――その日、鎮守府のある会議室には、殺意にも似た空気が漂っていた

 正方形に整然と並べられた机。そこについている者は八名。

 まず、窓側。水面を日光で反射させる美しい海が見渡せる、西の席。
 亜麻色の髪を腰まで伸ばした可憐な乙女がいた。
 戦艦、金剛である。

 十一月始めに突如としてサーモン海域に出現した新海域攻略のため、大本営が切り札として、彼女に改造の白羽の矢を立てた。
 改二となった金剛は、軍艦の墓場と謳われた鉄底海峡、アイアンボトムサウンドに棲む飛行場姫を灰塵に帰し、英雄として凱旋した。
 普段は快活で笑顔を絶やさない明朗な娘だ。
 しかし、今回の戦果によって鎮守府全体から畏怖される存在となった。もともと高速戦艦として活躍していたが、拍車をかけた。

 その笑顔の似合う金剛の瞳が、親の仇を見るように鬼気迫っていた。
 気の弱い駆逐艦娘が見たら睨み殺されるかもしれない。

 夜叉のような金剛の隣には、同じように険しい顔をした娘がいた。
 同じ亜麻色の髪を短く切りそろえた清廉な乙女。
 戦艦、比叡である。
 彼女も、金剛とともにアイアンボトムサウンドに殴り込みをかけた一人だ。

 大本営の切り札は、一つではなかった。彼女もまた、改造の対象となっていたのだ。
 アイアンボトムサウンドでは、まだ改造の道筋が立っていなかったが、海域深部攻略の最中にようやく目処が立った。
 改二となった比叡は、姉妹艦の霧島とともに、その期待に見事応え、深部の攻略に成功。海域掌握の立役者となった。

 金剛と同じ高速戦艦である比叡は、鎮守府の柱の一人として、やはり崇敬の対象だった。
 しかし、彼女もまた明るい性格であり、基本的に真面目ながら時に間の抜けたことをやるので、皆に好かれる愛すべき娘だった。

 その比叡が、目を三白眼にして微動だにせずに座っている。
 この娘は、本当にあの比叡なのか? よく似た別人ではないのか? 彼女の人となりを知る者が姿を見たら、そう思ってもまったく不思議ではない。
 それほどに、彼女は目に見えて敵意の波動を放っていた。

「……何度も言わせないでくだサーイ」

 金剛が低い声を発す。正面にいる、東側に座っている者たちをねめつけながら。

「考えるまでもないことデース。ワタシたちにいま必要なのは、これ以外にありえまセーン。アナタたちは理解が及ぶように努力すべきデース」
「その通りです。それに、あなたたちは今回の海戦で目立った活躍をしましたか? 殊勲者を立てるのは当然だと思いますけど?」

 改二戦艦の二人が、脅迫めいた声色で言う。
 彼女たちの背負っている四十一センチ連装砲が、いまにも全門開きそうだ。

「……そんな脅しは効かないニャ」

 しかし、毅然とした、それでいて少しばかり場にそぐわない語尾のついた声が答えた。

「提督は、みんなで仲良く決めろといったニャ。金剛や比叡だけ、えこひいきされるいわれはないニャ。みんなの物はみんなの物ニャ」

 眉を釣り上げて口をへの時に曲げ、歴戦の戦艦相手に丸い目を燃やして立ち向かう。
 小柄で癖のついた髪、そして特徴的な語尾と人懐っこい性格から、鎮守府のマスコットとして上からも下からも慕われる娘。
 軽巡洋艦、多摩だった。

「多摩の言うとおりだクマ。金剛と比叡は怖がらせて言うことを聞かせようとしているだけだクマ。そんな卑怯に屈するわけにはいかないクマ」

 そして、多摩を擁護し、賛同する隣の娘。
 栗色の髪を腰まで伸ばし、頭の頂点に特徴的な癖毛が一房生えている。多摩と同じように特徴的な語尾と、素直だが言動の端々に人を食ったようなところがあるため、多摩とは違った方面の人気を博している。
 軽巡洋艦、球磨だった。

