。
 そして生命力がありえない。核戦争後の世界を唯一生き残るのはGだという。
 人類はそのGに対し、叡智を結集して戦いを挑んだ。
 ホイホイは科学の進歩とともにその形を変えていった。ホイホイの歴史を紐解けば人類の歩んだ道筋が見えるだろう。
 だが奴らは、その人類の血と涙と汗の結晶をあざ笑うかのごとく進化し、ことごとくねじ伏せてみせた。
 Gは人類にとって、その存亡をかけて戦わなければならない因縁の相手なのだ』
〜 幻想郷の生き字引・上白沢慧音 〜







大幣を握り締めて、霊夢は玄関の前に立つ。
頭には白い鉢巻、両肩には無数のお札が数珠状にたすきがけられ、両隣には紅白の陰陽玉が浮いている。神社の社殿に常備されている物だった。
もはや我が家は人外魔境と同じだ。
この家の中にささやかな平穏を乱す凶悪な敵が潜んでいる。それも何体いるか分からない。
霊夢は持てる力の全てを結集して戦いを挑む覚悟だった。
再び、幸せな日々を取り戻すために……。

「よ、よし……行くわよ……」

意を決して、霊夢は玄関の戸に手をかけた。
博麗家はそれほど大きいわけではない。
玄関を上がって一方通行を二度ほど曲がった後、全ての部屋に通じる廊下に出る。
主な部屋は全部で四つ。台所、居間、風呂場、そして霊夢の寝室だった。小さなものを入れれば便所や物置も含まれる。
それらを片っ端から、しらみつぶしに調べて、奴らの巣窟を見つける。
基地を見つけられた敵は必ず抵抗してくるだろう。望むところだ、全て叩き潰してくれる、と霊夢は無理やり勇気を奮わせた。
大幣を握り締める手が少しばかり震えていたが、武者震いだと言い聞かせる。

そして、ゆっくりと戸を右に開けた。



玄関は不気味なほどひっそりとしていると霊夢は思った。それは彼女の神経が過敏になっているからだったのだが、それに気づくことはない。
一歩足を踏み入れただけで廊下の向こうからGの大群が押し寄せてくるのではないか、そんな妄想まで浮かんでいた。
ごくりと唾を飲み込む。その音さえもGに聞こえているのではないかとも考えた。
要するに、すでにいっぱいいっぱいだった。というか、まだ足さえ踏み入れていなかった。
ようやく、戸から、そっ……と顔を入れ、目だけを動かして辺りを窺う。……動く物はいない。
それを確認すると、ドアを体がぎりぎり入れるくらいまで開け、すっと家の中に入った、と同時に左足の小指を玄関の柱にぶつけた。

「っっっ!!! 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

宙を浮きながら、しばらく声も出ないほどに悶え苦しむ。端から見てると、まことに愉快な光景だった。
じわじわと痛みがひいてくると、霊夢は無防備な姿を晒していたことに気がついた。

(まずい、これでは殺られる……)

もうこんな失敗はしないと固く誓って、霊夢は警戒しながら玄関を上がった。



廊下を注意深く歩きながら、まず始めに、霊夢は台所に向かった。
Gは食べ物があるところに湧く習性がある。ならば奴らの巣窟は台所にあると考えるのが妥当だろう。

台所の入り口から頭半分だけ出して、中の様子を窺う。……敵影も動く物もいない。
今度はしゃがみこんで、床に這っていないかを見る。……こちらも異常はない。

それを確認すると、霊夢は慎重に台所に入った。ほふく前進っぽく。
右腕には大幣が握られており、いつでも攻撃できるように霊力が込められている。
横の陰陽球も敵影を認めた瞬間にフルオートで針を飛ばせるようにセットしてある。迎撃準備は万全だった。

床を中心にくまなく探索を進める。年季を感じさせる板張りの床には、ついに敵影を捉えることは出来なかった。
ならば壁の後ろ……そこに穴が空いており、敵基地への通路があるのではと考えた。
台所で壁が露出していない箇所は一箇所だけである。茶碗や皿、他の食器類、霊夢の命ともいえるお茶などが入った茶棚だった。
確認するためには、その茶棚を少しだけずらして覗いてみるしかない。

「……」

もし覗いた瞬間に顔なんかに飛びついてきたりしたら…………台所は灰燼と化すに違いない。
そこを開けることは、パンドラの箱を開けるに等しい行為かもしれないのだ。

しかし、撤退することは出来ない。撤退したら、いつまでたっても明日への扉は開かれない。
霊夢は意を決した。
首をつたう汗を感じながら、茶棚と壁の間に手を差し込む。
……茶棚をずらした瞬間、やつらがビッシリいたらどうしよう……とか考えた。
想像するだけでこっちまで鳥肌が立つ。霊夢はその三倍増し以上だろう。

だが、そんな弱気を全力でねじ伏せ、霊夢は一気に力を込めた。

ズズ……

鈍い音が下から聞こえ、茶棚は壁裏を垣間見せた。
長いこと放っておいたため、埃がひどかった。年末には掃除をしないといけないと霊夢は思う。
恐る恐る壁裏を観察した。埃のほかには蜘蛛の巣があるだけで、穴らしきものを見つけることは出来なかった。
どうやら、台所には奴らの基地への進入経路はないようだった。

「ふう……」

霊夢は安堵する。一番可能性の高かった台所ではないということは、残る部屋のどこにいるというのだろう……。



















がたっ

「ひっ!!」

どばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!

霊夢が気を抜いた瞬間、台所から裏庭に続くドアの向こうで物音がした。それと同時に霊夢はドアに向かって陰陽玉から全力で針を発射した。
ドアは蜂の巣のように無数の小さな穴が空いた。針が木を通った時の摩擦で白い煙が上がっている。

やがて、あちら側から、にゃ〜〜〜、という鳴き声が聞こえた。

「ああっ! しまった!」

霊夢は急いでドアを開ける。そこには一匹の野良猫がおり、針で身動きが取れないでいた。

「ご、ごめん、ごめん! すぐに抜いてあげるからね!」

霊夢は地面に突き刺さった針を一本一本抜いていく。
猫に針が一本も刺さらなかったのは奇跡としか言いようがなかった。一歩間違えば動物虐待だ。

霊夢が針を抜き終わると、猫は一目散に森のほうに駆けて行った。



居間には、さっき叩き割られたばかりのちゃぶ台がそのまま置かれている。
ここは、霊夢 VS G の幕開けとなった忌まわしき場所だ。霊夢は苦々しい表情で、ちゃぶ台を見つめる。

辺りを見回すと、不自然なものはちゃぶ台の他には無い。
壁にも天井にも穴は空いていないし、どこにも進入経路らしきものは無かった。

……だとしたら、尖兵たるあのGはどこからやってきたのだろうか。

奴は霊夢が外に気を取られているうちにいつの間にかちゃぶ台の上に上がっていた。
しかし、いくらぼーっとしていたとはいえ、外から奴の進入を見落とすことは無い。
となれば、当然、家の中から進入してきたのだ。今、霊夢が立っている廊下を伝って。
霊夢ははっとして廊下を観察する。敵影も動く物もない。それを見計らって、霊夢は居間に退避した。

「ふう」

安堵のため息をつく。
Gが家の中にいると分かった以上、廊下は奴らの生命線だ。
台所には巣がなかったから、台所と居間を除く他の部屋にいる可能性が高い。
廊下を注意深く前進しながら他の部屋を一つずつ制圧していく。これが最も有効な作戦だった。



浴槽には昨日の残り湯がまだ残っている。
いつもならとっくに掃除をし終えているのだが、緊急事態のため、それは後回しとなっている。

「……」

霊夢は脱衣所の前のドアから風呂場を注意深く覗き込む。台所以外で奴らが住みそうなところといえば、ここ風呂場だった。
厳冬に向かう寒い中で暖を取ろうというのなら、ここ以外にありえない。しかも奴らが好む湿気も備えている。
巣を作るには格好の場所だった。

狭い脱衣所には特に異常は見られず、続いて浴室を調べ始めた。
浴槽の脇の壁や板張りの床を丹念に調べる。……浴室にも特に異常は見られない。
ここではない……? ということは、残るは霊夢の寝室……。

さーっと霊夢の顔が青くなった。

(ま、まさか私が寝ている横に奴らの巣が!?)

基本的にGは夜行性ゆえ、活動時刻は専ら夜だ。昼間に姿は見えなくとも、夜になるとわんさか台所を闊歩している、何てこともありうるのだ。
だから、先ほど霊夢が想像した、寝ている間に顔を這う、なんてことも考えられる。というか、もし寝室に巣があるのなら可能性が高い。顔じゃなくとも布団の上を横切っているかもしれない。
霊夢の体は鳥肌を通り越してジンマシンが出そうだった。懸命に体を掻いて興奮を冷ます。

(と、とりあえず、行くしかないわよね……)

最悪の可能性を否定しつつも、それを完全に払拭できない霊夢だった。



かくして、霊夢は寝室にやってきた。
覗き込むと、書き物をする机や鏡台、衣服が入ったタンスなどがある。台所に続いて物が多い。朝起きた時とまったく同じ状態に思えた。
しかし、いままでの部屋の中では、最も壁が露出しているところが少ない。つまり、奴らの基地がある可能性が高い。

「……」

霊夢はそんなもんがあってほしくない気持ちでいっぱいだった。
寝室は人間に限らず、動物が最も無防備になる場所だ。そこにGの巣があったとなると、天敵に無防備な姿を晒していたも同然なのだ。
……だとしたら、すでに寝首を掻かれている可能性が高い。
夏の暑い日、布団をお腹にしかかけずに寝ていて、最も肌を露出しているとき、その体を奴らが……。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

霊夢は頭を抱えて身悶える。想像するだけでおぞましい。
しかし、まだ想像の段階だ。確信が無い。それに、仮にすでに事が終わってしまっていたとしても、貞操の恨みは晴らさなければならない。
嫌悪と怒りがないまぜになったぐちゃぐちゃの心で、霊夢は寝室の探索を始めた。

ここに使った探索時間は他とは比べ物にならなかった。三十分かけて壁という壁を調べてみたが、特に何も見つからなかった。
見つかったのは、ずっと昔に無くしたと思っていた十円玉のみ。ラッキーとか思いつつも、心から喜ぶことは出来ない霊夢だった。

