三日間降り続いた雪はピタリとやみ、今日は雲一つない晴天が広がっている。
風もなく、ぽかぽかとした陽気が心地よい。冬とはいえ、こんな日は縁側でお茶でも飲みたくなってくる。
しかし、師走、それも年末という時期もあって、なかなかそういう訳にもいかないのが実情だった。

もういくつ寝ると、お正月。
新しい年の幕開けを間近に控えた、十二月二十九日の午後のこと。

私はコタツに足を突っ込んで、神社の社殿と玄関に飾る正月飾りを編んでいた。
文々。新聞と書かれた新聞紙をコタツの上に置き、その上に藁の束を置いて、一つ一つ丁寧に編み上げていく。
新年を迎えるにあたっての日本の伝統行事と言えば聞こえがいいが、私としてはめんどくさいことこの上ない。
しかし、一応神社の管理を任されている身であるので、それなりの体面は整えなくてはならないのだ。
もっとも、ここに来る参拝客は悲しいかな限られているので、飾りを見る者も限られている。
半ば形骸化された、暇つぶしのような仕事だった。

毎年恒例の大掃除も昨日までに全て終わり、年越しの仕事はこれを残すのみだ。
新年が押し迫った時期にドタバタやっているのは性に合わないので、大掃除は早めに済ませるのが習慣になっている。
もともと神社にも家にも物が少ないので、大掃除といっても、いつもやっている掃除の延長線上でしかない。
普段の掃除に加え、障子の張り替えや台所の入念な掃除、風呂場のカビ取りと押入れの整理、蔵の片付けや社殿の埃取り、などなど。
いつもは週単位、月単位でやっている定期的な仕事を二日かけて全て行う。
まあ、確かにめんどくさいのだが、たまにやっている仕事をいっぺんにやっているだけなので苦痛ではない。綺麗になったらなったで気持ちいいのは確かだし。

そんなわけで、今年も残すところ今日を入れて三日。この分だとさしたることも無く、まったりと年末まで過ごすことが出来そうだった。

ガラガラガラ
『おーっす!!』

……と思っていたのはついさっきまでの話。ここにきて、今年最後のイベントがおっぱじまりそうな予感がした。

玄関の戸が横にスライドする音とともに、やつの聞き慣れた声が聞こえた。
ここにやってくるのはさして珍しくもない。しかし、今日は何か変なことをしに来たのだろうと私の勘は告げていた。
自慢ではないが、私の勘はよく当たる。変なことが起こる時は百発百中だ。
だから、いつも変なことをしているあいつがここに来て私の勘が働いたということは、あいつは変なことをしに来たに違いないのだ。

タスタスタス、と廊下の床を踏み鳴らす軽快な足音が近づいてくる。
長年の付き合いにより、私が玄関に行かずとも中に入ってくるのが自然になっていた。

「いよう、霊夢。あけましておめでとう三日前だぜ」

変な挨拶とともにふすまが開いて、飽きるくらいに見慣れた顔と見慣れた服が姿を現す。

「なによ、あんた。何しに来たの?」
「客に向かってその態度はないぜ。今日は美味しい話を持ってきてやったんだからお茶くらい出すべきだろう」

そんなことをのたまって、自称普通の魔法使い霧雨魔理沙は、私の対面に座ってコタツに足を突っ込む。
なにがどう美味しいと言うのだろうか。くだらない与太話の可能性は大だが、藁編みにも飽きてきたのでとりあえず聞いてやることにする。

「なによ、美味しい話って」
「ふっふっふ。いつも金欠で悩んでいるお前に朗報だ。美味しいバイトがあるんだよ」
「バイト?」

バイト。アルバイトの略。学生やフリーターと呼ばれる者が身をやつしている低賃金労働のこと。

「問に合っていますのでお帰りください」
「ぅおいっ! それじゃ話が進まんだろうが! 話くらい聞いてくれよ! いや聞いてください」

無碍に藁編みを再開すると、ちゃぶ台に手をついて額を擦りつける。最初っからそうやっていればいいのだ、無駄にでかい態度を取りやがって。

「あんたね……。困ってんなら素直に言いなさいよ。こっちのやる気がなくなるでしょうが」
「まあ、その通りだが、いつもの癖でな」
「……で、何? いったい何のバイトなわけ?」

頭を上げた魔理沙はよくぞ聞いてくれたという顔をする。


「実はうちの大掃除を手伝うというバイトなのだ!!」


「…………」

無言で藁編みを再開する。

「こらーーー!! 無視すんじゃなーーーい!!」
「んなもん、あんた一人でやりなさいよ!!」

コタツの中で足をカニバサミにしてきたので応戦する。
冬にまま行われる不毛な戦いは、今日はなかなか決着がつかなかった。







霧雨魔理沙という人間は、かなりタチの悪い“悪癖”を三つ持っている。
それは、病的なまでの蒐集家であるということと、
その集めた物を、ほとんどを使わずに取って置いてしまうということと、
それを片付けずに、そのままほったらかしにしてしまうことだった。

初めて、こいつの家に行ったときに、その室内の散らかりっぷりに問答無用で閉口したことがある。
本棚に入りきらずに床に放置された本の数々。廊下にズラリと並べられた怪しげな実験器具。どう見てもガラクタとしか思えない物が散乱しているリビングルーム。部屋の壁という壁に所狭しと積み上げられた使用済みダンボール。
一言で言うならば、ゴミ屋敷、という言葉が一番適当というか、それ以外の言葉がぱっと思いつかないほど酷い有様だった。

こいつの脳みそには、整理整頓という概念がすっぱり抜け落ちているのだ。出した物は元のところへ戻す。そんな当たり前のことが出来ない。
以前、食事に招待された時、こいつがフライパンを机の引き出しから取り出したのを見たことがある。さすがに突っ込まずにはいられなかった。
こいつの思考回路を分析するに、どうやら“物が収納されていれば”それがどこにあろうと片付けられていると言えるらしく、さらに言えば、“自分の家の中に”物があれば片付いていると言えるらしい。つまり、家全体が物の収納ボックスなのだ。
いわば、これが霧雨魔理沙流の整理整頓なのである。だから、家の中に物がごろごろ転がっていても気にしない。常人には及びもつかない、ぶっ飛んだ感覚だった。



数分間に渡ったコタツの中の足相撲は、ついに決着がつかなかった。
コタツの中でバタバタ運動したので、お互いうっすら汗をかいている。熱気が空気に冷やされて湯気が出そうだった。

「……大掃除なんてどうしたのよ。毎年そんなことする気配もなかったじゃない」
「いや……毎年やっていないからこそ、今年はやろうと思ったんだよ。そろそろ物が溜まってきたしな」
「ふーん……なら私が手伝ってやることもないわね。久しぶりに愛する我が家を綺麗にしてあげなさいな」
「だが、私一人の手には少々余る事態になってな。それで急遽人手を集めようと思ったわけだ」

百パーセント厄介ごとだと私の勘が告げていた。それでなくても、こいつの家の大掃除なんて考えただけでも面倒だ。
しかし、いつもはそんなことをしているとは思えないのに、なぜいきなり大掃除を思い立ったのか少し興味があった。
断るにしても、もう少し情報を集めてみよう。

「……なによ、その手に余る事態って」
「実は……これ以上、あの家で生活が出来なくなった」
「……は?」

言っている意味が分からなかった。前後関係が繋がらん。

「ちゃんと説明しなさい。訳が分からないわ。なんで掃除をしようとしていて生活が出来なくなるのよ」
「……そうだな。回りくどいのは好きじゃないし、いま私が置かれている状況をありのままに話そう」

一旦区切りを置いて、魔理沙はおもむろに話し出した。

「私が大掃除を始めたのは……そう、昨日の朝からだった。私が集めてきた物で室内が溢れかえったんでな。そろそろ何とかしないと、生活するスペースが消失してしまうと思ったんだ」
「ほう」
「で、手をつけたはいいが……お前も知っての通り、私はろくに片付けをしたことがない。どこから手をつけていいものやら試行錯誤しているうちに、一日を無駄に浪費してしまったわけだ」