「ハッ。やはり、アニマルには話が通じないようデース」
「そうですね、お姉さま。これ以上は時間の無駄ではないでしょうか」
「多摩はネコじゃないニャー!」
「球磨はクマじゃないクマー!」

 金剛と比叡が嘲ると、多摩と球磨が憤怒した。

「おい落ち着け! 多摩と球磨、座るのじゃ! いい加減、喧嘩するでない!」

 強めに机を叩き、長い黒髪を白いリボンで両脇に縛った娘が諫めた。議長に位置する机についていた。

「利根! こいつらの横暴を許すつもりニャ!?」
「そうではない。吾輩は中立の立場じゃ。お主らが仲良く合議するのを見届けるのが義務じゃ」
「トネー、ムダねー。アニマルに人語はわかりまセーン。さっさと紅茶セットを発注してしまったほうがイイネー」
「黙るクマ! お前、海に浮かべてボストン茶会事件みたいにするクマよ!?」
「な、ナンデスッテー!? アナタ、覚悟はできてますカー!?」
「いい加減、そのエセ帰国子女をやめるニャ! 日本にいるなら日本語をしゃべるニャ! キャラを作るんじゃないニャ!」
「キー! アニマルがっ! 生意気なー!」
「お姉さまを侮辱する言葉の数々……許さないんだからー!」
「落ち着けといっとろーがー!!」

 利根はそばにあった高速修復材用バケツに溜めてあった水を、四人にぶっかけるのだった。







 ――鎮守府に入れる特注家具を何にするか

 鎮守府始まって以来の、実にどーでもいい議題はこれだった。

 鎮守府の新しい家具は、基本的に家具コインという特製通貨で買うことができる。
 そして、この家具コインは、遠征の報酬や出撃の途中にたまたま見つけられる。

 鎮守府の司令官である提督は、この家具コインの使い道をすべて部下の艦娘にまかせていた。獲得してきたのは彼女たちであるし、自身は提督用の机で充分としていた。
 そこで、定期的に家具会議が艦娘の間で設けられ、新しい家具を何にするかという、ほのぼのとした話し合いが行われる。会議というより親睦会のようなものだった。

 そのため、司令室の内装は、畳に暖炉が置いてあったり、コンクリートの壁面にお月見用の障子があったり、どう見ても女の子の部屋にしか見えないポップな部屋の中で提督が黙々と執務をしていたりと、シュール極まりないことにしばしばなった。

 しかし、そういう自由奔放な家具配置にも、制限が一つだけあった。

 『特注家具は置かない』ということだ。

 特注家具とは、その名の通り、ふつうの家具とは違う細工などを施した特別な家具だ。
 これには家具コインのほかに、熟練の職人を呼ぶ必要がある。そして、それにはリアルな現金による依頼料が必要だった。

 先にも言ったとおり、提督は仕事に支障がないならば、目の前で駆逐艦娘が床に落書きをしていようともかまわない。
 だが、必要のない物に金をかけることは絶対にしない、現実主義者だった。

 特注家具に仕事を効率的に片づけられて成果を出せるもの、たとえば艦娘の戦意を高揚させるなどの家具があったなら、金をかけただろう。
 しかし、どうみても意味のない、たとえば風呂の浴槽だとか、あっても使えない医療器具セットだとかを買う理由がなかった。

 そんなつまらない考えをしている提督だったが、家具と内装を好き勝手やらせてもらっている手前、艦娘たちは文句を言えない。

 その最中だった。

 特注家具職人を呼び出せる権利カードが手に入ったのは。

 それは、新海域の攻略中、サンタクロース海域を制圧したときだった。
 報酬としてたくさんの物資が手に入り、その中に権利カードがあったのだ。
 ただし、カードは一枚きり。家具は一つしか手に入らない。