「ここでもないとすると……一体どこよ……」

壁に寄りかかって座りながら思案する。
主な部屋は全て回った。
後に残ったのは、便所、食料などを保管してある倉庫、物置となっている天井裏くらいだった。

「……」

しかし、よく考えてみると、奴らはとてつもなく狭い場所を好む。挟まっていないと落ち着かないんです、とでも言いたいくらいに狭い場所を。
さっき挙げた部屋は全て狭い。いままで回った四つの部屋よりも巣がある可能性が高いかもしれないのだ。

「なるほど……こうなれば部屋という部屋を回ってあぶり出してやるわ……」

闘志の燃え上がった霊夢は、勢いよく立ち上がって家の探索を再開した。







「はあ…………いないわね」

正午。
朝からずっと家の探索をしていた霊夢は、ひとまず居間で休憩を取ることにした。
もちろん、周囲への警戒は怠らない。壁の隅に陣取って座っているし、そばには大幣、頭上には陰陽球が浮いている。

「……」

結局、家の中を全部見回ってみても、Gの巣らしきものは見当たらなかった。
Gは一匹見たら千匹いると考えろ、と言われているし、巣があることは確実なのだ。

霊夢は考える。
もしかしたら、朝見たのはGとは違う、まったく別の生き物だったのだろうか。
奴らに似た昆虫はけっこういる。クワガタのメスとかコオロギとか……。

(ああ、コオロギかぁ……冬でも元気なやつがまだいて、それと間違えたのかなぁ……)

霊夢は薄く笑いながら

「……そんなわけないっすよ」

と、なぜか体育会系で自分の考えを否定した。
あれは100%、完全にGだった。四ヶ月間見ていなかったとはいえ、自分の天敵を見間違えるはずが無い。
必ず奴らの巣はある。絶対に見つけ出してやる。
家の中にいないのならば、床下しかない。
ここまできたら昔使ったバ○サンを床下に撒いてみてもいいかもしれない。床下に思いっきり噴射すればそれで全てが終わるのでは?

「……」

しかし、奴らはその最強攻撃を身に受けても、四ヶ月後の今、復活して来た。
つまり、自分の目の届かないところでバ○サンをやり過ごしたとしか思えない。どこかに安全地帯があるのだ。
そこに逃げ込まれたら効き目が無い。

「ならば、逃げ場がないほどバラ撒けばいいだけよ……」

三年前は縁の下の一方方向から噴射しただけだった。
それを縁の下の前後左右から噴射し、とどめに家の中心にも据えて置く。
五ヶ所を起点にした無差別攻撃。前回の比ではない。確実に滅殺出来る。

「ようし……となれば善は急げね」

邪悪な微笑を浮かべながら、霊夢はバ○サンが置いてある倉庫へ向かった。



霊夢謹製バ○サンは香霖堂の殺虫剤を改良して作られたものだ。
見た目には業務用のでかい殺虫剤にしか見えない。ただ、この殺虫剤の違うところは、Gに対してのみ激烈な効果があるのだ。
霊夢は巫女である。化学製品の知識はないし、殺虫剤をどのように作るのかをまったく知らない。ましてや、成分を変えて効果を高めるなどということは絶対に出来ない。
だが、十八番である陰陽術を使うことで不可能を可能にしてしまった。
その正体は、“呪い”。陰陽術では割とポピュラーな術だ。
霊夢は博麗に伝わる最強の呪術儀式を、そのバ○サンに対して行った。Gを殺すことに特化するように。
かくして、最強のG専用バ○サンが誕生した。これが噴射する霧に足先一つ触れただけで、みるみるうちにそこから腐って死に絶える。
商品化すれば、さぞボロ儲け出来るだろうが、霊夢は自分の力を使って金儲けをしようとしない。変わったやつだった。

まあ、それはさておき、すでに霊夢は家の四方にバ○サンをセットし終えていた。

「さあ、あとは家の中心だけね。床をはがさないと……」



博麗の家の中心は社殿にある。
神社と居住区が一体となっている博麗家は、その半分以上が社殿で占められている。
だから、必然的に社殿の床をはがすことになる。霊夢は神職だからはがしても別にいいのだろうか。

社殿に入ると、広い床の向こうに御神体が見える。
何の神が入るのかは知らないが、参拝客を見る限り、あまりご利益はなさそうだ。
霊夢はその神に特に敬意を払うこともなく、ずかずかと社殿を歩く。そして、持ってきた工具を使って板をはがしにかかる。
神社の縁の下はかくれんぼに使えるほどに高さがあるのだから、別に板をはがす必要などないのかもしれないが、霊夢はその縁の下に入るのがいやだった。
縁の下では自由に身動きが取れない。もし、そこにGの巣があったとしたら、逃げるのがどうしても遅れる。
床上なら、上から下を見下ろせるし、いざとなったら飛ぶことも出来る。だから、手間がかかっても床をはがしたほうが安全を確保できると思ったのだ。

「よっ……と」

五分ほど板と工具と格闘し、一枚の板をはがすことに成功した。

「ふう……」

さすがに、女の腕で大工仕事はつらい。汗が噴き出してくるが、霊夢は休まずに次の板に取り掛かった。
まだバ○サンを下に下ろせるだけの隙間がない。あと二、三枚ははがさなければならないようだった。


一枚はがし終えると二枚目以降はコツが掴めてきたのか、わけなくはがすことが出来た。
三枚はがしたところで、隙間を確保することが出来た。これでようやく準備が整う。

「よーし、じゃあ降ろしましょうか」

バ○サンをロープで括りつけ、縁の下に降ろそうと霊夢は床下を覗き込んだ。

「………………?」

霊夢は首をかしげた。おかしい。なんだか床下がものすごく暗かった。
いまは正午を少し過ぎた辺り。いくら縁の下が暗いとはいえ、下の砂利や土やらが見えないことはないはずだ。
なのに、覗き込んだ床下は真っ黒。まるで真夜中のようだった。

霊夢が不思議に思っているその時だった。

その暗闇が、少しずつせり上がってきた。

「!?」

何かの冗談のようだった。暗闇が動くなんて信じられなかった。
霊夢は目が離せなかった。いや、動けなかったという方が正しい。

なおも暗闇はせり上がってくる。
そして、それが姿を現した。

見た目は太くて黒い電気コードのようだった。直径は五センチくらい。
それが床下から、ぬうっと現れて、霊夢の顔の前を通り過ぎていった。
やがて、それは社殿の天井に届かんというところで止まり、今度は少しずつ下降を始めた。
そして、再び霊夢の眼前を通って、何事もなかったかのように床下に姿を消した。

ようやく金縛りが解けた霊夢は尻餅をついて、そのままの体勢でゆっくりと後ずさりを始めた。
社殿の壁に突き当たるまで後ずさり、そしてガタガタと震え始める。

「まっ、まままま……まさか、ああああれって……!」

触覚?

そう認識した瞬間、

「きゃああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

霊夢は絹を引き裂くような悲鳴を上げて、社殿の障子を突き破って外に逃げ出した。

逃げて逃げて逃げて。

魔理沙の家を越え、香霖堂を越え、途中で歌ってた夜雀を轢き、大きな湖を越え、紅魔館を越えて。

とにかく、力の限りに飛んでいった。







「はあ……はあ……はあ……」

ようやく力尽きて霊夢は飛ぶのをやめた。
そこは一度も来たことのない、見知らぬ草原だった。あたり一面の雪に覆われ、夏に繁茂した草の姿はどこにもなかった。
霊夢は雪の上にゆっくり着地した。そして、ぺたんと腰を下ろす。

「ぅ……うえぇ………もういや…………」

ありえない現実を突きつけられて、霊夢は絶望で涙を流した。
本当にありえなかった。あの触角の長さから見て、ゆうに五メートルはある巨大なGに違いなかった。
いくら幻想郷が常識の範疇から外れているとはいえ、ありえない大きさだ。
しかし、ついさっき霊夢が見たのは紛れもない、Gの触覚だ。自分の目で見た現実は受け入れなければならない。
神社にあれが居座っている以上、何とかして駆除しなければならないのだ。
それは霊夢にとっては酷な話だった。五センチばかりのGでさえフル装備で戦わなければならないほどなのだ。
百倍になったらどんな格好で戦えというのか。びっしりと梵字でも書かれた甲冑でも着込むしかないのではないか?

冬の真っ青な空の下で、霊夢は両手を冷たい大地について泣き続けた……。







ひとしきり泣き終えると、霊夢はやっと冷静になった。
青空の下、これからどうすべきなのかを考える。いつまでもウジウジしない、この辺の切り替えの速さはさすがだった。

(まずは……いままでの出来事から分かったことを整理してみよう……)

まず、この事件の発端は、居間に子Gが現れたことである。
本当にいつの間にかだった。夏にも現れなかったGがいつの間にか居間に現れたのである。

(そうだ……そもそも、奴らが冬に出てくるなんてこと自体がおかしいわ……)

Gが天敵となった日の以前にも、Gが冬に出現した覚えは一度もなかった。
出現したのは夏だけだ。あのXデーも夏である。となれば、今頃出現したことに何かヒントがあるのではないか?

(他におかしいことといえば……家の中に巣らしきものはまったく見当たらなかったことと……出て来たのはあいつだけだったこと……)

あれだけ探して、目撃したGは居間にいた一匹だけだとは、やはりおかしい。Gは生殖能力が半端じゃない生き物だ。一匹いたら絶対に複数匹いるはずなのだ。

(そして……あいつね……)

あの巨大な親G。あんなもの、世界のどこを探してもいないに違いない。いや、幻想の生き物が棲む幻想郷だからこそありえるのかも知れないが、それでも異常だった。

(目撃したやつが二匹、あのちっちゃいのと、でっかいのだけ……。そして、奴らに不可欠の生息場所が不明だわ……。縁の下なんて奴らが棲むもんじゃないし、そこにあのでっかいのがいるってことも妙ね……。それに、境内の外から入ってくることは100%ありえない。あの結界は自信作だし、いくらでかくても結界に触れれば消滅してしまうはず……)

ならば、一つの結論は何か。

「あの二匹とも、結界が出来る前にもともと棲んでいたか、もしくは、新しく生まれたか、ね」

前者は考えにくい。縁の下には特製のバ○サンを撒いたし、子Gは隠れてやり過ごしたとしても、でかい方の奴には絶対に霧に触れたはず。だから、新しく生まれた、と考えるほうが自然だ。
しかし、百歩譲って突然変異だとしても、あれだけでかいやつが生まれるものなのだろうか。やはり無理があるような気がする。

(他に……他に、どこかおかしかったところは……)

霊夢は目をつぶって今日の出来事を細密に思い浮かべる。
朝にお茶を飲んでいる時に子Gを灰にしたこと、そのまま結界の様子を見に行ったこと、社殿に武器を取りに行ったこと、玄関から恐る恐る中に入ったこと、台所を探索して猫を危うく傷つけそうになったこと、居間でちゃぶ台が真っ二つになっているのを見たこと、風呂場へ、

(あれ……?)