どうやら、自分の悪癖を自覚しているようだ。していないよりはいいのだろう。

「殊勝な心がけじゃない。片付けようとしているだけでも大した進歩よ」
「ま、問題は成果を何一つ出せていないってところだな。で、かえって状況は悪化して、とうとう生活するスペースがなくなった」

そういうことか。様子がありありと思い浮かべられる。

「このままでは年が明けても掃除をしてなきゃならなくなるんで、今日は掃除の得意そうなやつのところへ掃除を手伝ってもらえないか聞きに回ってたわけだ。真っ先に思いついたのはメイドと半幽霊と、そしてお前だった。しかし、最初の二人はアホみたいにでかい屋敷の大掃除に追われてて、そんなもんに付き合ってられる暇がないって追い返された」
「それで、残った私のところに来たと」
「その通り!」

ぐっ、と右手の親指を立てる魔理沙。この会話で、こいつがどういう考えを持っているのか手に取るように分かった。

こいつが私を最後にしたのは、私が三人の中で一番掃除が下手で、一番手伝ってくれる確率が高いからだ。
最初の二人は、掃除をするのが生きている証みたいなやつらだ。私よりは掃除に長けている。どうせ綺麗にするなら、より綺麗に、というのは理解できる。
しかし、計算高いこいつが、今の年末の時期に従者の二人が暇しているわけがないと考えるのは当然だ。仕事に追われて手伝ってくれない可能性が高い。だから、保険の意味で私を残したのだ。
こいつは長年の付き合いにより、私が今頃は大掃除を終えていることを知っている。何か特別な用事でもない限り、暇していると踏んだわけだ。
そして、それは間違いではない。私が残す年末の仕事は、いま目の前でやっている藁編みのみだし、これが終わったら新年まですることがない。普段やっている通りに境内の掃除やお茶飲みに精を出すことになるだろう。
さすがに私の行動パターンをよく把握している。私も魔理沙がやることは大抵のことは分かるし、お互いの基本的な考えは筒抜けのようだった。

「あんたの推測通り、私の仕事はあとこれだけよ。年末まで悠々自適に暮らすわ」
「なるほど。じゃあ、手伝ってくれるわけだな?」
「問題は、私にそんな気がさらさらないってことね」
「ぐ、言うと思ったぜ……」
「だから、バイトなんて言い方したんでしょ? それで? あんたはどんな魅力的な労働対価を提供してくれるのかしら?」
「ふ……さすがに話が早いな……」

とか言って、その辺にあった正月飾りに使う半紙と、それに字を書く毛筆を手にとってお習字しはじめた。

「いいか……私が提案する給料は、これだ!」

完成品を私の前に広げて見せる。それにはこう書かれていた。


『米五合 キノコ詰め合わせ(500g)』


「却下よ」
「ええっ! なぜっ!」
「あんたんちの大掃除をこれだけでやってられる訳ないでしょ。完全な働き損だわ」
「うう……これだけあれば年末まで余裕で食えるだろうが……」

確かにそうなのだが、労働に見合った対価はきっちり払ってもらわないと割に合わない。仮に私の家の大掃除ならこれで十分納得できるが、相手は霧雨魔理沙が住む家だ。一筋縄ではいかない可能性が高い。

「あんたの提示した内容は分かったわ。じゃあ、今度はこっちね」

魔理沙が持っている紙を取り上げて文字を書き足す。

「はい。こんくらい貰わないと割に合わないわよ」

まるで習字の添削を終えたかのようにそれを見せる。


『米五合 キノコ詰め合わせ(500g) もち米五合 おせち用野菜一式 七草がゆ用野草一式』


「お前……私に死ねといっているのか……」
「いやならいいわよ。この条件で飲めないなら他を当たりなさいな」
「ぬぐう……」

悩む魔理沙。
まあ、私がダメなら大掃除を手伝ってくれそうなのは、もうアリスくらいしかいないだろうし、仮にそっちに行った場合は食べ物ではなく、魔法の道具を要求されるだろう。貴重な道具の数々を同業者に奪われるのはとても痛いに違いない。
そして、食糧と魔法の天秤のどちらに重きを置くか、というのは当然私は分かっていた。

「……再交渉を申し込む」

やっぱりリトライしてきた。

「値切りを要求しても、私にその気はないわよ」
「ならば、値切らなければいい」
「うん?」
「いまお前が提示したものと、同等の対価が支払えれば、文句はないんだろう?」

そう言って、新しく半紙を出して筆を取る。

「これならどうだ!」


『霧雨邸ご招待・二泊三日 お土産(米五合 キノコ詰め合わせ500g)』


「……は?」

前回とはあまりにも違う交渉内容に、はてなマークが浮かんだ。

「説明しておこう。まず、うちの大掃除は恐らく一日では終わらない。大晦日までかかるだろうから、仮にお前が大掃除を手伝う場合は通いになる。それはめんどくさいだろう。だから、うちに泊まったほうが手っ取り早い」
「……」
「そして、お前がうちに泊まる場合、食事や洗濯、寝るところなどの一切の面倒は見る。お前はただ掃除に専念してくれればいい。もちろん、私も手伝うがな。そうすれば、お前は明日、あさっての食料が減ることはなく、給料を払ったのと同じだけの見返りがある。足りないようなら出来る限り善処してお土産として持たせてやる。それでどうだ?」
「……はあ……」

さすがに驚いた。まさか、こんなことを言ってくるとは思わなかった。
だがよく考えてみると、これは私の条件を最大限考慮した上で、それでいて自分にも有利なように働く絶妙な交渉だ。
私がさっき提示した対価は、絶対的なブツとして確定してしまっている。変動させることが出来ない。お金と同じように、支払ってしまったら終わりだ。
しかし、自分の家に呼んで生活させる、というのなら話が変わる。二人分の食費はきついだろうが、それでも料理内容によってはいくらでも節約できる。お土産の内容もこいつが余裕をもって支払える物だろう。
それに、こいつは掃除を大の苦手としている。だから、掃除は恐らく私主導で行うことになる。こいつはサポートしか出来ない。だから、掃除にそれほど力を割かなくてもよく、私の世話に力を注げばよいのだ。(まあ、ある程度は手伝わせるが)

「……なかなか面白いことを考えたわね。さすがにこういう知恵は回るのね」
「お褒めに預かり光栄だぜ。それで、お前の答えは何だ?」

ふむ……どうしようか。
炊事、掃除、洗濯、風呂、その他もろもろの家事を一切しなくてもよく、こいつんちの掃除をやっているだけでよい。
しかも米五合プラスαというお土産つき。米が五合あればけっこう食べていける。私が万年金欠なのは変わらないから食べ物は多いに越したことはない。
それに私は人の家に泊まったことがないので、お泊りはちょっと興味があった。さらに、こいつんちにはどういうわけか温泉があり、その温泉を利用した床暖房も完備されているし、ちょっとした旅館みたいなものだった。
問題点はその掃除の内容だが……魔理沙の一軒家は私のうちとそう変わらず、こぢんまりとしている。だから、いくらこいつの家に物が溢れているといっても、あまりにも時間のかかる無茶な掃除はしないだろう。そこは私の勘だった。

「……いいわ。面白そうだし、やってやろうじゃない」
「よっしゃーーー!! やったぜーーー!!」

諸手を挙げて喜ぶ魔理沙。
ま、ちょうどいい暇つぶしにはなるだろう。

そんなわけで、今年の年末は掃除がてら魔理沙の家に泊まることになったのだった。

















〜 霧雨邸大掃除大作戦! 〜


















昨日に引き続き、空は快晴。
東の空に白く輝くお日様は、今日もいい天気になることを約束してくれた。
時刻は八時。朝の準備を整え、私は雪に包まれた博麗神社の社殿の前に立っていた。
今日は魔理沙の家に大掃除を手伝いに行く当日。私の横には、二日分の着替えと身だしなみを整える物などを入れた風呂敷が置かれている。他にも必要な物があるかもしれないが、それは魔理沙にたかるつもりだった。