 家具戦争が勃発する原因を作った。

 本格的に始まったのは、新海域全制覇の祝宴の二次会だった。
「そういえば特注家具をどうすんの?」
 と、重雷装巡洋艦の北上が言い出した。

 酒が入っていたこともあって、壮絶な騒ぎとなった。
 その場には上司の提督がいたので鎮火は早かったが、後日、第二次海戦ともいえる戦いが火蓋を切った。

 家具のことには一切口を出さなかった提督だったが、さすがにこれ以上こじれると、艦娘たちの連帯感や士気に関わると考えた。
 そこで方針を打ち出した。

 仲良く、共同で使えるもの。
 客観的に見て、あって意味があるもの。
 全員が得するもの。
 風紀を乱さないもの。

 以上の四つだった。

 これにより、私利私欲にまみれた艦娘たちは弾かれることになる。
 麻雀卓を熱烈希望していた某軽空母や某重巡洋艦。掛け軸を強く推していた某軽巡洋艦や某駆逐艦。
 提督にご飯を作って差し上げたい、という慈母心あふれる某軽空母もいたが、みんなが得するという条件に合致しないため、潔く身を引いた。

 こんな感じで、最終的に残ったのは、二つの家具を希望する二派。

 『金剛の紅茶セット』を推す金剛と比叡。
 『早く出しすぎたコタツ』を推す多摩と球磨。

 激戦を勝ち残った両派が、今、雌雄を決しようとしているのだ。

「イーデスカ!? 紅茶セットがあれば、鎮守府のみんなに紅茶を振る舞ってあげられマース! ワタシが英国で培った知識と技術、そして最高の茶葉で、舌がとろけるような紅茶を作って見せマース! アナタたちも飲んでみたいデショー!?」
「紅茶なんて飲みたくないニャ! それよりもコタツで丸くなって、うとうとしているほうが、よっぽど気が休まるニャ!」
「コタツなんて冬の間だけでしょ!? お姉様の紅茶は季節を問わずに楽しめます!」
「Oh! ヒエイはいいことイウネー!」
「そ、そんな! ありがとうございます!」
「しらないクマー! コタツでみかんは冬だけの限定品だクマー! お前らもその魅力を知っているはずクマー!」
「暖炉があれば充分デース! この間、22000コインも使って最新高級暖炉を配備したじゃないデスカー!」
「あれは体の一面が熱くなりすぎるニャ! コタツは立体的に温めることで効率的に身体が温かくなるニャー!」

 議論は、まさに平行線である。

(早く終わらないかのう……)

 頬杖をつき、心の中で嘆息しながら、利根は思った。

 彼女は、この鎮守府を管理する提督の秘書艦を、かなり初期から代わらず務めている。
 重巡洋艦が、戦艦や正規空母を差し置いて秘書艦をするなど異例であった。しかし、その実力が利根にはあった。
 事実、新海域のアイアンボトムサウンドと深部では、主力の一人として敵主力部隊の旗艦を叩き潰してきた。

 そんな彼女に、鎮守府の艦娘たち全員は信頼を置いている。
 ゆえに、いまの家具騒動を収めるのに適任と提督に判断された。

 だが、彼女には秘書艦としての雑務が大量にある。こんな子供がお菓子を奪い合うような会議はさっさと終わらせたいのだ。
 そうはいうものの、揉め事を諫めるのも上に立つ者の務め。仲間同士がいがみ合っていたら、勝てる戦も勝てなくなる。こんな小さないがみ合いで亀裂を作るわけにはいかない。
 金剛と比叡は言うに及ばず、球磨は軽巡だが重巡なみの戦闘力があるし、多摩も現在では近代化改装の余地がなくなるほどに強化されている。
 貴重な戦力を充分に発揮させるには、互いの信頼が欠かせないことを、利根は痛いほどに知っていた。

「金剛姉様、比叡姉様、少し落ち着かれてはどうですか?」

 そのとき、激論の合間を縫って、おずおずと声がかけられた。

「多摩と球磨もだ。ちったぁ、頭を冷やせよ」

 同じように、呆れた声も挟まれる。

「ハルナ! アナタはワタシたちの味方じゃないノー!?」
「ち、違いますよ、金剛姉様。お怒りになると、冷静に判断ができなくなってしまう、と榛名は言いたかったのです。議論をするなら、熱くならないようにしませんと」
「熱くさせてるのは向こうよー! 榛名だって、金剛お姉さまのお茶飲みたいでしょー!?」
「それはもちろんです、比叡姉様! ですから、折衷案はどうでしょう! 確か、紅茶セットは高級絨毯の付属ですでにあったはずです。多摩さんたちの希望のコタツを使って、それでみんなで仲良く紅茶を飲めば、」
「NOOOoooデース! ハルナー、わかってませんネー? ワタシは残念ネー」