いま、何か違和感を感じた。
もう一度、映像を巻き戻して再生してみる。

(朝にお茶を飲んでいる時に小さい奴を灰にして……、そのまま結界の様子を見に行って……、社殿に武器を取りに行って……、玄関から恐る恐る中に入って……、台所を探索して猫を危うく傷つけそうになって……、居間でちゃぶ台が真っ二つになっているのを見て……)

「ああっ!!」

霊夢はひらめいたかのように大きな声を上げた。

「そうだ! 私が朝に灰にした奴の死骸がなくなっている!!」

霊夢は大幣で真っ二つにした子Gの死骸が居間からいつの間にかなくなっていたことを思い出したのだ。生き物ならば死んだ後に風化するが、いくら風化するとはいえ三十分かそこらで風化するなんてことはありえない。今日は風もないし、灰が飛ばされた、なんてことも考えにくい。

「え? じゃあ、どういうこと?」

死に絶えた直前に死骸が短時間でなくなってしまうということは、

「ゆう、れい……?」

霊気で攻撃して、死骸がいつの間にかなくなる、なんてことは幽霊を浄化したときでもないと起こらない。
それは陰陽道に身をおく霊夢自身がよく知っていることだった。

「そうだわ……幽霊だと考えれば、いままでのおかしなところが全部辻褄が合うじゃない……!」

信じられないが、どうもそうみたいだった。
一般的には幽霊は温度を気にする必要がないし、生殖能力は当然ない。そして、生きているGにしか効かないバ○サンは効果がない。
さらに、あのでかい奴は幽霊がたくさん集まって複合化したものと考えればいい。知り合いに人間でありながら魂が分裂してしまったやつがいる。魂が分裂するなら、合体することもそれほど無理があるようには見えない。

「もし、もしその仮説が正しいかを証明するなら、私の結界を調べるべきだわ!」

霊夢は自分の考えを確かめるため、勢いよく空に舞い上がった。



博麗神社の上空に霊夢はいた。
社殿の障子は突き破った時のまま放置されており、出てきた時となんら変わらない様子だった。

(このまま、あいつがいなくなってくれたらいいんだけど……)

霊夢の考えが正しければ、仮にあのでかいG幽霊を倒しても復活してくる。
そうなれば、また今日みたいな大騒ぎをすることになる。それは絶対に避けたかった。

霊夢は警戒しながら、社殿に一番遠い場所にある対G結界の礎石に舞い降りた。
術の仕組みは単純で、礎石には全て同じ術がかけられている。それを四方に配置して発動術をかけると、ある一つの石にとって最も近い二つの石を結んで四角形の結界が出来上がる。
だから、術の解析は一つの石で行えばよいのだ。

「やっぱり……!」

解析を短時間で終えると、何故Gの幽霊が発生したのかがわかった。
それは本当に偶然。
原因は、霊夢が生きているGを殺すことにしか目を向けず、殺したGの霊がどこに行くのかを考えていなかったからだった。

森羅万象、生きているものは全て魂がある。その魂は、死後、閻魔に裁かれ、天界に行くか地獄に行くか、はたまた冥界に行くか再び輪廻転生するか、様々な道に分かれるが、まずは三途の川を渡りに行く。
つまり、霊夢の対G結界は、死後の魂を逃がさない効果があったのだ。それもG限定で。
バ○サンで殺されたGは三途の川に行けなくなり、浮遊霊となって縁の下に集まり、某RPGのザコモンスターの如く合体したのだ。

しかも、この結界の最も性質の悪い所は、“外から入ってくるGの魂に結界は作動しない”ということだ。
だから、結界内に外からじゃんじゃん入ることは出来ても、出ることは出来ない。
おそらく、生きているGが結界に触れて消滅した時に魂がそのまま結界の中に入ってしまったり、冥界に向かうGの魂が結界に引っかかったりして出られなくなったのだろう。
その結果、あんな大きなGの幽霊が誕生したのだ。

「自分が蒔いた種とはいえ……なんて恐ろしい……」

霊夢は早速、魂が結界を完全に素通りできるように修正するつもりだった。

(いえ……ちょっと待って。修正するなら、逆のほうがいいんじゃないかしら……)

霊夢は思い直す。もし、霊を素通りできるように修正したとすれば、確かに一時的に霊は追っ払えるかもしれない。
しかし、これから先、また霊がほんのはずみで合体して、再びちゃぶ台に姿を現すなんて可能性はゼロじゃない。
それなら、外から霊が入ってこられないようにして、少しずつ確実に数を減らしていったほうがいいのではないか?

(そうね……いつかまた現れるかもしれない霊に怯えるより、外の霊を締め出した上で、現れたところを叩いていったほうが確実に数を減らせるし、気が楽だわ)

霊の浄化は成仏と違って完全消滅を意味するが、霊夢にはかわいそうなどという考えは生まれなかった。それほどに嫌いなのか……。

(だとすると……一番の問題はあのでかいやつの駆除ね……)

もう死んでいるものには呪いは効かないのでバ○サンは使えない。だとしたら霊気を込めた攻撃で直接叩くしかない。

(で、でも直接攻撃はいやだわ……)

さすがに大幣であんなでかい奴に立ち向かおうとするほど無謀ではなかった。
ならば、お得意の弾幕で遠距離攻撃するのが妥当だ。しかし、いくら得意とはいえ、縁の下にいる見えない相手に向かって放てるわけがない。縁の下には何本もの柱がある。凄まじく勘の鋭い霊夢でも、あのでかいGを一発で倒せるような大きさを持った攻撃を暗闇にある柱を縫って行う、というような神技は使えない。一本か二本かぶち抜く可能性が高い。それで社殿が潰れたりでもしたら、神社としてやっていけなくなる。

(ど、どうしよう……)

結界の修正をしながら、親Gの駆除をどうすればいいのかを必死に考える霊夢だった。



結界の修正を終え、霊夢が出した結論は……誰かに助けを求めること、しか残念ながら無かった。
霊夢はいくつか浄化系の結界術を知っている。それを家全体に張って発動すればよかった。
しかし、それらはどれも、人間の呪いを解いたり邪悪な妖怪を鎮めたりするものであり、幽霊を消滅させるものは含まれていなかった。
日ごろの修行不足がこんなところで祟った。
つまり、親Gの駆除はやつの姿が完全に見えたところで弾幕を撃ち込むことのみ。
そして、そのためには奴を外におびき出さなければならないのだ。

(そのおびき寄せることが、私には出来ない……)

おびき寄せるには縁の下に入らなければならない。それが霊夢には恐ろしい。返り討ちで食われるかもしれない。
だから霊夢は必死に、協力してくれそうで、駆除に最もむいていて、そして霊夢がGに弱いということを絶対にばらさない口の堅い人材を見つけるしかなかった。

(そんな都合のいいやつなんて、いるわけ……)

……

「あ」

……いるじゃないか。幽霊に詳しくて、縁の下に入れるくらい小さくて、足が速くて、それになによりクソ真面目といってもいいくらい生真面目で口が堅そうで、何も見返りを要求しなさそうなやつが。

(そうね……あいつしかいないわ……)

即決した。というか、そいつしか考え付かなかった。

霊夢は一路、冥界を目指したのだった。







冥界は下界と同じように雪に覆われていた。
白玉楼の階段に続く長い石畳の脇には数え切れないほどの桜の木が植えてあり、それらは全て葉を落として寂しそうにたたずんでいた。

霊夢は冥界に来るのは久しぶりだった。
前来たときは春の異変のときだったから、約一年半ぶりになる。そもそも、生きている人間が死人の国などに用は無い。
あの二人に会うのは、宴会の時や何か変なことが起こった時がほとんどだが、たまに神社に遊びに来たりもする。
しかし、霊夢が冥界に明確な目的を持って向かうのは、今回が初めてだった。

石畳を渡り終え、長い階段を上ると、大きな和風の屋敷が姿を現した。屋敷の遥か向こうには、去年の事件の元凶の妖怪桜が見える。
まあ、今回はそんなものに用はない。用があるのは屋敷の住人のほうだ。

霊夢は屋敷の玄関前に着地して中に大声で呼びかけた。

「ごめんくださーい! だれかいるー!?」

十秒ほど待つ。
それからしばらくして、中のほうからパタパタと足音が聞こえ、ガラス戸の向こうに人影が映った。
戸が開いて銀髪の少女が顔を出す。

「はーい、どなたですか……って霊夢じゃない。どうしたの、何か用?」
「ええ、ちょっとあんたにね」
「は? 私に……?」

白玉楼の従者、魂魄妖夢とそばにいた半霊は首をかしげた。



板張りの広い廊下を、妖夢に案内されて霊夢は通る。
左を見ると見事な庭園が広がっている。前を行く妖夢が手入れをしているのだろうか。だとしたら大したものだった。

「でも、本当に珍しいわね。冥界に来るなんて、去年のあの日以来でしょう」
「死人の国になんて用は無いわよ。それこそ、死んだときでもないとね」
「道理だけどね」

妖夢は笑って応じる。

「それにしても、今日は千客万来ね。対応が追いつかないわ」
「は? 千客万来?」
「玄関を見て気づかなかった? 靴が多いことに」
「……」

言われてみればそうだった。この屋敷には二人しか住んでいないのに、靴がやたら多かった。
そのどれもが見たことのある靴だった。中でも特徴的だったのが、普通の靴に高下駄を足したような変な靴……。

霊夢はものすごくいやな予感がした。



妖夢が白玉楼の居間の障子を開けると、霊夢の予感は的中した。

「あら、本当に霊夢じゃない。吸血鬼さんの予想が的中したわね」
「私が霊夢の声を間違えるはずがないわ」
「珍しいわね〜、あなたがここに来るなんて〜」
「えっ、そうなんですか? 霊夢はどうしてここに来たんですか?」
「まあ、入ってもらって、ゆっくり聞こうじゃないの」
「……」

なんで、こんなに大集合しているのだろう。霊夢はややふらついた。この屋敷の主、西行寺幽々子がいるのは分かるのだが……。
居間の中にいたのは、マヨヒガの住人・八雲紫、紅魔館の主・レミリア=スカーレットとその従者・十六夜咲夜、永遠亭の薬師・八意永琳と月のウサギ・鈴仙、そして……いま最も会いたくなかったガセネタ新聞を発行している鴉天狗・射命丸文だった。