何かの異変やら何やらで一日家を開けることはあったが、二日も家を空けるのは実は初めてだ。
一応用心に越したことはないので、家全体に防犯用の結界を張りまわっているのだ。
もちろん、賽銭箱の周囲には張らない。帰ってきたときに小銭の姿を目の当たりにしたら至福のひと時に浸れるだろう。

「よし、これでいいわね」

全ての結界の発動を確認すると、私は風呂敷を背負って社殿に背を向け、魔理沙の家に向けて飛び立った。



魔法使いは世俗から切り離されたところに住むのが伝統だそうで、魔理沙の家はこの上なく人が住みにくい場所にある。
鬱蒼と追い茂る暗い森のど真ん中にぽつんと立つ一軒の家。
焦げ茶の屋根に、茶色い壁。家中に蔦が這い回っていて、いかにも魔法使いが住みそうな家だ。
L字型に折れ曲がった家は、私の住んでいる家よりは一回り大きいくらい。一人が住むには少し広いくらいの家だった。

「おーーーい! こっちだこっち!」

声がした方を見ると、白く染まった霧雨邸の玄関前に魔理沙が立っていた。両手を振ってこっちに呼びかけているが、そんなことをしなくても黒いからどこにいるのかすぐ分かる。私はそっちの方にゆっくり下降していった。

「おはよ。外で待っててくれるなんて随分といい心がけね」
「おはようだぜ。いや、これから生死を分けた掃除をする同志だからな。当然だぜ」
「そんな大げさなもんでもないでしょうに」

雪を踏みしめて着地する。久しぶりに見る霧雨邸の景観は、雪化粧をしていることを除けばほとんど変わっていない様子だった。

「さて、じゃあ、とっとと始めましょうか。早く終わらせれば、それだけ、あんたんちでまったり出来るしね」
「よーし、いくぞ。私も早くまともな生活が送れるようになりたいしな」

そう言って、魔理沙は玄関の扉を開けた。

「……………………………………」
「……ん? どうしたんだ?」
「帰る」
「わ〜〜〜! まてれいむ〜〜〜!」

今のを見なかったことにして帰ろうとすると、魔理沙が首に巻きついてきた。いい感じに首が絞まって目の前が暗くなる。

「苦しいわっ!!」

振り払うと雪の上に半身に座り込んで、悲しみを込めた目で私を見る。

「うう……手伝ってくれるんじゃなかったのかよ」
「手伝うにも限度があんのよ! なによ、あれは! あんなの見たら誰だってやる気無くすわ!」

びしっと入り口を指差す。
まさかドアを開けたらダンボールがそびえ立っているとは思わなかった。入れねぇよ。

「だから言ったじゃないか……困ってるって」
「むう……」
「ま、まあ、とにかく中に入ってくれよ」
「入れないでしょうが! 蹴破って入るの!?」
「上にちょっと隙間があるだろ? あそこから入るんだ」

なんだとぅ。上を見上げる。確かにあるな、隙間が。あそこが入り口なのかよ。マジディスカ?
魔理沙は箒にまたがると、入り口に立ちふさがっているダンボールの隙間に器用に入っていった。中に入るのに宙に浮かなきゃならない家なんて初めて見た。
やがて、ダンボールの向こうから箒が左右に振られて声が聞こえる。

「お〜い、早く来いよ〜」
「はあ……仕方ないわね……」

全てをあきらめ、私は荷物を玄関前に置いて宙を浮き、入り口の最上部を目指す。
隙間は大体高さ二、三十センチメートル。猫にでもなった気分だった。

「よっ……と」

頭から隙間に入り、ダンボールのてっぺんにペタンと上半身を載せる。
そこから揚力を保ったまま、ずりずりと少しずつ中に入っていく。

「むっ?」

順調に中に進入していくかに見えたが、腰の辺りでつっかえた。
えっ、マジ? 私、太った? 魔理沙は軽々入っていったのに!
ばたばたと足を振って懸命に脱出を試みる。

「なにやってんだ? 早く来いよ」
「ちょ、ちょっと待ってっ」
「お前、当たり判定小さいだろ?」
「意味分かんないわよっ!」

と、突っ込んだ瞬間にバランスを崩した。

「えっ!? うわわわわわわわわわああああああっ!!」
「ぎゃあああああああああああああああっ!!」

積み上げられたダンボールはあえなく崩れ、盛大な音を立てて下にいた魔理沙を巻き込んだ。



月並みな言い方だが、家の中は混沌という表現がぴったりだった。
もう、これは家というよりは物置き場といった方がしっくりくる。どこを見渡しても、物、物、物。もともとそういう家だったが、今は完全に限界を超えている。
普段歩き回る床のほとんどに物が置かれ、文字通り、足の踏み場もない。
本はもちろんのこと、訳の分からない大小の置物がバザーでもないのに広範囲にわたって陳列されている。
廊下にはそれに沿うようにして、いくつものダンボールが積み上げられており、家の中をより狭くしていた。ていうか家の入り口まで塞がなくてもいいと思う。
これでは家の中を移動するのに宙を浮かなくてはならない。実際、若干一名の住人はそうしていたのだろう。
床にびっしり置かれた物以外に、大量の本がそこらじゅうに積まれていた。床にはもちろんのこと、机やテーブル、椅子やソファーの上に今にも崩れそうなほど積まれている。床に積まれてある本の高さは私の腰くらいまであり、机に積まれている本は正面の窓を覆って室内を薄暗くしている。
唯一、何も物が置かれていないベッドの存在がとても際立っていた。

「なんなのよ……これは……」

少々頭痛がする。生活できない、と言ってはいたが……まさかこれほどとは思わなかった。
少なくとも、ここは人の住むところではない。人外魔境だった。

「おお〜〜〜い……たすけて〜〜〜」

玄関の方から声が聞こえてくる。崩れ落ちたダンボールの山から箒が生えていた。……忘れてた。あまりの光景に頭が白くなっていた。

「ああ、はいはい。いま出してあげるわよ」

宙を浮きながらダンボールを転がすようにどけ、埋まっている人間の掘り出し作業をする。
程なくして金色の頭が隙間から覗いた。

「いや〜驚いたぜ。死ぬかと思った」
「驚いたのはこっちよ。こんなになるまで放っておいたなんて、ある種の才能ね」

ダンボールから這い出してくる魔理沙に嫌味を言う。言ってやらないと気が済まない。

「い、いや〜はははは。さすがに無茶だったか?」
「もういいわよ……」

ため息をつきながら、改めて混沌の室内を見渡す。
……ここまでくれば上等か。いっそ清々しい。この部屋が綺麗になったら、さぞ気持ちいいことだろう。

「……じゃあ、まずは、この溢れんばかりの物をなんとかしましょうか。今日はこれの整理で終わるわね、多分」
「そ、そうだな……。これを片付けないと掃除も出来ないしな。じゃ、どうする?」
「……家の中に置いておく訳にもいかないでしょう。とりあえず、出せる物は外に出しましょうか。そうしないと家の中で私たちが整理をするスペースが出来ないわ」
「でも外は雪だぜ? 雪の中に物を突っ込んどくわけにはいかないだろう」
「う〜ん……」

どうしようか考えながら室内を見渡すと、先ほど崩した大量の段ボール箱が目に留まった。

「このダンボールは水に強い?」
「大丈夫だと思うが……長時間はどうか分からないな」」
「じゃあ、これを外の雪の上に敷き詰めて、即席の物入れにしましょう。これだけあるんだからかなりの広さになるでしょうし、水に強い物を選んでいけば多分大丈夫でしょ」
「なるほどな。よーし、分かった。じゃあ、早速始めるぜ」

魔理沙は、自分が埋まっていたダンボールの一つを両手で持って外に向かった。



家の中を、ダンボールを持って行ったり来たり。それをしばらく続けると、家の中のダンボールは全て白い雪の上に敷き詰められた。
広さは大体五メートル四方くらいか。即席物置としては十分広い。
その上に部屋の中に散乱してあった小物をどんどん入れていく。本などはあまり長時間日光に当てると傷みそうなので、訳の分からん人形とかオブジェがその対象だった。