 金剛は左の人差し指を左右に振り、榛名を見下ろしながら言った。

「あの紅茶セットで紅茶通たるワタシがマンゾクすると思いましたカー!? カップを温める容器すらナッシング! 茶葉も三級品デース! その辺のディスカウントストアで買ってきたに違いありまセーン!」
「榛名も私たちの部屋でいつも見てるでしょ!? お姉様がカップをあらかじめ温めてくださって、懐中時計まで使って紅茶の抽出タイミングを計っているのを! しかも、淹れ方までにこだわって、美味しく美味しく、私たちのために作ってくださってるのよ!?」
「わかってますわかってます! 比叡姉様、落ち着いて! 金剛姉様のご苦労は身にしみて感じていますから!」
「HAHAHA! やっぱりワタシの紅茶は最高級品なのデース! 紅茶セットは必要なのデース!」

 榛名が二人の子供姉をなだめようとして失敗したのを、利根は横目で見ていた。

(霧島がおったらのぅ……)

 利根はここにはいない戦艦娘の顔を思い浮かべた。
 彼女らには末妹がおり、霧島という。彼女は、こういう姉たちの暴走を止めるブレーキのような存在だ。
 しかし、いまは新海域でついに仲間になった大和型戦艦、武蔵の訓練に随伴していた。
 武蔵よりずっと小柄ではあるが、彼女は同じ戦艦であり、頭も切れて効率よく訓練を進めてくれる。利根も信頼を置いていた。

 そんな霧島に、武蔵の訓練を中断させて、こんなくだらん喧嘩の仲裁を頼めるはずがなかった。

「木曾! なんで止めるニャ!」

 対して、東側の多摩・球磨勢である。
 こちらでは、同じ球磨型の軽巡、木曾がなだめていた。

「あのよー、いい加減仲良くしろよ。戦艦二人相手に一歩も引かないのはスゲェけどな。でも、お前らの言い分を全部通すなんて無理に決まってんだろ?」
「なら、どうするクマ! あいつらが全部かっさらうのを指くわえてみてるクマか!?」
「いや、そうじゃねぇよ。『全部』通すのが無理なだけだ。でも、『部分』程度なら通せるんじゃねぇか?」
「? どういうことニャ?」

(ほう……)

 利根は感心した。
 どうやら、木曾は『交渉術』の基本がわかっているらしい。

「たとえば、お前らがコタツをもらったら、同じくらいの見返りを与えりゃいいだけだ。あっちが何をふっかけてくるかしらねぇがな。そこは話し合い次第だ。逆に、お前らがコタツを譲ったら、同じくらいの違う何かを要求すりゃいい。お前ら、そうなったら何がほしい?」
「た、多摩はミルクだニャ! 低温殺菌のミルクをたらふく飲むニャ!」
「球磨は鮭だクマー! 鮭料理を満漢全席だクマー!」

 木曾は二人に的確なアドバイスを送った。
 戦闘では前に突っ込むのが大好きな娘だが、仲間をまとめたりアドバイスしたりできる頭も持っている。
 これは、利根ポイントを一つあげられる。一定以上貯まったら、提督に旗艦などのリーダーに推薦する手はずだった。

「よーし、お主ら。双方の要求はまとまったかの?」

 頃合いを見て、利根が切り出した。

「ワタシたちは一歩も譲りまセーン! 紅茶セットは鎮守府に必須の家具デース!」

 金剛は、いつもそうだが、根拠のない自信いっぱいに主張した。

「……いいニャ。多摩たちは譲ってもいいニャ」

 これを聞いた紅茶セット連合艦隊は、呆気にとられたように目を丸くした。

「ただし、ほかの要求を飲んでもらうニャ。それが条件ニャ」
「ナルホドー。アニマルのくせに頭を使いましたネー」
「金剛! その言いぐさは何じゃ! 多摩たちはお主の我がままを通してやったのじゃぞ! 謝れ!」
「お、Oh、ソーリーね……そんなに怒らないでほしいネ……」