「な……なんでこんなに集まっているのよ……。何かあったっけ、今日……」

紫と永琳と文が答える。

「いいえ、みんな偶然よ。私は幽々子の所に遊びに来ただけ。友人ですものね」
「私はそこの庭師さんに頼まれて、新しい薬を補充しに来たのよ。直接来ればいいのに、忙しくて手が離せないから来てくれってね」
「私は当然、取材ですよ。初雪が降った白玉楼の見事な庭の記事を作ろうと思いまして」

それぞれ納得のいく答えを出してきた。

「で、あんたはなんでいるのよ」

一番ここに縁のなさそうなレミリアに尋ねる。

「ん? なんとなくよ」
「は!? なんとなく!?」
「なんとなく、今日は面白そうなことが起こる予感がしたのよ。ここにいれば、何かが起こるって私には分かるの」
「……」

霊夢はレミリアの能力を思い出した。“運命を操る能力”。だから、この小さな吸血鬼はある程度未来を見通すことが出来る。
霊夢がここに来ることも、うすうす感づいていたに違いない。

「どうやらその予感は当たったみたいね。あなたがここに来ることは珍しいらしいし。それで? なんであなたはここに来たのかしら?」
「う……」

答えに詰まる。まさかGの退治のために妖夢に協力を依頼しに来たとは言えない。
何とか言い逃れるしかなかった。

「え〜とね……、ちょっと妖夢に用があったのよ。うちの庭の手入れを頼めないかと思って」
「手入れねぇ……。あなた、そんなことに興味あったかしら?」

紫が余計なことを言う。

「さ、最近興味を持ち始めたのよ! あんまりほったらかしにしておくのも、なんだしな〜と思って」
「なんだかおかしいですね。前に取材に行ったときは、庭の掃除なんてめんどくさくてやってられない、なんて言ってたのに」
「だ、だから興味を持ち始めたって言ってるでしょ!」

みんなが霊夢を変な目でみる。それはそうだろう。いつもなら飄々と受け答えする霊夢が、なんだか慌てている様子だからだ。
形勢が不利だった。霊夢は早めに話を切り上げなければならない。

「じゃ、じゃあ妖夢。ちょっと話があるから来てくれない?」
「え? ええ……いいけど……」
「別にここで話してもいいんじゃない? 庭がどうたらこうたらって話でしょ?」
「二人きりで話したいのよ!」

みんなの目の色が変わった。

(しまった……余計興味をそそるようなことを……)

「二人きりで……なんでですか?」
「もしかして……ただの庭の話じゃないの……?」
「二人で、誰にも聞かれたくないような話……」
「なにかしら? それって……」

霊夢を見る視線が嘗め回すようなものに変わっている。さながら獲物を狙う肉食獣のように。
草食動物の霊夢は、ただ逃げるしかなかった。

「じゃ、じゃあね! 妖夢、行きましょ!」
「うわっ!」

いきなり手を引っ張られた妖夢に構うことなく、霊夢はそそくさとその場を離れた。



「はあ……助かった……」
「ちょっと……なんなのよ……」

居間からかなり遠く離れた場所で、霊夢は止まった。いきなり連れて来られた妖夢は不満顔だ。

「ふ、二人きりで話って、い、一体なんなの……?」
「なんで赤くなってんのよ。言っとくけど、私にそんな趣味は無いわ」
「あ、そ、そうよね! 何勘違いしてんのかしら私」
「でも、内緒の話ってのはホントよ。もう、あんたにしか頼めない。私の一生に関わることなの」
「一生に関わること……?」
「とにかく、詳しく話すわ。ここは使える?」

霊夢はすぐそばの障子を指差して言った。

「ええ、ここは使われていない客間だから大丈夫よ」
「そう。じゃあ、ここにしましょう」



客間はかなり広かった。十二畳ほどある。一人用ではなく、複数の人間が同時に泊まる部屋なのだろう。
物は少なく、掛け軸と漆塗りの机があるだけだった。

「いい部屋ね。こんな部屋に住みたいものだわ」
「誰も使うことがない部屋ばっかりで困るわ。掃除が大変なだけで。貸せるものなら貸したいわよ」

妖夢は押入れから座布団を二枚出して敷いた。その上に二人は座る。

「それじゃあ、話すわ……。今日一日のことと、あんたに頼みたいことを」

妖夢は真剣な霊夢の表情にやや緊張していた。あの霊夢がここまで真剣になった姿は見たことがない。
そんなに重大なことなのだろうか。

「……ええ、お願い」
「……事の始めは、今日の朝だったわ。私は朝食を終え、食後にお茶を飲んでいた。その時だった。私が外に気を取られているうちに、ちゃぶ台の上に、」
「……?」

妖夢は突然霊夢がしゃべるのを止めたので、訝しい目をした。

「……どうしたの?」

妖夢がそう聞くと、霊夢は人差し指を口に当て、静かにしろ、とゼスチャーする。
それを見た妖夢はあわてて口を噤む。

霊夢はゆっくりと部屋を見回しながら、おもむろに懐から何かを取り出した。
針だった。
長さは大体十五センチぐらいの長い針だ。それを右手の親指と人差し指で摘むように持ち、視線を部屋に張り巡らせた。

やがて、霊夢の視線は横の障子の方で止まった。
そして、一気に右腕を振りかぶって針を障子に投げつけた!

『ひぎゃっ!!』
「えっ!?」

障子の向こうのほうから、犬が蹴っ飛ばされたかのような声が聞こえたので、妖夢は驚いた。
それと同時に、霊夢は障子に向かって走って、障子を開け放った。

「あんた! なにしてんの!?」
「ゆ、幽々子様!?」

妖夢の言うとおり、そこには額を押さえて身悶えしている西行寺家の主の姿があった。

「うう〜〜〜、いた〜〜〜い〜〜〜」

ごろごろと転がるお嬢様。霊夢はむりやり引き起こす。

「あんた、ここで、なに、してんの? ん?」

霊夢はヤクザが堅気の人間を脅すような声で詰め寄った。

「え? ええと……。天気がいいからお散歩に〜」
「お散歩なら外に行きなさいよ。盗み聞きはお散歩なの?」
「ええ〜、わたし、盗み聞きなんてしてないわよ〜?」

弁明するお嬢様。だが、目が泳いでいる。決して霊夢を見ない。

「……妖夢、こいつを引っ立てて」
「あ、ああ〜……わかったわよ。さ、私は霊夢の話を聞かなければなりませんから、こんなところで遊んでないで居間にいらして下さい」
「うう〜、妖夢がいじめる〜」

ずるずると引きずられていく幽々子を霊夢は呆れた目で追った。



再び、客間である。

「でも、いきなり針を投げつけるなんて、ちょっと危ないわよ?」
「盗み聞きするようなやつに人権なんてないのよ!」

霊夢の剣幕に妖夢はちょっと引く。
人権がないとは、かなり乱暴な言い方だが、今回は我が主のほうが悪いので何とも言えない妖夢だった。

「それに、あの針は弾幕ごっこ用の針だから当たっても死なないわよ。だから、思いっきり投げつけてもいいの!」
「わ、わかったわよ。じゃあ、ちょっと邪魔が入ったけど続けましょう。どこまで行ったっけ?」
「……朝食のところまでね。私が朝食をとった後、お茶を飲んで外の景色を眺めていたの……そしたら……」
「……そしたら?」
「いたのよ、やつが」
「やつ?」
「いまは冬でしょ? 季節的にそいつが出てこられるわけないし、最初は我が目を疑ったわ。でも、ちゃぶ台の上には確かに、」
「……?」

妖夢は霊夢がまた話を途中で止めたので、訝しい目をした。
まさか……。

「ま、また……?」

妖夢がそう聞くと、霊夢は人差し指を口に当て、静かにしろ、とゼスチャーする。
それを見た妖夢はあわてて口を噤む。

霊夢はゆっくりと部屋を見回しながら、おもむろに懐から何かを取り出した。
さっきと同じ針だった。しかし、今度は四本持っている。

(よ、四人も……!?)

妖夢はさっきの幽々子と同じく、まったく気づかなかった。
そして、いま精神を集中しても、どこにいるのか見当がつかない。

霊夢は針を指の股に四本持ちながら部屋を見回す。
そして、ゆっくりと宙を浮いた。
妖夢はその姿を固唾を飲んで見守る。剣道に身を置く妖夢からしてみれば、今の霊夢の姿は武術の達人の領域なのだ。
さっき幽々子に投げつけた針は障子を貫通しなかった。直前で姿を消し、向こう側にいる幽々子に刺さったのだ。
離れた武器を操るなんて、あのメイドくらいしか出来ないと思っていた。

宙に浮いた霊夢はしばらく部屋を見回していたかと思うと、瞼を閉じた。
数秒ほどそうしていた。

そして、カッ! と目を見開いたかと思うと、床下、天井、隣の客室、背後の障子に向かって針を高速で投げつけた!

『ぎゃっ!』
『ふわぁっ!』
『ひゃっ!』
『ひぎぃっ!』

それぞれ霊夢が針を投げつけた方向から変な叫び声が聞こえた。
そして、その後で何か呻くような声。きっと、痛みに耐えているのだろう。

「……ここは邪魔が多いわ。外に行きましょう」
「……え、ええ……」

霊夢の言葉に、付き従うしかない妖夢だった。



「は? ご○ぶりぃ?」

白玉楼の屋根の上空で、霊夢と妖夢は再び話を始めた。
そして霊夢の話を聞いた妖夢は、素っ頓狂な声を上げた。

「……やっぱり、そういう反応をするわよね。それとそいつの名前を呼ぶときはGってお願い。聞きたくないの」
「じ、じい?」
「……なんで赤くなるのよ」
「い、いや、なんでも……そ、それにしても意外だったわ。霊夢がごき……じゃなくってGに弱いなんて。あなたがGを叩いている姿がありありと思い浮かべられるのに」
「私も他の害虫だったらそうしてるわよ。でもあれだけはダメなの。今日だって本気で攻撃してちゃぶ台をダメにしちゃったし」
「はあ、難儀しているのね……」
「でも、ようやく、今日決着をつけられるかもしれない。そのためにあんたに協力してもらいたいの」
「それは?」
「巨大Gの駆除」
「きょ、巨大?」
「そう、巨大。全長で五メートルばかしの」
「ごっ!?」
「どうやら、そいつは幽霊らしくてね。小さな奴の霊がいくつもいくつも合体して、あんなのになってしまったらしいのよ。ありえるでしょ? そういうこと」
「ああ、うん。確かに、幽霊がくっつくことはあるわね。人間の場合はほとんどないけど、昆虫とかは、わりかし多いかも」
「そのくっついた奴がいま、私んちの縁の下にいる。あんたには、そいつを外におびき出してもらいたいの」
「ちょ、ちょっと待って! そんな大きなやつなんて聞いてないわよ! それじゃ、私が危ないじゃない!」
「私はどうしても縁の下に入るのが怖い。でも、あんたなら、それほど恐怖感はないだろうし、おびき出してもらえるだけでいい。後は私が弾幕で仕留めるから」
「……虫のいいこと言ってるって、分かってる?」
「……ええ」