「はあ〜、けっこう床が見えてきたな。久しぶりのご対面だぜ」

霧雨邸にある物は小物が多い。分厚い魔道書のような本より大きい物はあまり置かれていない。それが大量に散乱しているからごちゃごちゃしている印象があるのだ。数十箱のダンボールの中に収めるだけ収めてしまえば驚くほどの床面積が確保できる。
逆に言えば、魔理沙が物を片付けられないことの証明にもなる。物をきちんと片付けて、いらない物を処分すれば十分生活できるのだから。

「よし、どうやら足の踏み場は確保できたようね」

一時間ほど家の中と外を往復すると、リビングルームの半分ほどの床が姿を現した。
残っているのは大量の本と、ダンボールに入りきらない大型の物だけだった。

「よーし、それじゃ、これから物の分別に入るわよ。いい? 分別の基本は思い切りの良さよ。捨てようか捨てまいか迷ったら十中八九、いらない物だと思っていいわ。まずは、あんたがどうしても取っておきたい物を選別して、それ以外は全部処分すんのよ」
「ぜ、全部……?」
「そう、全部よ」
「いや……捨てるのはもったいないかなーって思うんだが……」
「ダメよ。この混沌の渦から逃れるには物を減らさなきゃ意味ないでしょ。ただでさえ家の許容量をオーバーしてんだから」
「いや、詰めれば何とか」
「なんないの!」

まったく、この期に及んでこいつは。

「その考え方がいけないのよ! 物を片付けられない人間の三大疾病は、自分が気に入れば何でもかんでも持ってくる、それが自分に必要かを考えていない、そして物を捨てられないなのよ! それにあんたは全部かかってるわ! いい機会だから、全部矯正しなさい!」
「い、いや、せっかく集めてきた蒐集物なんだから、出来る限り残したいんだが……」
「あんた“蒐集”の定義を分かってんの?」

私はその辺に積まれていた国語辞典を引っ張り出す。同時にその上に積まれていた物が崩れてくるが気にしない。
ちょっと悟りの境地に入ってきた。

「『趣味や研究などのために、ある種の物をいろいろ集めること、コレクション』って書いてあるじゃない。あんたはその趣味や研究に必要あろうがなかろうが何でもかんでも家に持ち込んでんのよ。そんなの虫や鳥の死骸を集めてくる猫と変わんないじゃない」
「そ、そんなことはないぜ。それに、持って来た物を後々使うかもしれないだろ? その時になって、ああ、あの時持ってきていれば、なんてなりたくないじゃないか」
「後々使うって……じゃあ、そこに立てかけてある物はいつか使うわけ? どうみても鍬じゃない。あんた農作業なんかやらないでしょ」

玄関の隅っこに立てかけてある木製の農具を指差して問う。

「の、農作業はやらないが……農家の生活の一部を部屋に取り入れようかと……」
「じゃあ、あれはなに! あんなでっかい物置いて、そば屋でも開業すんの!?」

やや色の煤けた私の身長と同じくらいの小憎らしい顔をした狸の置物をびしっと指差す。

「た、狸は商売繁盛のシンボルなんだ……多分」
「じゃあ、これはなによ! これどう見てもシビンじゃない! あんたはこれを何の趣味に使うのよ! それとも寝たきり老人になる予定でもあるわけ!?」

今度は奇妙な形をしたガラス瓶を手にとって魔理沙の顔に突き出す。

「い、いや、寝たきりになる気は毛頭ないが、足を骨折とかしたときに必要になるかも……」
「ぁぁぁ〜〜〜」

額を両手で押さえて床に向かって坤く。だめだ、大掃除を円滑に進めるために、こいつには教育が必要だ。

「いい!? あんたの職業は何!?」
「ま、魔法使い……」
「魔法使いに必要な物は!?」
「ほ、箒と、魔道書と、実験用具……」
「他には!」
「ま、魔法薬と、キノコと、その他諸々の資料……」
「他に!」
「…………」
「じゃあ、それと生活に必要な物を除いた全ての物がゴミの対象よ!」
「ええっ! そんな横暴な!」
「うるさいわー! あんたは荒療治しないと気が済まないのよー!」

それからシビンが生活に必要かどうかをギャーギャー論戦する人間二人。また帰りたくなってきたなぁ……。







「何だこれ?」

物を無理やりどけて作られたスペースに置かれた、大きな二つの段ボール箱に首をかしげる魔理沙。
赤マジックで、それぞれ“いるもの”、“いらないもの”と書かれてある。

「いるものボックスといらないものボックスよ。あんたがいると思った物はいるものボックスに、いらないと思ったらいらないものボックスに入れていきなさい。いるものは私が整理して部屋に積んでいくから」
「いらないものは?」
「ゴミ箱行きに決まってんでしょうが」

ええ〜、とかいう魔理沙。

「いい!? これは絶対に必要だ、と思える物“だけ”を入れてくのよ! 十秒も迷ったりしたら、いらないものと判断しなさい!」
「うぇ〜、シビアだぜ〜」
「さあ! とっととやる!」

このままでは掃除が永遠に終わらないかもしれないので、有無を言わせず作業に移らせる。
私がいるものといらないものの区別がつけばいいのに……。



「これは……いる……この本もいる……これは……」

魔理沙が着々と物を分別していくとともに、私はそれを部屋の隅に種類ごとに積んでいく。
すべて整理が終わったら、本棚などに移し変えるのだ。

魔理沙はその辺に転がっていたのだろうか、なぜかピンク色をした耳当てをつけていた。
……いいな、あれ。あったかそう。もっとも、この家は床暖房のおかげで十分暖かいので、ねだるなんてことはしないが。

「ええ〜っと……これはいるだろ……これも……いる、か?……やっぱりいるな……そしてこれもいる……」

しかし……

「これはいつか読みたいからいるし……これも多分いる……ああ、こんなのもあったな、じゃあ、これも……」
「ちょっと魔理沙」
「あん?」

たまりかねて声をかける。

「さっきから、いるものボックスにばかり物が入ってるんだけど、本当にこれ全部いるんでしょうね?」
「……………………当たり前だろ?」
「なによ、最初の間は」
「い、いや、ちょっと考えただけだぜ」
「……」

私はおもむろに、いるものボックスから一冊の本を取り出して中身を見る。

「『痔の治療法大全』? あんた痔だったの?」
「いや別に……。いつか痔になるかもしれないからその備えに……」
「……」

訝しく思った私はもう一冊の本を手に取る。

「……『世界平和のためのマインドコントロール』? って、何でこんな危なそうなの持ってんのよ!」
「い、いや、変なカルト教団に引っかかる連中の心理を分析する機会があるかもしれないし……」
「ぬぅぅ……!」

さらに、もう一冊手に取る。

「……『地震に強い家の建て方』ってあんた大工じゃないでしょうが!!」
「だ、大工の知識があれば、いずれ家を建て替えるときに役に立つかも……」
「その“かもしれない”がいけないのよ! “かもしれない”とか思った物はどれなの!? それは全部いらないものボックス行きよ! 大体その本は役に立った試しはあるの!? 何年間もほったらかしの本なんか無いものと思いなさい!」
「そ、そんな! 今は使わなくても、いつか使うかもしれなっ……」
「また言ったな〜〜〜!?」
「い、いや、まあ、その」
「もういいわ! もう一回やり直しよ! 一つ一つ念入りに尋問してあげるから覚悟しなさい!!」
「うぎゃ〜〜〜〜〜〜!!」



そんなこんなで正午までひたすら物の分別を続け、ようやく、いるもの、いらないものの整理が付いた。
物を片付けられない人間である魔理沙には判断能力がないので、問いかけとは名ばかりの誘導尋問だった。おかげで、いらないものボックスはたちまち一杯になり、反対にいるものボックスはみるみるその存在感を失っていった。