 利根が叱ると、金剛は萎縮してしまう。よい娘なのだが、一度熱くなると過剰に興奮するのが欠点だった。

「では、多摩たちの要求とはなんですか?」

 比叡が代表して訊く。

「多摩は、低温殺菌牛乳100本ニャ。もちろん、瓶詰めニャ。お風呂上がりに飲むニャ」
「球磨には、鮭料理を振る舞うクマ。おなかがパンパンになるまで食べさせるクマ」
「む、むむう……どうでしょうか、お姉様」
「イエース! そのくらい、お安いご用デース! こんなこともあろうかとー、お小遣いを貯めていたのデース!」
「ほ、本当ですか!? さすが、お姉様!」

 どうやら、決着がつきそうだった。
 ほっ、と利根は胸を撫で下ろす。どうなることかと思ったが、意外に早く片づいた。
 さっさとまとめて、溜まった仕事を片づけよう。まずは、資材の備蓄確認から始めようか……。

「でも、金剛姉様……?」

 榛名がぼそりと言った。

「姉様、この間、ちくおんき、という、すごく高価な物を買っていませんでしたっけ? 楽隊がいなくても音楽が演奏される機械です。……お金、残っています?」

 金剛の時が止まった。
 遅れて、次々に顔から汗が出てくる。

「ひ、ヒエイ!? あ、アナタ、マネーありますネ!?」
「えっ!? な、ないですよ! この間、霧島にもらったお小遣い、比叡カレーの研究で使っちゃったんですから!」
「Oh! Shit! は、ハルナはどうデスカ!?」
「だ、ダメですよ! 榛名の貯金はこんなところで使えません!」
「あ、姉が困っているネ! ちょっとユーヅーしてもいいと思うネ!」
「ダメですって! それなら霧島に相談してください!」
「それはNGネ! 蓄音機を買ったときもたくさん怒られたネ! そんなこと言ったらヴァルハラに行っちゃうネ!」

 利根は顔を覆った。

「……どうしたニャ。飲めないニャ?」

 多摩が、本物の猫のように目を細めてにらむ。

「ちょ、ちょっと待ってほしいネ! すぐにマネーを用意するネ!」
「そんなに長く待てないクマ。冬はすぐに過ぎ去るクマ。球磨たちはコタツをできるだけ長く楽しみたいクマ」
「ミルクを用意できないなら、こっちがコタツをもらうニャ。その代わり、お前たちの別の条件を飲んでやるニャ」

 多摩と球磨のジト目に、金剛と比叡は慌てふためく。

「お、お姉様……! もう12月です……! 霧島からのお小遣い、1月2月ともらっても足りるかどうか……」
「あ、あんまりデース! ワタシは紅茶セットがほしいのデース!」
「で、でも、もう、お金を借りるしかないですよ……!」
「そ、それもダメデース! シャッキンなんてしたら、キリシマにセッカンされマース! お尻をぶたれマース!」

 もう諦めればいいのに。
 利根を始め、金剛と比叡以外は、全員そう思っていただろう。比叡は諦めかけているようだが、姉への義理立てがあるようだった。

「あの……よろしいでしょうか」

 そこに、東西両陣営以外の人物が声を発した。

「うむ? 赤城か。お主も意見があるか?」

 利根が訊く。
 手を挙げたのは、美しい黒髪の正規空母、赤城だった。
 彼女は今回の家具戦争にほとんど関わっていなかったが、同席させてほしいと申し出たので、利根はそれを認めたのだった。

「ええ。どうも、こじれにこじれているようですので、少し提案をさせていただきたく」
「ほう、ぜひ聞こう。どんな提案じゃ?」

 利根は乗り気だった。両陣営に闘わせたら、いつまで経っても結論が出そうになかったので、ここに第三者が介入したら突破口が開くかもしれなかった。というか、もう藁にもすがる思いだった。