そう言って、霊夢は空中で土下座の姿勢をした。

「ちょ、ちょっと!」
「私はもうあんたしか頼れる人がいない! あんたの剣は幽霊を斬れるし、足も速いから逃げるのも速い! そして、何より他の連中に私がGが嫌いだって事を隠してくれる! そうでしょ!? あんたは武士なんだから!」
「ぶ、武士っていうか……仁義は大事だってお師匠様から教わったけど……」
「ならお願い! 私を助けて! 助けてくれたらこの恩は一生忘れない! 次にあんたが困ってたら、真っ先に協力するから! だから、お願いします! 私を助けてください!!」
「……」

妖夢は絶句した。
あの霊夢が、ここまで頭を下げて助けを求めている。それは決して、珍しいとか言って揶揄できるものではなかった。
本当に、この少女はつらい思いをしていると、妖夢はようやく感じ取った。ここで手を差し伸べなければ、師匠である祖父になんと言われるか分からない。
それに半分とはいえ、彼女も人間なのだ。困っている人を助けるのは、人間として当然の行いだ。
だから、やることは決まっている。

「……霊夢」

名前を呼ばれた霊夢は妖夢の顔を見た。その顔は、本当に優しい笑顔だった。

「大丈夫よ。そこまで頼まれたら断れるわけないじゃない。私も加勢してあげる。二人でいたほうが、気が楽でしょ?」
「ぁぁ……」

霊夢の目が涙で滲んだ。妖夢はゆっくりと霊夢を抱きしめる。

「霊夢に恩を売る、またとないチャンスだわ。だから、気にしないでいいわよ。後で何をしてもらうか、ゆっくり考えさせてもらうから」
「ば、ばか……」

冬の青い空の中で、少女二人は抱き合った。







日の入りまで、もう間もなくという頃。霊夢と妖夢は博麗神社の境内に降り立った。

「なんだか、社殿の障子が壊れているけど……」
「私がやったのよ。逃げるのに夢中で、開けてる暇がなかったの」

霊夢は妖夢に対G結界や、その他のことについて、つぶさに話した。
なので、妖夢は博麗神社にもうGの本体や霊が入ってくることは出来ないことを理解していた。

「でも、白玉楼にいた連中の世話はしなくてよかったの? まだ帰ってなかったんでしょ?」
「ああ……もういいの。あの人たちは……」
「?」

妖夢は疲れたような顔でため息をついた。白玉楼を出てくるときの事を回想する。

幽々子に外出する旨を伝えようと妖夢が居間を訪れると、異様な光景が広がっていた。

紫、咲夜、鈴仙、文、そして主である幽々子が額に絆創膏をはっていたのだ。
誰があの部屋の話を盗み聞きしようとしたか、一目瞭然だった。レミリアと永琳はお供を使ったらしい。狡猾な。
それに、全員が額に絆創膏をはっていたところも恐ろしい。凄まじい勘と運とコントロールだった。

そして、あいつらは妖夢の姿を認めた瞬間、怒涛の如く質問して来た。
霊夢はなんだって? とか、一体何の話だったの? とか散々聞かれた。主に、文とレミリア辺りが積極的に。
で、質問攻めにあった妖夢も、霊夢に誓った以上、話の内容を聞かせるわけにもいかない。
結局、白玉楼を出られたのは霊夢と話してから三十分も経ってからだったのだ。

「とにかく、いまは敵を倒すことに集中しましょう」
「そうね。じゃあ、さっき話した通り、あんたが奴をおびき寄せて、外で待っている私が弾幕で仕留める、でいい?」
「それなんだけどね……多分、それじゃ完全に殺せないと思うのよ」
「え!?」

霊夢は耳を疑った。

「か、完全に殺せないって、言った?」
「ええ、今は姿が見えないけど、霊夢の話が本当だとして、あのGは小さな霊が集まって出来た集合体。だけど、“融合”しているわけじゃないから、多分、全部殺せない」
「ど、どういうこと?」
「霊は一個の確固たる魂だから、それが完全に融合することは出来ないのよ。何か術でも使わない限りね。だから、いま縁の下にいるGは形こそ巨大なGだけど、本当はたくさんの霊が集まって、Gの形を作っているだけなのよ」
「……つまり」
「もし、一発でも弾を当ててしまったら……分裂する」
「ぶ、分裂……」
「五メートルなんて大きさなんだから、相当の数のGがいるでしょうね。神社は結界が張ってあって、Gは外に逃げることは出来ないから、神社の中を無数のGが這い回ることに……」
「も、もういいわ……想像したくない」

霊夢は耳を覆った。

「じゃあ、一旦結界を切って、外に逃がしてから、また結界を作動させるってのは?」
「それじゃあ、人里に異常にでっかいやつを放つことになるでしょう? 自分のせいで、何か間違いが起こってもいいの?」
「う……」
「だから……私が考えた作戦は、私が縁の下に入って奴をおびき出して、霊夢が奴を結界で縛る。そして、その結界の中で分裂した奴を残らず切り潰す、これしかないと思うのよ」
「な、なるほど……」
「分裂させてしまったら、駆除に相当な時間がかかるわ。明日になったら、魔理沙辺りが訪ねてくるかもしれない。そうしたら、霊夢の秘密がばれて、全ておじゃんよ。だから、失敗は許されないし、今日中に片付けるしかないのよ」
「う、うん……」
「しっかりして、霊夢。いつもなら“そんなこと、言われなくても分かってる”って言うところよ。これは共同作業。一人でも欠けたら出来ない仕事なんだから」

霊夢は妖夢の凛とした横顔を見て、彼女がこの上なく頼もしく思えた。やっぱり、妖夢に頼んでよかった、と心からそう思った。

「うん、分かってる。これが成功すれば、また平和な日々が戻ってくるわ。そのためにも、絶対に成功させてみせる。成功したら……今日は宴会ね」
「ええ」

妖夢は微笑んだ。

そして、太陽が山の斜面に沈む。
霊夢の長い一日の最終幕が上がろうとしていた。







赤く染まった空の下、どこかでカラスの声が聞こえてくる。
霊夢は神社の鳥居の下に立っていた。そして、妖夢は神社の賽銭箱の前にいる。これから、巨大Gをおびき出そうと、縁の下に入るのだ。

対G結界は鳥居が境界線となっており、それから神社の境内、裏庭を全て囲んでいる。
結界で巨大Gを縛るには、敷地が広いほうがいい。ならば、鳥居から神社までの境内の中で縛るのが一番いい。
狭い裏庭などに逃げ込まれたら結界を張るのが難しくなるし、それに、また縁の下に入ってしまう可能性がある。

だから、一発勝負。
妖夢がおびき出し、巨大Gを外に出し、向かってきたところを霊夢が縛る。
至極、単純な作業だった。

「ぅ……」

……だが、この単純作業にも霊夢は緊張していた。
あの触覚が忘れられない。床下から化け物のように現れ、鼻先を掠めていったあの触覚が。
その触覚の持ち主が、いまから出てくる。霊夢に向かってくる。
両手で握り締めた大幣が、汗で少しずつ滲んでいった。
覚悟は出来たはずなのに、まだどこかで恐れを抱いているのだ。
でも、これで終わらせなければならない。失敗は許されないのだから。

やがて、妖夢が楼観剣に手をかけて抜刀する。それが高く掲げられたとき、いよいよ妖夢が縁の下に入るのだ。
それと同時に、巨大Gとの対面がカウントダウンされる。早いか遅いか分からない。でも確実にやってくる。

「はぁ…………はぁ…………」

霊夢は浅く息をつく。ごくり、と唾を飲み込む。夜の帳が降り始め、気温は下がる一方のくせに、霊夢の上半身は汗でびっしょりだった。
体が小刻みに震える。喉が渇く。こんなこと、あのレミリアや幽々子といった強敵と対峙したときにもならなかったのに。



賽銭箱の前で、妖夢は霊夢を見つめる。遠目からではよく見えないが、きっとかなり緊張しているだろう。
もしかしたら、失敗するかもしれない。そうしたら、フォローするのは自分の役目だ。
与えられた役割はおびき寄せだけではない。霊夢が結界を張るまで巨大Gの動きに気を配り、結界を張りやすい状況を作らなければならない。
自分から攻撃は一切出来ない。攻撃できるのは、霊夢が結界で縛ってからだ。
結局、この問題は霊夢がかたをつけなければならないものなのだ。

(がんばれ、霊夢……)

心の中で静かに声援を送り、そして、妖夢はゆっくりと右腕を上げた。



「!」

妖夢の右腕が上がった。いよいよだ。いよいよ始まる。最後の戦いが。
霊夢の緊張は最高潮に達していた。少しでも緊張を抑えるために、張るべき結界の手順を確認する。

(ええと……ええと……理屈は夏に作った結界と同じだから……大幣を突き立てて……こっちに向かってきたらその直前で術を…………あとは、ええと……うん、大丈夫、そんなに難しくないから……あせらないで……いつものように……いつものように……)

霊夢は必死にやるべきことを復唱する。
巨大Gを抑え付ける結界の理論は、すでに夏に確立されている。それを簡易結界として、自分の前方に即席で作る。そんなことは、いつもの霊夢なら考えなくても出来る簡単なことだった。
しかし、過度の緊張は身体能力と思考能力を低下させる。いつもは簡単に出来ていることが出来なくなってしまうのだ。本番に強い人間と弱い人間の差である。
当然、霊夢は前者の人間だったのだが、いまは違う。天敵であるG、しかも見たこともないような巨大なGが相手なのだ。霊夢は生まれて初めて、緊張によって体が思うように動かなくなっていた。

しかし、その緊張は妖夢に伝わるわけもなく、彼女は躊躇なく縁の下に入っていった。



妖夢は楼観剣を肩の鞘に戻し、代わりに腰の白楼剣を引き抜いた。
狭い中では長刀である楼観剣は使いにくい。小太刀に近い白楼剣は室内での戦闘では重宝するのだ。
といっても、斬りかかるわけではない。あくまで護身用だ。