物を捨てられない人間は、いらない物でも、つい“いつか使うかもしれない”と考えてしまう。使う予定が無いにも関わらずだ。
家の中にある物は、住んでいる住人にどこに何があるかを把握されていないと全く意味が無い。そんな物は、あって無いも同じなのだ。使う予定が定められていない物は、いずれ存在を忘れられる可能性が高い。だから、いつか使う時が来ても、使われずに放置されてしまうだろう。
魔理沙の場合、霧雨邸にある物の三割程度しか把握していなかった。その他七割は、家にそんな物があったのか、という状態であり、どこで拾ってきたかを覚えていない物すらあった。
だから、私は家にあった物を魔理沙に見せて、すぐにそれが何なのか分からなかったら、いらないものと判断した。外に出したダンボールに詰めた小物は、知っている物以外はゴミとした。厳しいようだが、整理というものはこうしないといつまで経っても終わらない。それに、何年間も忘れていた物や使われなかった物は、捨ててしまっても記憶に残らないし、後悔の念などほとんど出ない。

結局、物の整理とは自分の毎日の生活に必要な物だけを選別する作業だ。
魔理沙の場合は、まず魔法に関連する本やアイテム、研究の資料となる物、研究の成果物、実験道具とその材料などを中心に取っておく。後は毎日を余裕を持って生活できる生活必需品と、思い出の品などの大切な物を確保すればよい。
インテリアや嗜好品など、それ以外の物につぎ込むのはこの作業が終わってからで、その量は収納のスペースの大きさに限られる。魔理沙は、鍬や狸の置物など、それ以外の物につぎ込み過ぎて収納のスペースの限界、というか家の限界を超えてしまったのだ。


霧雨邸の裏庭には、いらないもののガラクタが山のように積まれている。裕に二メートルはある。
狸の置物が他のゴミに埋もれて、心なしか寂しそうにこちらを見つめていた。

「さようなら……我が愛しの蒐集物よ……」

何でそんなに悲哀してんだ、こんなガラクタどもに。
春になったら、冬眠から目覚めたスキマに頼んでどこかに飛ばしてもらおう。

「さあ、これで午前中は終わりよ。もうお腹ペコペコなんだから、早くお昼を作りなさい」
「うう……お前は鬼だ……」







午前中の掃除の成果は、そのまま室内にもくっきりと現れていた。

「は〜〜〜、だいぶ片付いたな。最初に比べたら、えらい違いだ」
「そりゃそうでしょうとも」

私たちはリビングルームのテーブルについて、魔理沙が作ったキノコのクリームパイを食べながら辺りを見渡す。
だいぶ人間の家らしくなってきた。私が以前にここに来たときよりも片付いていると言える。
それでもまだ物は多いので、少しずつ整理していかなくてはならないのだが。

状況としては、ゴミ屋敷と化していた時の三分の二の物が分別された。
後の三分の一の物は未解決の物で、それは部屋の端に置いてあり、午後はこれを処理することになるのだ。
その未解決の物が、またくせものなのだが……。

「……ねえ、もう一度聞くけど、あれは処分した方がいいと思うのよ。正体不明の物なんか、持ってたって使いようがないでしょうが」
「ダメだ。いままでに捨てられた物は百歩譲ってゴミにしてもいいが、いま家の中に在る物は全部魔力が宿っている。レアなアイテムがあるかもしれないのに、捨てることなんて出来ないぜ」

……まあ、そういうことらしい。
午前中に、いるもの・いらないものを整理していく中で、一つ問題が浮上したのだ。
私も魔理沙も、全く正体のわからないマジックアイテムが出てきたのである。
本とか小物とかは、見れば取っておくかゴミ箱行きかすぐに分かるのだが、私はマジックアイテムは分別できない。
そういう物は魔理沙を信じて整理するしかないのだが、なんと、こいつにも正体不明のマジックアイテムがいくつもあったのだ。
魔力が宿っていようとなかろうと何でもかんでも持ってくる癖を持っているのだから、こういう事態も想定に入れるべきだった。
それで急遽、“わからないもの”の箱を作って、いるもの・いらないものとは別にしておいたのだ。

それで、お昼を取っている間にどう処理したらいいかを話し合ったのだが、私は当然捨てる派、魔理沙は捨てない派で、ずっと平行線の議論を進めていた。
で、私はこいつを説得するのは不可能と判断した。
自分に置き換えて考えてみればいい。
一応、私も妖怪退治を生業にする巫女なので、いろいろと霊力のこもった武器や道具を持っている。それは私にとって必需品であり、無いと非常に困るのだ。
もし、私が霊力のこもった正体不明の道具を見つけたら、魔理沙と同じようにとりあえずは取っておくだろう。もちろん、こいつのように辺り構わずではないが。
魔理沙も魔法使いである。魔力のこもった正体不明の物は取っておきたいと思うだろう。だから、私も問答無用で捨てられないのだ。
いままで捨てた物は百パーセント、いらないものだった。魔理沙も心の底ではそれが分かってたから、強く反対せずに私に任せたのだ。
だが、マジックアイテムとなったら、こいつは頑として聞かなかった。その気持ちが分かるゆえに、私も強くは言えない。

そこで、私は一つ提案することにした。

「……もういいわ。私にも意味の分からない物は判断がつかないし、ここは一つ人を呼びましょう」
「人って誰だよ?」
「いるじゃないの。意味不明な道具でも、触っただけで名前と何に使うのかが分かる人が」
「……ああ、いるな。そんな変な力を持っている奴が」
「その人に来てもらって、このガラクタどもの鑑定をしてもらうのよ」
「が、ガラクタっていうなっ!」

しまった。つい本音が。

「じゃあ、お昼を食べ終わったら、その人をちょっと呼んできて」
「へ? 私が?」
「あんたの方が足が速いじゃないの。呼びに行ってる間に食器の片付けをして、その後、家中を回って変な物があったらここに積んどくから」
「へ、変な物っていうなっ!」

しまった。ついまた本音が。

「指揮は私がするんだからちゃんと従いなさいよ。ちゃんとした物だったら捨てないで取っておくことに出来るんだから」
「うう……しかたないな……」

渋々ながらも同意する魔理沙。
……呼びに行っている間にここにある物をちょっと廃棄してしまおうかという衝動に駆られたが、さすがにかわいそうなのでやめておいた。



昼食の後。魔理沙は私に片付けを任せて飛んでいった。
家事全般は魔理沙の担当なのだが、待っている間は暇なので構わず皿を洗う。
冬の水は冷たいはずなのに、お湯が出てくるところも嬉しい。これも温泉の効果だった。私のバイト代は、うちにも温泉脈をひいてもらうことにしておけば良かっただろうか。
……それにしても、台所はきれいだなあ。もしかしたら、あいつんちの大掃除は物の片付けが七十パーセントを占めているんじゃなかろうか。
物を片付けたら、それほど労無く終わるような気がした。

皿が洗い終わったあとは、部屋にある正体不明の物体をかき集める。床にちらほら置かれている、はにわとか土偶とかを小脇に抱えて山に追加していく。
……本当にこんな物に魔力があるのだろうか。つくづく疑問だった。

「おーい、呼んできたぜー」

三十分ほどそんなことをしていると、人を呼びに行っていた魔理沙が帰ってきた。
その後ろから、出張鑑定士・森近霖之助が現れる。私と魔理沙にとっては数少ない男の知り合いだった。

「ご足労ありがとう、霖之助さん」
「いやいや構わないよ。魔理沙の家の物は一度全部鑑定したかったんだ。任せてくれたまえ」

陶然とした笑みを浮かべ、手をもみもみしながら混沌とした室内を見回す霖之助さん。鑑定人の血が滾っているようだ。とても頼もしい。

「こ、香霖。先に言っておくが、鑑定物は全部私に報告しろよ? 勝手に捨てたりするなよ?」

おどおどしている依頼人、魔法の森からお越しの霧雨魔理沙さんに霖之助さんは優しく声をかける。

「大丈夫さ魔理沙。貴重な物があったらきちんと報告するよ。その代わり、いらない物は全部引き取ってあげるから」

別にここにある全部を引き取ってもらってもいいのだが、と心の中で思ったが口には出さない。

「じゃ、さっそくお願い。早くしないと日が暮れるから」
「了解だ」

霖之助さんは荷物を足元に置いて、正体不明物の山の前に立つ。
この人は、物に触っただけで、その物の名前と用途が頭の中に浮かび上がるという変な能力を持っている。
だから、物の鑑定にはもってこいの人材なのだ。