「ありがとうございます。……私はどちらの言い分も理解できるのです。金剛さんの紅茶もぜひ賞味したいですし、多摩さんのコタツでみかんも至福のひとときを味わえるでしょう。……ですが、どちらも譲れないものがあるからこそ、争いが起こっているように見受けられるのです」
「うむ、その通りじゃな」
「ですから、ここは……喧嘩両成敗という方法が一番適当ではないのかと思うのです」
「ほう……。して、どのような方法で両成敗するのじゃ?」

 赤城は一度うなずき、提案した。

「紅茶セットとコタツ、どちらも白紙に戻して、別の家具を手配してはどうでしょう」
「What!?」「ひえっ!?」「にゃっ!?」「くまっ!?」

 驚きのあまり、両陣営が実におもしろい驚き声を出した。

「たとえば、特注家具には『特注家具職人の壁紙』という実に見事な壁紙があります。提督に伺ったことがありますが、もし家具職人が必要でなかったら、すぐに手配したいとおっしゃられていました。あまり家具については口を挟みませんが、これは提督の本音だと思うのです」
「ふむふむ……」

 利根は、赤城の提言を熱心に聞いていた。
 実に建設的だった。ここまで話がややこしくなったのは、艦娘たちがそれぞれ好き勝手にほしい家具を主張しあったからだ。
 ならば、いっそ争いの種そのものを無くしてしまったほうがいい。そうすれば、一切合切、喧嘩は起きないのだから。

「あとは、そうですね……『デラックス障子』もよいと思います。和室に改装するとき、どうしてもカーテンは浮いてしまいますから。内装を統一するなら、障子を使うのが最良かと」
「そうじゃな。なんで障子に家具職人が必要なんじゃろな。障子貼りなんぞ、吾輩でもできるぞ」
「そこは、なにか大きな意思があるのでしょうね……」

 赤城の提案は、予想以上に理に叶ったものだった。

「と、トネ! それは異議アリネ! この会議はワタシたちのどちらかの家具を決定するものネ!」
「そ、そうニャ! 多摩たちは激戦をくぐり抜けてきた選ばれし者たちニャ!」

 ここで自分たちのほしい家具を翻されたら堪るまい。
 東西両陣営の意見が、こんなところで初めて一致した。

「お主たちよ……そろそろ、吾輩も言わせてもらうがな……」

 利根は声を低くしてそう言った後、一瞬の間を置いて叫んだ。

「吾輩は忙しいのじゃ!!」

 その切実な叫びは、会議室の壁を震わせた。

「このくだらん会議のおかげで、吾輩の睡眠時間は二時間削られるのじゃ! 吾輩の身にもなれ! お主たちが好き勝手できるのも、吾輩が裏で苦労しているからだと忘れるでないぞ!?」

 ぐうの音も出ないとは、こういうことである。
 金剛たちも多摩たちも、利根がいろいろ動き回っているからこそ、戦闘も生活も成り立っていることを充分知っていた。

「……では、利根さん。今回の一件、預けてもよろしいですか?」

 赤城が確認する。

「そうじゃな。吾輩が良きに計らう。なるべく、皆の意向に沿う家具を発注しよう」
「わかりました。……では、これが現在発注できる特注家具の一覧です。ご参考までにどうぞ」
「おお、かたじけないな。使わせてもらうぞ」

 赤城から一枚のリストを受け取り、利根は席を立とうとした。

 ……が。

「……赤城よ」

 腰を浮かせた状態で、利根は訊ねる。

「なんでしょうか?」

 曇りなく、赤城は答える。
 利根はリストの中に、先ほど目に入った家具があることを確認してから訊いた。

「この、『赤城箪笥』というのは、恣意的に入れたわけではないな?」

 そう問い、利根は赤城の目を見た。
 赤城は目を逸らした。

「アカギィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」

 案の定、怒号である。

「アカギ――ッ!! アナタ、抜け駆けしようとしましたネーッ!?」
「ち、違います! 私は、特注家具のリストを作っただけです! その中に箪笥があっただけのことです!」
「嘘つくんじゃないわよーッ! そこにあったボーキサイトをつまみ食いしたのがバレてボーキサイトだとは思わなかった、って言い訳するのと同じレベルよーッ!」
「で、でも、7000コインというお値打ち品ですよ!? それに箪笥は使える家具ですし!」
「知らないニャーッ! それならコタツの3500コインのほうがお手頃だニャーッ!」
「そうだクマーッ! 高雄たちの重巡箪笥を却下したのに、お前の箪笥を買うわけにはいかないクマーッ!」