慎重に妖夢は縁の下を進んでいく。時折、柱に身を隠しながら。
霊夢の話では、社殿の左隅にいた、ということだから、妖夢から見ても左前方に奴がいることになる。

「!」

いた……。
暗闇でよく分からないが、確かに、大きな影がそこにいた。
柱が所々を隠して全体は見えない。時折、何か太くて長い物が揺らめくように動いている。あれが触覚だろう。

(これは……本当にでかいな……)

この目で見るまでは信じられなかったが、確かに五メートル程度の大きさはあった。
幽霊に独特の空気も感じる。霊夢の言っていたことはほとんどが当たっているようだった。

(さて……どうするか)

これだけでかい物をおびき出すとなると、並大抵のことではない。
ゆっくり目の前に近づいていって囮になるのが一番いいのかもしれないが、油断するといきなり動かれて踏み潰されたり、餌と間違えられて食われる可能性もある。
それに、通常目にするGはあの小さな体にもかかわらず、足が速い。それが一気に百倍になったとしたら、歩幅が違う分、走る速さも相当なものと見ていい。幽霊だから重さもないだろうし。

(ならば……)

妖夢は白楼剣を音を立てないように鞘に収め、そしてGの様子を窺いながら、息を殺して移動を始めた。
Gは不気味なほど、全く動くことはなかった。



社殿の後ろにある居住区に差し掛かった妖夢は、Gの背後を取るべく回りこんだ。
妖夢の考えはこうだった。
正面から囮になるのは、リスクが大きすぎる。囮とはいってもスケープゴートと違うのだ。生還することが条件となる。
別に、おびき出す、ということに拘らなくてもいいのだ。要は、あのGを縁の下から外に追っ払えば、それはおびき出したのと変わらない。
それなら、もっと安全な方法をとったほうがいい。それが、虫の習性を利用した妖夢の作戦だった。
虫は、背後に何かが起こると前に進む習性がある。振り返ったり、様子を見たりすることは出来ない。振り返ったら不気味すぎる。
しかし、あれだけでかいと、並大抵のことではびっくりしないのではないかと妖夢は考え、一つ“爆発”を起こしてやることにした。
楼観剣の切っ先に霊力を集め、それを地面に突き立てて一気に破裂させる。
土の中だから、周囲の柱に傷はつきにくいし、かなり派手な砂塵が舞うはずだ。ただ、やりすぎれば土の中の柱に傷をつけることになるので、加減が必要だが。
そうすれば、あれも虫だ。必ず前に進む。縁の下を出なかったら第二派をかける。繰り返せばいずれ外に出るだろう。

(よし……)

妖夢は背中の楼観剣を慎重に引き抜き、Gの背後十メートル程度のところに到達した。
精神を集中し、楼観剣に霊力を込める。そして、ゆっくりと土の中に刀を突き刺す。
妖夢の使う剣術が通常の剣術と違うのは、霊力を技に取り入れているところだ。
そして、剣に霊力を込めて破裂させるのは、基本中の基本。生真面目な妖夢が鍛錬を怠るはずもなく、失敗などあるはずもなかった。



ズウン……!

「えっ!?」

鳥居の下で待機する霊夢は、縁の下で何かが爆発する音を聞いた。
遅れて土煙が流れ出てくる。

「な、なに? なにがあったの……?」

ズウン……!
もう一度、重い爆発音が境内に響く。
そして……。


社殿の下の板を突き破り、
想像していたのと寸分違わない巨大なGが縁の下から現れた。


「!!!」

霊夢の息が一瞬止まる。なんという大きさだろう。遠近感を無視した巨大な姿だった。

白日の下に晒されたGはとんでもないスピードで横の森のほうに向かった。
しかし、結界に阻まれてそれ以上進むことが出来ない。結界とGの体がぶつかるたびに青白い小さな火花が散った。
遅れて、縁の下から小さな影が出てくる。妖夢だった。
妖夢はGの姿を認めると、霊夢から見てGの向こう側に素早く回りこんだ。

「はああぁぁっ!」

そして、気合とともに剣を地面に突き立てて爆発を起こす。Gが裏庭に入らないようにするためだった。
爆風でGは進路を変えられる。
そして、その巨大な頭を、霊夢のほうに向けた。

「ひっ!!!」

Gに意思があるのかは分からない。本能が意思だというならばそうなのだろう。
その本能は、霊夢の方向に進むことを選んだ。
ささくれ立った丸太みたいな六本のおぞましい足を動かして、信じられない猛スピードで霊夢のほうに向かっていった。

「あ…………あ…………」

霊夢は動くことが出来ない。
頭の中が真っ白になっている。
歯の根が合わない。
体が全く動かない。
まるで案山子のようにそこに立っているだけだった。

「れいむっ!!!」

妖夢は空を飛び、Gと併走しながら大声で叫ぶ。
しかし、声が届いている様子はない。
見開かれた目は何も映してはいないかのようだった。

「くっ!!!」

妖夢は飛ぶ速度を最高まで上げる。それと同時に、一枚のカードを取り出す。

「二重の苦輪!!」

妖夢の半霊が見る見るうちに彼女の姿に変わる。違うところは、彼女のような意思を持った目はしていないところだ。
妖夢は飛びながら白楼剣を抜きさり、一回転をしながらそれを半霊に投げつける。
回転を加えているにも拘らず、まるでどこに柄が来るのかを分かっているかのように、半霊はしっかりと柄を握った。

妖夢はそのまま霊夢に向かう。
Gの速度は速く、間に合うかどうか分からない。
そう考えた妖夢は楼観剣をGの正面の地面に突き刺して小さな爆発を起こす。
Gの動きは多少鈍るが、それでも止まることはない。
しかし、その隙が絶好の機。

「霊夢っ!!」

妖夢はGより先に霊夢に到達し、霊夢を抱きかかえて結界の外に出た。
遅れたGは結界に派手にぶつかり、火花を散らす。
二人はきりもみになりながら下に落ちていく。そこには階段があった。
妖夢は霊夢を守るように抱きかかえながら、自分の背中を地面に向け、全力で宙に浮こうとした。

「がっ!!!」

しかし、一人を抱えたままの体勢と重量では思うような推進力を得られず、左肩が階段の上でバウンドした。
それが上向きの力を与えたため、妖夢はなんとか宙を浮くことが出来た。

そのまま、ゆっくりと階段の下に下りる。左肩の服は破れ、ひどい擦り傷になっていた。
どうやら脱臼はしていないようだが、骨に異常があるかもしれなかった。



階段を下り終えると、妖夢は霊夢を降ろし、その場にうずくまった。
左肩を抑えて苦痛に顔を歪める。

「……くっ、……霊夢……どうしたの……さっきのは、絶好のタイミングだったでしょう……」

妖夢は痛みをこらえながら顔を上げ、霊夢のほうを見た。
そして、愕然とした。
霊夢の顔は蒼白だった。
そして、土の上に座り込みながら肩を抱き、ガタガタと震え、ぶつぶつと眩いていた。
―――怖い、と。

「……こわい……こわい……もういや……」

妖夢は痛みを押して立ち上がり、霊夢の肩を掴んで揺さぶる。

「霊夢っ! しっかりしなさい! あなたがあいつを止めなかったらいつまで経っても終わらないのよ!」
「……いや……もういや……こわい……こわいよう……」

パン!!!

「しっかりしなさい博麗霊夢!!!」

乾いた音が響く。

「あなたはこの神社の巫女でしょう!? なら、あなたがやらなきゃならないのよ!! また平和に暮らしたいんでしょう!? また宴会したいんでしょう!? それなら、あいつを倒さなきゃならない!! それをやるのが博麗神社の巫女、博麗霊夢の仕事なのよ!!」

妖夢は霊夢の胸倉を掴んで叫ぶ。荒く息をしながら霊夢を睨む。
霊夢は目を見開いて、呆然と妖夢の顔を見ていた。

「くっ!」

妖夢は霊夢を突き放すようにして立ち上がり、そして背中を向ける。

「もういいわ。あなたは使えない。私だけであいつを倒す。どうせ、斬ったら分裂するだろうけど、それも残らず斬り潰す」
「……」
「こうなってしまった以上、もう帰りたいのは山々だけど、一度引き受けてしまったことは最後までやり通すのが信念だからね。明日一日かかっても終わらないかも知れない。でも終わらせてみせる。あなたはそこで指でも咥えて待ってなさい」
「……」
「……あなたが冥界に乗り込んできたときは、すごい人だと思ったけど……見当違いだったみたいね。私が尊敬する人は弱点があっても屈しない。それを乗り越えて必ず勝つ。あなたはその気概さえ感じられない。ただ弱点を弱点として受け入れているだけの向上心のない人よ」
「……」
「そのままではいずれ妖怪に負けて食われるでしょうね。でも、私の知ったことじゃないわ。あなたは弱い。弱いから食われる。それは当然の摂理よ。あなたが冥界に来たら、ちゃんとおもてなししてあげるから安心して来るといいわ」

そう言い残し、妖夢は階段を上っていく。
霊夢はその姿を呆然と見送るだけだった。



階段の上では不規則に爆発音が聞こえる。
先ほど妖夢が使った“二重の苦輪”で作られた分身が、白楼剣で爆発を起こしているのだ。
あのGがまた縁の下に入ってしまったら厄介だ。縁の下から外に出せたのは、Gが偶然にも頭を鳥居の方向に向けていたからだ。
再び縁の下から外に出すのは難しくなる。だから、Gが社殿に向かいそうになったら、分身が爆発を起こしてGの向きを変えているのだ。

妖夢は長い階段を上り終える。
愛刀である楼観剣はさっきの爆発を起こす時にGの正面に突き立てたので、吹き飛ばされて参道に転がっていた。
妖夢はそれを拾う。妖怪が鍛えた楼観剣。その刀身には、まったく刃こぼれがなかった。

神社のほうを見据える。
分身が懸命に巨大なGを押し戻しているのが見えた。しかし、短い白楼剣では満足な威力を出せないのか、続けざまに何度も地面を爆発させてようやく互角だった。すでに体が薄くなっている。もうもたない。

妖夢は大きく息を吸い込む。まだ左肩が鋭く痛むが、そんなものは気にしなければなんともない。
息をゆっくり吐き出す。
そして、全身に力を入れ、社殿に向かって飛びかかっていった。



階段の下で、霊夢は項垂れていた。
初めて味わう無力感は際限なく、霊夢を打ちのめしていた。

「くっ……!」

妖夢の言葉が耳から離れない。
確かに、自分は弱かった。あの巨大なGが向かってくるのを見て、体が言うことを利かなくなった。
情けない。なんて情けない。自分に対する苛立ちで涙が出そうだった。

「あそこまで言われて……黙っていろっていうの? 博麗霊夢……」

地面の雪を硬く握る。冷たさで少しでも頭が冷やせればよかったと思ったが、少しも冷めることなく、手のひらの中から溶けた雪が透明な雫となって流れ出してきた。
妖夢はまだ戦っている。境内からまだ爆発音が響いてくる。
これは自分の問題じゃなかったのか? 他人に任せっきりにして事が済んだ後にのうのうと家に入って暮らし続けるのか?
たとえ、それが誰にも罵られなくても、霊夢自身が一生罵り、嘲るだろう。

妖夢は無理な頼みを快く引き受けてくれて、自分が役立たずになってもまだ戦ってくれている。
それが自分はなんだ? あんなゴミ虫にいいように扱われ、おまけに地べたに這いつくばっている。
幾多の強大な妖怪に勝利してきた栄光などとうに塵芥と同じだった。

しかし、自分は過去の栄光などに興味はない。
全てはあるがままの結果のみ。妖怪退治、異変の解決という自らの使命にしたがって行動し、その結果であっただけ。

「でも……!」

でも、自らの生き方が否定されたらどうする?
周りに流されず、自分の思うとおりに自由に生きる。
自分には好きなものなんてない。嫌いなものもない。全てが平等。それが自分の絶対的な価値観。

「だったら……だったら!」

一つでも嫌いなものがあったらどうする?