「じゃ、最初にこれをお願い。いるかいらないかは私と魔理沙で判断するから。それでいいわね?」
「お、おう……」

ま、一応参加させてはおくが、いざとなったら強権を発動して窓から裏庭に投げ捨てるつもりだった。
用意が整ったので、霖之助さんにマジックアイテムの一つを渡す。
もう手が触れているので、この人の頭の中には名称と用途が浮かんでいるはずだ。
……いま思ったのだが、触っただけで頭に浮かぶのなら、毎日のように触っている物もいちいち頭に浮かぶのだろうか。
『箸:食べ物をつまむ』『歯ブラシ:歯を磨く』とか。それってうざいような気がする。

「わかったよ」

どうでもいいことを考えていると、霖之助さんが声を上げる。

「で、それは何なわけ?」
「うーん、名称『ひ○しくん人形』だね」
「は? ひ○しくん?」
「そう、多分、人の名前だね」
「……なにそれ? いったい何者なのよ、そいつは?」
「そこまでは僕にも分からない」
「……で? そのひ○しくんは何に使うわけ?」
「用途は『クイズの前に提示し、正解したらカウンターに置く』だね」
「クイズ? じゃあ、これが景品にでもなるの?」
「多分そうなんじゃないかな?」
「……」

こんな薄汚い人形を? 探検帽をかぶって探検服を着たおっさんだよ? とてももらってうれしいとは思えんが。

「没収」
「わーーー! ちょっと待て霊夢ーーー!」

ゴミ置き場に持っていこうとする私の足にすがりつく魔理沙。

「何?」
「い、いや、それだってよく見ると珍しいだろ? もしかしたらクイズ以外にも使える物かもしれないぜ?」
「ほほう。じゃあ、聞きましょうか。この薄汚いガラクタ人形に、クイズ以外のどんな用途があるのかを」
「え、ええと……」
「……」
「魔除け?」
「ボッシューーーッ!!」
「いやーーー!! ひ○しくーーーん!!」

語尾に、はてなマークがついた時点でいらないものと判断します。

「ああ……私の努力のかけらが……」
「はいはい、どんどん行くわよ。どうせこんなんばっかでしょうけど。ゴミの中で欲しい物があったら持っていっていいわよ、霖之助さん」
「いやーうれしいなー。俄然やる気が出てくるねー」

眼鏡を輝かせながら少年のような瞳で私を見る。

「うう……今のはノーマルだったが、すーぱーひ○しくんは捨てさせんからな……!」

魔理沙は意味不明の気合を入れている。どうやら捨てられたショックであっちの世界に行ってしまったようだった。



鑑定が全て終わった時、辺りはすでに夜になっていた。

「それじゃあ、僕はこれで!」

白い歯を覗かせながら、しゅたっ、と手を挙げる霖之助さんを見送る。
その背中には唐草色の大きな風呂敷。途中で木につっかえたりしないだろうかと心配になるくらいの大きさだ。

「ええ、ありがとう。気をつけてね」

後ろを向くと頭が見えないほどの風呂敷包みを背負って去っていく姿は異様だった。
しかし、あれでも正体不明の山の三分の一でしかない。つくづく病的な蒐集家だと分かる。

「さーて、これで物はあらかた片付いたわね。ようやく掃除を本格的に出来るわ」

予想通り、物の分別だけで一日を浪費してしまったが、これで人外魔境からようやく人内魔境くらいになっただろうか。
明日は床を箒で掃いて雑巾がけや窓拭き、風呂や台所の掃除など、まだやることは盛りだくさんだ。

気持ちを切り替えて後ろを振り返ると、うつろな目をした魔理沙が玄関の柱に抱きつくようにくっついていた。
小さな声でみーんみーんと鳴いている。

「……今は冬だからセミはいないわよ」
「ふ……私は冬のセミ……寒さに凍えながら暖かい春をじっと待つ、耐え忍ぶセミ……」
「はいはい、分かったから早く人間に戻りなさい。これでようやく大掃除の半分が終わったんだから」

襟首を掴んで柱から引き剥がす。ベリッと乾いた音がした。



「おおっ!」

家の中に入ると我が家のビフォアーアフターのアフターを見て驚嘆する魔理沙。
改めて中に入ると、また視点が違って見えたのだろう。

「す、すごいぜ……、まるで生まれ変わったかのようだ……」

そりゃそうだ。いままでは床面積の九割以上がゴミで埋まってたんだ。そのほとんどが床に変わったら生まれ変わったといっても過言ではない。
最終的に残しておくべき物はダンボール三箱分になった。掃除が終わったら開いている押入れでも見つけて突っ込んでおけばいいだろう。

魔理沙はおぼつかない足取りで部屋に入り、片足でくるくる回りだす。

「すごいぜー! 回転しても物にぶつからないぜー!」
「止まりなさい、鬱陶しい」

魔理沙の頭を、がしっと鷲掴みにして無理やり回転を止める。

「なんだよー、もうちょっと回らせろよー」
「嬉しいのは分かったから落ち着きなさい。……ま、とりあえず、今日はこれで終りね。明日は朝早くから本格的な掃除になるわよ」
「よーし、ようやく私も活躍できるな」
「だといいんだけどね。でも、その前に夕食よ。一応、楽しみにしとくから」
「おう、腕によりをかけてやるぜ」

魔理沙はそのまま台所に入っていく。
昼に食べたパイを見れば分かるが、魔理沙はそこそこ料理はうまい部類に入る。意外だが。
それをソファーにでも座りながら、適当に本でも見繕って待ってようか……。

「あ、そうだ。魔理沙!」
「あん?」
「あんたの箒、借りるわよ。これから紅魔館に本を返しに行ってくるわ」
「ええ〜、もうかよ〜。もうちょっと借りていたんだが」
「ダメだっての。あんたは大人しく夕食を作ってなさい。出来上がる頃には帰ってくるから」

霧雨邸にある本の中には、魔理沙が紅魔館の図書館から借りてきた本が少なからずあった。
どれも延滞期間を過ぎたものとか、無断で持ってきたものとか、あまりよろしくない事情の本もある。
魔道書関連は魔理沙が泣いてせがんだので、必ず返すことを条件にして残しておいてやったが、その代わり、私がこれからまず使わないと判断した本は全て返すことに決めた。少なくとも、マインドコントロールとか地震に強い家の建て方とかは使わない。

で、その本はいま玄関の横に風呂敷に包まれて置いてある。
背負うにはちょっと無理がある。本は積み重なるとかなり重いので、私一人の力では持ち上げることすら出来ない。
だから、魔理沙の箒を使うのだ。
魔理沙の箒には重力を操る魔法がかけてあり、かなり重い荷物を括りつけても簡単に持ち運ぶことが出来る。あのくらいの量の本なら重さゼロで運べるのだ。
荷物の重さでスピードが鈍ることもないので、紅魔館から往復するのに一時間位だろう。
夕食はその頃に出来上がっているだろうから、時間を持て余すのもなんなので行ってみることにした。

魔理沙の箒は玄関のドアをはさんで風呂敷の反対側に立てかけてあった。
手にとって、風呂敷を括りつけて、箒を上に上げてみると、風呂敷が簡単に床を離れた。いつ見ても不思議だ。