 一回まとまりかけたのに、再び混乱の極みである。

「いい加減に……」

 利根の頭で、何かが切れる音が聞こえた。

「しろ、おぬしら――――――――ッ!!」

 二杯目の修復材バケツの水が、会議室にぶちまけられた。

「……もうわかった。終わりじゃ」

 水をかぶって大人しくなった欲望の女たちを、利根は鋭い眼光で射抜いた。鬼神のようだった。

「今回の特注家具の件、なかったことにする」

 その発言で、全員が色めきだった。

「と、トネ!? それじゃ、どうするつもりネ!?」
「知らん。特注家具カードは焼却処分にでもする。もう付き合いきれん」
「そ、そんな殺生なー!」
「それはダメニャー!」
「もったいないクマー!」
「……よいか、お主らよ」

 利根は、欲に目がくらんだ娘たちに、諭すように言った。

「吾輩たちがやっておるのは、戦争じゃ。家具のことではない、命を奪い合う、本物のな」

 その声色には、憂いを帯びていた。そして、痛切に訴えかける何かがあった。

「吾輩たちは、深海棲艦から国を守るために戦っておる。本当はな、吾輩らはいないほうがいいのじゃ。敵に怯えずに暮らせるのなら、それに越したことはない。それに、いつ、吾輩らは海の藻屑となるかもしれん。そういう異常な立場にいるのじゃ」

 重かった。その言葉は、全員の心にのしかかった。
 ここにいる者たちには、消したくても消せない過去がある。たとえ、どこともしれない世界の記憶であっても、あの悲しみは二度と味わいたくないはずだった。

「争いはないほうがいい。そんなことは、皆、承知のはずじゃ。そんな吾輩たちが、こんな小さなことで争っていてどうする? 本末転倒ではないか?」
「そうですね……。姉様たち、利根さんの言うとおりではないですか?」
「まあ、そうだな。特注家具とかいうやつのせいでこんなことになってんだからな。味方同士で憎みあったって、不毛すぎて呆れるぜ。なあ?」

 榛名と木曾が、両陣営を優しく促した。
 しばらく後、

「……わかったネー」
「……わかったニャ」

 両代表が力なく頷いた。

「どうやら、ワタシたちは大切なものを見失っていたようデース……」
「多摩たちの敵は海にいて、金剛たちじゃないニャ……」
「その通りじゃ。さ、仲直りせい」

 金剛と多摩は互いに歩み寄り、握手をしようと手を伸ばした。

「おっじゃましまーすなのー!」

 会議室の扉が、勢いよく開いた。

「あれー? もしかして、もう終わっちゃってるの?」
「なんじゃ、イクか。どうした?」

 入ってきたのは、淡い虹色の髪を両脇で縛り、紺色の水着を着たかわいらしい少女。
 潜水艦、伊19。通称イクだった。
 彼女は新海域の入り口付近にいたところを仲間にした、貴重な潜水艦だった。

「さっき任務が終わったのー! それで、提督にここに行くように言われたのー」
「ほう。して、何用じゃ?」

 利根が訊くと、イクは手に持っていた、一枚のカードを高々と掲げた。

「ほら! 任務のご褒美にもらったのー! とくちゅうかぐしょくにんカード、って書いてあるの! ここで、これの使い方を話してるって聞いたから、イク来たのー! ……? どうしたの、みんな? なんか、すごい顔してるのー」

 イクが、きょとんとする。
 利根以下、会議室で喧々諤々の騒ぎをしていた全員が、死んだ魚のように目を丸くし、口を開けていた。

「タマ……」
「金剛……」

 先ほど握手を交わそうとしていた両者が、ゆっくりと、ゆっくりと再び歩み寄る。
 そして、にこやかに、

「「ごめんなさい!!」」

 がっちりと互いの手を握りあった。

 両陣営から歓声が上がる。
 拍手が起こる。
 全員が晴れやかな笑顔を浮かべていた。

「……? 利根さん、どういうことなのー?」

 ただ一人、状況を飲み込めていないイクが、利根に問いかけた。

「……すまん。いまは何も言わんでくれ」

 しかし、この世のものとは思えない脱力感で、利根は説明する気力を完全に失っているのだった。














〜 一週間後 〜



 朝の支度を終え、利根は提督の部屋に向かっていた。
 あくびを噛み殺しながら。

(ねむい……)