「克服するしかないじゃない!!!」

マイナスはプラスしてゼロに戻せばいいだけ。なんて簡単な方程式。それは自分の気構え次第でいくらでも為せる。
自分は努力なんてしない。努力が報われることなどない。
でも、自分の絶対的価値観を守るためなら、自分自身を肯定するためなら、どんな努力でもしてみせる!

立ち上がり、階段の上を見上げる。夜の帳が落ち始めた境内は、まだ薄い赤が残っていた。
霊夢はその赤に向けて勢いよく飛び立っていった。







妖夢はGが社殿に向かってくるたびに雪とともに地面を爆発させ、どうやって倒そうかと考えを巡らせていた。
刀を巨大化させる技で一刀両断すると、体が分裂して手に負えなくなる。
妖夢は一対一の近接戦闘を得意とする。多くのターゲットを一つ残らずまとめて倒す広範囲な技はあまり持っていない。

しかし、もう四の五を言っていられない。出来る限り刀を巨大化させて出来る限り数を減らし、分裂したGをすばやく倒す。
次に向かってきたときが勝負だ。妖夢は“断迷剣”と書かれたカードを手にする。それは文字通り、迷いを断つ剣だった。

やがて、Gの頭がこちらを向く。
それと同時に、妖夢は走り出した。

「はあぁぁぁぁぁぁっ!!」

掛け声とともに足を踏み出し、カードを発動させる。
楼観剣は青白く輝き、刀身を通常の何倍もの長さにした。
迷いはなかった。気合も十分だった。渾身の一撃をお見舞いするだけだった。

ただ、そうなってしまったのは、運が悪かっただけ。雪に包まれた神社の境内は、非常に足場が悪かった。

「!?」

目の前の倒すべき敵のみに集中していた妖夢は、足元を注視していなかった。
境内の中心で、踏み出した左足が大きく前方に滑った。そのまま、先ほど階段で痛めた左肩から着地する。

「!!!」

激痛でしばらく息が止まる。固く目を閉じて痛みを堪える。痛みが脳天を突き抜け、右手で左肩を強く握りしめながら歯を食いしばった。
頭の中が真っ黒に塗りつぶされ、何も考えられない。ただ、ただ痛みが引くのを待つだけだった。

少しずつ、痛みが引いてくる。
薄く目を開いたとき、眼前に大きな黒い塊が妖夢に向けて突進していた。

目を見開いた。
咄嗟に剣を構えようとする。
しかし、頼りの刀は肩を打ちつけたときに、どこかに投げ出してしまったようだった。

視界いっぱいが黒くなる。
もう、間に合わない。そう思った。

だから、目の前に、光の壁が現れることなど、予想だにしなかった。

「え?」

妖夢は信じられない表情で、Gが光の壁に激突する様子を見ていた。
壁際に沿って走りながら、再び鳥居のほうに向かっていくGをぽかんとしながら見つめていた。

「な、なんで……?」

雪の上に座りながら、妖夢は気配に気づいて空を見上げる。
頭上には、階段の下で震えていたはずだった紅白の巫女がいた。

「霊夢……」

霊夢は妖夢の前に背を向けて着地する。それと同時に壁は白く光って霧散した。
妖夢は左肩を抑えながら緩慢に立ち上がる。

「霊夢……あなた、大丈夫なの……」

霊夢に声をかけながら、その背中に近づいていく。

ぱんっ!!!

小気味いい音が境内に響く。
急に振り向いた霊夢は、近づいてきた妖夢の右頬を思いっきり張った。
何が起こったのかすぐには分からなかった妖夢は正面を向く。霊夢が眉を吊り上げて睨みつけていた。

「私は……博麗霊夢よ……」
「……」
「博麗霊夢は、あんな奴になんか屈しないのよ!」

その目には、まだ怯えが見られるが、それ以上に強い生気が宿っていた。

「取り消しなさい! さっきの、指でも咥えてろとか、見当違いとか、向上心がないとか、妖怪に食われるとか、そしてなにより……弱いってところを取り消しなさい!!」

霊夢は荒い息をついて妖夢の目を見つめる。

「こんなもの……なんてことないわ。いままで、さんざん強い奴と戦ってきたんだから。あんたのお嬢様に比べれば、あんな奴なんて屁みたいなもんよ」
「……」
「だから、今度は絶対あんなヘマしない。今度こそあいつを縛って見せる。出来なかったら、博麗の巫女の看板なんて下ろしてやるわ!」
「………………ええ、そうね」

妖夢は微笑んだ。
そして、霊夢も、白い歯を見せて笑った。



Gは対G結界の隅っこで微動だにせずに止まっている。でかくて黒い塊が境内の端で止まっているのは、なんとも不気味だった。いつ動き出して向かってくるか分からない。
その前に、二人は急いで作戦の練り直しをすることにした。

「さっきはごめんなさい。感情が昂っちゃって、つい、ひどいことを……」
「いいわ。あれでやっと目が覚めた。正直、まだ怖いけど、これは私が終わらせなきゃならないのよ」

その姿に妖夢は安心した。やはり、霊夢はこうでなくてはならない。怯える姿など似合わない人間なのだ。
しかし、まだかすかに震えている。体が動かなくなるほどのトラウマを抱えた相手だ。すぐに克服しろとは、精神力が並外れている霊夢でもまだ無理のようだった。
妖夢は少し心配するが、霊夢が自分でやるといった以上、手を出すのはさすがにためらわれた。

「じゃあ、また私があいつをこっちに来させて、あなたが結界で縛る、でいい?」
「……」

霊夢は向こうでじっとしている巨大Gを見つめる。
奴が社殿とは反対側にいるということは、妖夢がおびき出したら社殿の方向に向かうということだ。
失敗したらまた縁の下にもぐりこむか、最悪、社殿や住居スペースを破壊しかねない。
それに、もう夜といってもいいくらいに辺りは暗い。完全に夜になったら今日中の退治はさらに難しくなる。

「……いいわ。だけど、一つお願いがあるの」
「……分かったわ。出来る限りのことはする」

霊夢の真剣な表情に、妖夢はすぐに首を縦に振った。

チャンスは一度きり。失敗は許されない。
なにより霊夢自身、これで終わりにしたかった。





妖夢は鳥居の下の階段で待機していた。
相変わらず、Gは結界の隅っこで鳥居のほうを向きながらじっとしている。うまく霊夢の方向に誘導するには、結界の外から爆発を起こすしかない。
しかし、結界の隅っこということは、そこには結界の礎となっている礎石がある。それを傷つけると結界の一角が崩れることになる。
そうなると、Gが神社の境内から外に出てしまう。それを避けるには、境内の中で爆発を起こすしかない。

ならば、今までにない大きな爆発を起こして、爆風で無理やりGの頭を社殿に向けさせる。それしかなかった。
後は霊夢次第だ。
自分は自分の仕事をして、後は霊夢を委ねるだけだった。

「……」

ただ一つ、不安があるとすれば、霊夢が妖夢にしてきたお願いだけだった。
しかし、妖夢は霊夢を信じる。多分、霊夢はあの状態でもきっとうまくやる。白玉楼で見せた針投げの見事さを思い出せば、それは確信に変わる。
妖夢は右手に楼観剣を固く握り、勢いよく階段を蹴って、一足飛びでGの正面に楼観剣を突き立てた。



鳥居の方角から爆発音が聞こえた。
霊夢はそれと同時に大幣を構える。
霊夢は鉢巻を巻いていた。朝のGの巣探しで懐に入れたままだった鉢巻を、再び身に着けて気合を入れた。
その行為自体には何の問題もない。これで終わらせると決めた以上、それは決意の表れだった。

ただ一つ、問題があるとすれば、その鉢巻が額ではなく、目に巻かれていたことだった。

明らかに常軌を逸した大勝負だった。失敗すれば、あの巨体に轢かれて怪我では済まなくなるかもしれない。
これを聞いた妖夢はもちろん反対した。
だが、霊夢はもう逃げ出すのはいやだった。逃げ出すくらいなら派手に失敗したかった。
目の前に向かってくるGにびびって動けなくなるより、長年自分を助けてきた勘と運を信じて当てずっぽうでやったほうが何倍もましだった。
だから目を隠した。自分の手ではなく、妖夢の手を使ってきつく縛ってもらった。決して逃げ出せないように。
Gを見るから動けなくなる。なら見なければいいのだ。奴が地面を這う音を聞き、近づいてきたところで結界を張ればいいのだ。
しかし、もともと局所的な結界ゆえに、礎石を使わない簡易結界は射程と効果範囲が狭い。目前に迫った瞬間に張らなければならない。
タイミングが早いとGの体が完全に入る前に寸断され、分裂する。遅いと言うまでもなく霊夢自身が轢かれる。非常に危険には違いなかった。

霊夢はガサガサという足音を聞き、宙を飛びながら向かってくる方向を予測し、素早くその位置に立った。
寸分違わなかった。このまま行けば、確実に霊夢を轢くコースだった。
雪しぶきを上げながらGは突進してくる。目の前に何かいるのに気づいていないかのような猛スピードだった。

霊夢は精神を集中する。
一回目に失敗したときとは比べ物にならないほど気持ちは落ち着いていた。まだ少し怖かったが、いつも通り結界を張るくらい造作もない。

黒い巨体があと十メートルに迫る。霊夢はまだ動かない。

五メートル。まだ動かない。

三メートル。ここで、霊夢は握っていた大幣を雪の上の突き立てた!