「じゃあ、行ってくるわね〜!」
「ああ! 折ったりするなよ!」

エプロンをつけて料理中の魔理沙に呼びかける。しっかりと上着を着込み、風呂敷がついた箒を担いで、夜の帳が降りきった外に身を投じた。



「……ただいま」

きっかり一時間で、私は霧雨邸に戻ってきた。
大きな風呂敷包みを縛った箒を肩に担いで。

「お、おかえり。あれ、どうしたんだ? 本を返しに行ったんじゃなかったのか?」
「行ったわよ、もちろん……」

いつまでもドアを開けておくと寒いので、後ろ手にドアを閉める。やっぱり床暖房は暖かい。冷えた足が少しずつほぐされていく。
魔理沙はテーブルを布巾で拭いていた。ちょうど夕食が出来上がったのだろう。

「もう夕食の準備は出来てるぜ。運ぶの手伝ってくれよ」
「……その前に、はい、これ」

私は風呂敷をソファーの上に載せる。

「本じゃないのか、これ? 一体なんだ?」
「開けてみれば分かるわよ」

私がそう言うと、魔理沙は風呂敷をほどいた。

「おおっ、なんだ!? 酒とか菓子とかこんなにたくさん。どうしたんだよ、これ」
「紅魔館から貰ってきたのよ」
「へ? なぜ?」
「パチュリーに本を返しにいったらね、信じられない物を見たような顔をされて、それから抱きつかれて、めちゃくちゃ感謝されて、その勢いでパーティーまで開かれそうになったから懸命にお断りして、せめて何か持たせたいっていうから、それを貰ってきたのよ。あんたねえ……人様のもんをどんな風に扱ってるわけ? おいおい泣かれながら、もう二度と帰ってくることは無いと思ってた、なんて言われたわよ」
「い、いや〜、あははは」
「まったく……」
「で、でも、パーティーを開こうとしてたんだろ? なんで断ってきたんだ?」
「…………」
「普通なら、ここで私を誘いに来るところだろ。紅魔館のパーティーなんて、年に数回呼ばれるくらいじゃないか」
「…………明日になったら」
「?」
「…………味噌汁がしょっぱくなるでしょうが」
「……………………」
「……なによ」
「……え? あ、いや、あはは。ちょっと驚いてな。いやいや、なかなか嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
「……違うわよ。単に今日はご飯の気分だっただけ。あそこは洋食しか出さないでしょ」
「へいへい、そういうことにしておいてやるよ。じゃあ、お望み通り、おいしい味噌汁を持ってきてやるよ。お前はおかずを運ぶのを手伝ってくれ」
「……ん、分かった」

やっぱり、黙っておくべきだったか。ちょっとだけ顔が熱い。
でも、そんなに悪い気分じゃないので気にしないでおく。

私は魔理沙の後を追って台所に向かう。一体どんなおかずを作ったのだろう。楽しみだ。
一流のコックが作った料理よりも、顔を見知ったやつの作ったおかずのほうがずっとおいしいだろうから。







私が魔理沙のうちに泊まろうと思った理由の一つに、自家用の温泉がある。
入浴剤とかそういったものは一切使っていない、正真正銘、天然の温泉だ。それがあいつんちには、なぜか存在する。
幻想郷のどこかにある温泉を喚び出しているらしいのだが、詳しい仕組みには興味がない。去年の冬あたりに完成し、たいそう自慢していた。
確かに毎日温泉に入れるというのは、日本人なら誰しも持つ夢だろうし、自慢したい気持ちも分かる。

それに、この温泉は便利で、床下に温泉の熱い熱気を充満させて、家中を床暖房にしてあるし、貯水池を暖めてお湯を出すことも出来る。
普段は役に立たない魔法ばかり考え付くのに、たまに便利なものも発明する。
こういったものを見ると魔法使いという肩書きがそれなりに信憑性を帯びてくる。やるな、霧雨魔理沙。

「お〜〜〜……」

髪を結わえてタオル一枚になった私は、脱衣所から浴室を見渡す。自然と感嘆のため息が漏れた。
以前に一回だけ入りに来たことがあるが、その時は木製の直方体の浴槽だった。
しかし、いまはきっちりと岩風呂に改築してある。二人が十分入れるくらいに広い。浴室も石造りだし、まさしく温泉宿の温泉だ。

私は早速、浴室の石の上に降りる。熱く湿った湯気とは対照的にひんやりと冷たかった。
私は浴槽の近くにあった桶を取り、お湯を掬って肩からかける。
熱い。やっぱり温泉は温いよりは熱いほうがいい。

「どうだ? 湯加減は」

私の後ろから、素っ裸で肩にタオルをかけた魔理沙が声をかける。

「…………」
「どうした?」
「……いい加減、その耳当て取らない? お風呂に入るときにまで着けてるの?」
「おっと、忘れてたぜ。あまりにもフィットしていたから気付かなかった」

そんなことを言ってピンクの耳当てをかごに投げ入れる。
よほど気に入っているのかと思ったが、着けてるのを忘れてたのか……。それとも突っ込まれるのを待ってたのか? だったら、なかなか健気なやつだった。
……そのままにしておいたら面白かったかもしれない。ちっ、しまった。

「お前はこれに入るのは二回目だったよな」
「まあね。前に来たときは普通のお風呂だったけど、まさかここまで変わってるとはね」
「せっかくの温泉なんだから、温泉の気分を味わいたいだろ?」

この無駄なパワーの十パーセントでも整理整頓に費やすべきだと思うのだが。

「でも、温泉にお酒とはなかなか気が利いてるわね。あんた、いつもこんなことしてるの?」
「いや、私は一人で酒は飲まないぜ。飲むのは宴会のときと、こんな風にお前とかが来た時だけだ」

後から来た魔理沙は、お銚子二本とお猪口二つが載ったお盆を持っていた。
私が紅魔館からもらってきた酒瓶には、よさげな日本酒が一本入っていた。紅魔館に日本酒があるのは驚きだった。文字通りの、血のワインとか出てきそうなのだが。
それを熱燗にして風呂に入ろうと、こいつは言い出したのだ。私に断る理由はない。

魔理沙は、お盆を浴槽の縁の石に載せて、素早く湯船に入る。
私も魔理沙にならい、湯船に入る。
あ゛ー、熱い。石で冷えた足が少し痛かった。

「はー、いい湯……。体に染み渡るようね……」
「これで露天で、雪でも降ってれば完壁だったのにな……はいよ」

お猪口の一つを私に渡す。

「ほら。一応契約だからな。お前から先に飲ませてやるぜ」
「ありがと」

お銚子から透き通った液体が注がれる。お猪口から立ち上った湯気が、温泉の湯気に溶けてゆく。
一口飲むと、鼻にツン、と刺激が抜ける。辛口だが飲みやすかった。

「おいしいわ。やっぱり、けっこういいお酒みたい」
「金持ちの家にある物はさすがに違うな。あやかりたいだろ」
「うるさいわね」

魔理沙は石のヘリにひじを載せて、酒を一気に喉に流し込む。
いつもながらペースが速い。宴会のときはこのペースで滅多に潰れないのだから、こいつは私より酒に強いのだろう。
お銚子を取って、魔理沙の前で横に傾ける。

「今日はご苦労様だったな。なかなかいい手並みだったぜ。初めてここに越してきた時みたいに、部屋が見違えた」
「ありがと。でも、あんたとしては、あんまり面白くなかったんじゃないの? 集めてきた物をポイポイ捨てられて」
「んー……ま、私は物が捨てられないからお前に頼んだんだ。ちょっとばかり心残りだったが、それ以上にすっきりしたから気にしてないぜ」

にっ、と口の端を吊り上げて笑う魔理沙。
この辺が数少ない、こいつの長所だ。必要以上にウジウジしない。
多分、大切な箒を失ってしまって落ち込んでも、次の日にはケロッとしている思う。こういう切り替えの速さはうらやましい。

「そう、じゃ、まだ物が多いから、もうちょっと捨ててもいいかしらね」
「げっ、まだ足りないのかよ!」
「私に言わせれば、あと半分は減らせるわね」
「勘弁してくれ。いまあるのは、みんな“いるもの”なんだからな」
「冗談よ」
「ああ、知ってるぜ」