 現在、午前七時。
 昨日は深夜の十二時まで仕事をしていた。

 これでもマシになってきたほうだ。新海域の攻略時には、ほぼ不眠不休だったのだから。
 提督にはいい加減有給を取るよう言われているが、利根はめんどくさい雑事を終えてからパーッと遊びたかった。そして、今日を終えれば、ちょうどその目途がつく。

 まずは寝たいだけ寝る。そして、暇な者を捕まえて、どこかの離島にでも行こうと思っている。
 もうすっかり寒くなってきたから、南の暖かいところがいい。あの死闘は、もう終わったのだ。しばらくは身も心も戦いから遠ざけておきたかった。

 色々とバカンスのプランを立てながら歩いていると、提督の執務室に着いた。
 ノックを二回してから、ノブを捻る。

「あら、おはようございます、利根さん」

 出迎えてくれたのは、温かく優しい声だった。

「おう、鳳翔よ。おはようじゃ」

 すっかり和風の畳部屋になった執務室には、軽空母、鳳翔がいた。
 彼女の前には丸いちゃぶ台があり、その上には茶碗とお椀が伏せられて置かれ、アジの開きや大根の漬物、ふんわりと柔らかそうな卵焼きなど、見事な和食が並んでいた。

「おお、これは美味そうじゃ。さすがに鳳翔は料理上手じゃのう」
「そんな、私なんて大したことありませんよ」

 謙遜をしながら、鳳翔は微笑みを浮かべた。

「これを提督にだけ食べさせるわけにはいかん。吾輩も相伴あずかるぞ」
「もちろんですよ。いつでも食べにきてください」

 利根は、一番近くの膳の前に座る。

「……でも、本当によろしかったのでしょうか」
「ん? なにがじゃ?」
「この特注家具は、金剛さんと多摩さんが譲ってくださったそうですけど……とても悪い気がして……」
「なんじゃ、そんなことか。気にするな。むしろ、気にしたら、あやつらのほうがいい気がせんぞ」
「うぅん……そうですか?」
「そうじゃ。これは、あやつらが自分の愚かさに気づいて罪滅ぼしにしたことじゃ。お主は、特注家具のほしい理由に、まったく私情を挟まなかった。だから、誇りに思ってよいことじゃ」
「そうですか……利根さんにそう言ってもらえると、嬉しいです」

 鳳翔は、ようやく少しだけ安心したように笑った。
 執務室の壁紙は、特注家具職人による、非常に見事なものに代わっていた。提督が密かに欲しがっていたものだった。

「あー、提督、早く来ないかのー。飯が冷めてしまうではないか」
「うふふ、すぐにいらっしゃいますよ。そういえば、利根さんは今日のお仕事の後にお休みですね」
「うむ、寝るだけ寝てから、南の島に行く」
「それは良いですね。先の戦で、利根さんは大活躍でしたから。思い切り羽を伸ばしてきてください」
「そうじゃ、鳳翔も行くか?」
「えっ、私ですか? よろしいのですか?」
「かまわんかまわん。秘書艦権限で連れて行くぞ」
「うふふ、それはいけませんよ? でも、楽しそうですね。提督にお許しをもらえたら、ご一緒させてください」
「そうか! 他の空母のやつらで暇にしてる者がいたら声をかけてみてくれ」
「わかりました。あ、駆逐艦の子たちも連れて行きましょうか。きっと賑やかになりますよ」
「ぬあー、賑やかを通り越してうるさくなりそうじゃー。吾輩は骨休めしたいのじゃー」

 なごやかに利根と鳳翔は話の花を咲かせる。
 提督が執務室のドアを開けるのは、二人が南の島に思いを馳せているときだった。



〜 終 〜


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