「はあああぁぁぁぁぁっ!!」

気合とともに大幣から光が立ち上り、そこを基点として、前方に円形の結界が一瞬で張られた。
Gは霊夢が作った結界に派手にぶつかり、反動で体が前につんのめる。

その瞬間に、結界に入りきらなかった左足が千切れ、霊夢に向かって飛来した。
霊夢は微動だにしない。顔面に激突するのは必至だった。

しかし、その千切れ飛んだ足が霊夢に当たる直前に光が奔った。
妖夢だった。
Gの後を追いかけてきた妖夢が、楼観剣の峰で足を空高くに打ち上げたのだ。
空を舞った足はやがて分裂し、数十の小さなGとなって境内に落ちてきた。

妖夢は楼観剣を鞘に収め、納刀の構えで集中する。落ちてくるGをすべて視界に収め、“人鬼”と書かれた一枚のカードを取り出した。

「未来永劫斬!!」

叫んだ瞬間に、妖夢の体は風になった。
地を蹴った瞬間にその姿は消え、楼観剣の白刃が境内を縦横無尽に跳ね回る。
そして、分裂したGは地面に落ちる前に次々と切り裂かれていった。

土煙を纏いながら、再び妖夢は姿を現し、楼観剣をゆっくりと鞘に収める。その背後には体を真っ二つにされたGの死骸がいくつも転がっているだけだった。





霊夢は結界を張ったときの体勢のまま固まっていた。
成功したのかどうかは分からない。ただ、自分がまだ両足で立っていることは実感できたから、生きてはいるようだった。

「霊夢っ!」

妖夢の声が聞こえる。その声を聞いた霊夢は気が抜けたように、大幣を杖にしてその場にへたり込んだ。

「はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」
「大丈夫!? 怪我はない!?」

心配する妖夢に、霊夢は疲れたような笑顔を向ける。

「どうやら……終わったみたいね……」
「ええっ、ほら、見てみなさいっ」

妖夢が目隠しを取ると、霊夢の前には異様な光景が広がっていた。

「うわっ!!」

それを見た霊夢は後方三メートルばかし飛びのいた。
金色に輝く円形の結界のなかで、あの巨大Gが仰向けになって、醜悪な足をワサワサさせながらもがいていた。
非常に狭いため、起き上がることすら出来ないようだった。

「うわ〜〜〜……危なかったわね……。初めて礎石無しで結界を作ったけど、本当にぎりぎりの大きさだったわ」
「あ、あなたこの結界を今日初めて使ったの!?」
「だって、いままで神社の中にはあいつらがいなかったから使う機会なんてなかったのよ。だから出来る限り大きな結界を張ろうと思ってたんだけど、あれで最大だったとはね〜。いや〜参った」

軽く笑う霊夢に妖夢は呆れる。こいつはどれだけ幸運に恵まれたら気が済むんだろう。他の人の運を吸い取っているようにしか見えなかった。

「……まあ、いいわ。さ、笑ってないで最後の仕上げをするわよ。これはもちろん、あなたの仕事だからね」
「ええ、分かってるわよ」

霊夢はしっかりとした足で立ち上がる。そして、“霊”と書かれた一枚のカードを取り出した。
カードを構え、その名を呼ぶ。

「―――霊符・夢想封印」

虹色をした大きな光球が、いくつも現れ、結界に吸い込まれていく。
その様子を、眉一つ動かすことなく見送るのだった。







博麗神社の居間で、妖夢は上着を脱いで正座していた。
着けている物は真っ白な晒しのみ。未成熟な慎ましやかな胸がわずかに膨らんでいた。

霊夢はその横に控えている。そばには木製の救急箱。消毒液を取り出して、綿にそれを染込ませる。ツンとした刺激臭が鼻についた。

「少し染みるわよ」
「……うっ」

顔をしかめて痛みに耐える。二度も強く打ち付けた左肩は酷い擦り傷になっていた。
骨にも異常はないらしく、軽い打ち身で済んだようだった。毎日の鍛錬が体を守ったのだろう。
霊夢は消毒液を塗り終えたあと、肩に包帯を丁寧に巻いていく。

「ごめんなさい。私のせいね……」
「ううん。大したことないからいいわ。滞りなく、あいつを倒せたんだもの。傷はその代償よ」

妖夢は気にすることなく笑う。そうだ。これで全てがやっと終わった。今日は本当に忙しい一日だった。
笑い、泣き、怒り。年が明ける前に一年間溜めていた感情を一気に吐き出した気分だった。
心地よい疲労感が霊夢を包む。G嫌いは少しは解消されたみたいだけど、それでも苦手には変わりない。

でも、それでいいと霊夢は思った。

すべてはあるがまま。自分の性格が変わってしまったのなら、それはそれとして受け止める。
変わらない人間はいない。霊夢も人間なのだから、それは仕方ないのだ。
やっぱり、自分は努力が嫌いな怠け者なのだと霊夢は思った。
他人のことを理解するには努力がいる。色々な知識を得るには努力がいる。それが自分は億劫なだけだった。
他人を理解し、好きになるのはとてもエネルギーがいることだ。ならば、最初から好きにならなければいい。
徹底して、自分を積極的に変革することに魅力を感じない。霊夢はそういう人間だった。

階段の下で、自分の価値観を守るために努力をしようと決めたけど、それは保留しておくことにする。
もしかしたら、明日辺りにものすごく努力することが好きになるかもしれないから。

「よしっ、これで終わり! 今日はお風呂に入っちゃダメよ。お湯からバイキンが入るから」
「え〜、凄く埃っぽいんだけど……」
「文句言わないの。…………あ、そうだ」
「? なに?」

霊夢は何かを思いついたように、にやりと笑った。

「なら、うちに泊まってくといいわ」
「は!? な、何を……」
「今日のG退治を手伝ってくれたお礼よ。食事も作ってあげるし、お風呂は一緒に入って、包帯が濡れないように背中を流してあげるから。いつも働いてばっかりなんだから今日くらいゆっくりしていきなさいよ」
「で、でも早く帰らないと幽々子様に……」
「いいわよ、亡霊なんだから一日くらい食わなくても死なないでしょ? ていうかもう死んでるでしょ? なんなら私に捕まって帰るに帰れなかったって事にでもすればいいわ。そうすれば、いつも通り弾幕ごっこをしておしまいよ。あんたには何の損もさせないわ」
「はあ……」

妖夢はため息をつく。でもその顔には苦笑いが浮かんでいた。
なんとも強引だったが、これも霊夢のいつもの調子が出てきた証拠なのだろう。人のうちに泊まるなんて体験したこともないし、今日くらいは付き合ってあげてもいいかもしれない。
幽々子に心の中で詫びを入れながら、妖夢はお言葉に甘えることにした。

「よーーーし! 今日は秘伝の酒を持ってきて飲むわよーーー! 当然、あんたもだからねーーー!」
「えっ、ちょっと! 私はあんまりお酒は……」
「問答無用よ!」
「ひえ〜〜〜……」

神社の境内に楽しそうな笑い声が木霊する。
ある冬の日の一幕が、静かに下りようとしていた。












































幻想郷の漆黒の空を、一人の魔法使いが飛んでいた。

「ふっふっふ〜〜〜。我ながら会心の出来だぜ」

満面の笑み、というかニヤニヤ、という表現がぴったりな意地の悪そうな顔で飛んでいる。
小脇にはピンクのリボンのついた白い箱を抱え、向かう先は博麗神社。そこにいる巫女にプレゼントを届けようと魔女の宅急便をやっているのだった。
そのついでに夕食なども頂こうと浅ましい考えを持ちながら。

「さ〜〜〜、あいつがどんな反応をするか楽しみだな〜〜〜。出来上がった時、自分でもびっくりだったからな。いかに霊夢でも驚くだろ」

それは、今日の三時ごろだっただろうか。彼女がベッドに横たわって本読んでいる時だった。
乱雑に置かれた数々の魔道書の上を、何かが横切る音がした。
音に気づいてそっちのほうを見た彼女は、あ〜、も〜、と気だるげな声を上げて起き上がり、そこら辺の本の背表紙を使ってそれを叩き潰した。
その本はある図書館からの借り物だったのだが、特に意に介さない。
本と本の間にへばり付いた死骸は内臓が出ていなかったのだが、彼女は気にせずに本を放り投げた。
そして、ふと思った。

こいつってチョコレートに似てるよな。

彼女がそういった不思議な感性を持っていたとは、知り合いならば何の疑問も抱かない。
いや、一般常識的にみて、その生き物がチョコレートと結びつくとは思えないのだが、この少女は結びついてしまった。寝不足+空腹だったのだろうか。

それから、彼女の頭にある悪戯が浮かんだ。こいつそっくりのチョコレートを作って、目の前で開けられたやつはどんな反応をするのだろう。
しかも、サイズは原寸大の十倍くらいでどうだろう。そんなもん見たことあるやつはいやしないだろうし、しかもこいつが好きなやつはそうはいないだろうし、派手なリアクションをするかもしれない。
どんどんと膨れ上がっていく衝動に、彼女は耐えられなくなった。こういう無駄なことが大好きなのだ。
すぐさま飛び起き、禍々しい特製のチョコレートを作ろうと材料探しに飛び出した。

そして、数時間かけて本物そっくりのリアルなチョコレートが完成した。作った本人、チョコだと分かっていても箱に収めるために触るのに勇気がいるほどだった。食べるどころか触るのにすら勇気のいるチョコレートなんてチョコではない。

最初にターゲットに選んだのは、彼女が最もなじみのある友人、博麗神社の紅白巫女。
いつも飄々としていて、大抵のことには驚かない友人の驚く顔を見てみたかった。レアだ、レアすぎる。

「くっくっく……。待ってろよ、霊夢〜。わざわざ天狗のところにまで行ってカメラを持ってきたんだからな。そのびっくり顔をバッチリ収めてやるぜ〜」

こみ上げる笑いを堪えきれず、口の先が徐々に吊り上がっていく。
もう待ちきれない様子で、彼女は箒の推進力をさらに上げ、神社に向けてすっ飛んでいった。








長い一日は、まだ終わらない……





〜終〜




戻る