顔を見合わせて笑う。いつも通りの変な会話だった。

「こうやって、あんたとお風呂に入るなんて久しぶりね」
「大体一年ぶりだな。そもそもお前はうちに泊まりに来ないじゃないか」
「色々と気を遣ったり遣われるのが面倒なのよ」
「ふーん」

魔理沙は気のない返事をして酒をちびりと飲む。

「じゃあ、少なくとも、私には気を遣っていないわけだ。泊まるのが嫌なら、泊り込みのバイトにはしなかっただろう?」
「……どうなのかしらね。バイトって建前があったから来たのかもしれないし。でも、お泊りに興味があったのはホントよ。今までそんなこと、したこともなかったしね」
「それなら暇があったらうちに来ればいい。私はお前が泊まることは不快じゃないし、賑やかなのはもっと好きだ。アリスも引っ張ってきて三人で風呂でも入ろうぜ」
「ま、気が向いたらね」

そう言って、私は酒を飲む。空になったところで、魔理沙が酒を注いでくれる。ちらとみた魔理沙の顔は、困ったような、少し複雑な表情を浮かべていた。

「そういえば。ちょっと疑問だったんだけど、なんで霖之助さんには大掃除を手伝ってもらわなかったの? 今日なんか物を運び出す作業が多かったし、男手は必要じゃなかったの?」
「……お前、意外にそういうところに疎いな。いや、霊夢らしいっていやあ霊夢らしいか」
「? どういうことよ」
「考えても見ろよ。私は女で、香霖は男だ。女の一軒家の大掃除の一から十まで手伝われたくない気持ちくらい、お前も女なんだから分かるだろうに。今日は物の鑑定だけだったからよかったが、明日の掃除なんか付き合わせられないぜ」
「……へー」
「なんだよ?」
「あんたも意外に女の子してるのね。てっきり、そういうのは気にしないものだと思ってたわ」
「お前、私をなんだと……」
「別にバカにしちゃいないわよ。あんたの新たな一面が見られて得した気分よ」
「ああ、そうかい」

魔理沙は不貞腐れたように酒をあおる。私は内心ニヤニヤしながら酒を注ぐ。ま、確かに私も男の人に下着なんて見られたくないし、布団のにおいを嗅がれるのも嫌だ。魔理沙の気持ちは分かる。
ただ、そういうのを除けば、私は霖之助さんに大掃除を手伝ってもらうことにさして抵抗があるわけではない。別に隠すような物など一つもないのだから。
だから、こいつは私たちの知らないところで、けっこう面白いことをしているのではないかと思ってしまう。それこそ、某天狗が知ったら即座に明日のトップニュースに取り上げられそうなことを。
そう考えると、明日の大掃除が楽しみに思えてきた。期せずして、何か面白い物が飛び出すかもしれない。

「よーし、じゃあ、明日の掃除はがんばりましょうか。隅から隅までやるわよー」
「あ? ああ、そうだな」

別に弱みを握って揺すったりする趣味があるわけではない。さっきみたいに、こいつの面白い一面を発見できるのが、ちょっと楽しみなのだった。



風呂から出て、寝巻きに着替えた私たちはリビングルームに戻ってきた。

「はー、やっぱりここは暖かくていいわね。うちの居間なんか寒くてしょうがないんだけど」

床暖房で十分暖められた室内をスリッパを突っ掛けながらペタペタと歩く。
天井から吊り下げられた一抱えほどの丸い球が、リビングルームをやさしい光で照らしている。魔法使い御用達の照明ライトらしい。便利なので、後で一つ分けてもらおうと思っている。

私はソファーに身を沈めて、バスタオルで頭をよく拭く。これだけ暖かいと風邪をひく心配はなさそうだが、風呂から上がるときに染み付いた癖だった。
すると台所にお盆を置きにいった魔理沙が戻ってくる。

「おー、霊夢。ちょっとこっち来て座れ。頭乾かしてやる」
「は?」

右手にくしを持った魔理沙は、自分の前にある一つの椅子を指差して言った。ちょっと嫌な予感がした。

「……ちょっと待ちなさい。頭乾かすって、どうやって?」
「まあまあ、いいから座ってみろ。ただ拭くだけじゃ完璧には水は取れないだろ。だから乾かすんだよ」
「……まさか火とか出すんじゃないでしょうね。髪の毛燃やしたらただじゃおかないわよ」
「そんな無駄に危険なことしないぜ。もっと安全に、すぐさま乾かしてやる」

魔理沙はニコニコしている。その笑顔には裏がないように思える。……いいだろう。身の危険を感じたらすぐに脱出してやる。
立ち上がって、慎重に魔理沙の前の椅子に座る。

そして、魔理沙は私の横を通って暖炉の前にしゃがみこみ、そこに置いてあった“ある物”を持って私に近づいてきた。

「あれ?」

魔理沙が変な声を上げる。突然、私の姿がかき消えたのだから当然だろう。

「……」

私は先程までいたソファーの上に座っていた。警戒しながら、じーっと魔理沙を見つめる。

「おいおい、そこに座ってろって言ったろ?」
「……あんた、それは何よ」

魔理沙が左手に持っている物を指差して問う。

「何って、お前も知ってるだろ? 八卦炉だよ。ミニ八卦炉」
「ちょっと待ちなさい! あんたそれを使って私の頭乾かそうとしてたの!? 髪の毛が燃えるどころか頭が吹っ飛ぶじゃない!」

魔理沙が持っていた物は、ミニ八卦炉という強力な火力を持つマジックアイテムだった。
こいつはこれを使って常識外れの魔法をぶっ放すことを生きがいとしている。その破壊力は山一つを灰にしかねないのだ。

「心配するな。私はいつもこれを使って頭を乾かしている。こいつの使い道は、何も魔砲を放つだけじゃないんだぜ?」
「そんなの信じられるわけないでしょうが。それが出てきたときは、いつもろくなことが起きないのよ」

はー、とため息をつく魔理沙。

「ま、仕方ないか。魔砲以外の使い方を見せたこともなかったしな」

そう言って魔理沙はその辺の椅子に腰を下ろし、ミニ八卦炉を頭にかざして髪の毛をかき混ぜ始めた。

「こうやって髪の毛を乾かすんだよ。こいつは火力を最大まで上げれば山を焼き払えるが、うまく調節すればこういう便利な使い方も出来るんだ。ここの部屋は暖かいだろ? 床暖房のせいもあるが、本当はミニ八卦炉が暖めてくれているのが一番大きいんだ」

私は恐る恐る魔理沙に近づいてみる。
確かに、髪の毛が温風に煽られている。それとともに、魔理沙の頭からシャンプーの匂いが漂ってきた。

「へー。ただ物を壊すためだけの道具じゃないのね」
「まあな。戦闘にも生活にも使える、私が最も大切にしている道具の一つだぜ」
「……ならいいわ。やって頂戴」
「了解だぜ」

私は魔理沙の横の椅子に腰を下ろした。魔理沙は立ち上がると、私の後ろに立ってミニ八卦炉を作動させる。
間を置かずに温風が私の髪の毛に吹き付けられてきた。耳の裏側に当たって少し熱いくらいだったが、耐えられないほどではない。

魔理沙はくしを使って私の髪を丁寧に梳いていく。くしが頭皮をやさしく掻いてくるので少し気持ちいい。
しかし、時折、私の首筋を撫でていくので、こそばゆかった。自分でくしを使っているときは気にした事もなかったのに、他人にやってもらうと、これほどくすぐったいとは。

「ちょ、ちょっと魔理沙。あんまり首筋を触らないで」
「ん〜? なんだ、くすぐったいか? でも、しっかりくしを通さないと髪の毛が乾かないぜ」
「そ、そうなんだけどっ、うひゃっ!」
「おいおい、首を引っ込めるなよ」
「し、仕方ないでしょうがっ。くすぐったいものはくすぐったいのよ」
「まあ、いいや。そのままでいろよ」

亀の子のように首を縮めた私に構わず、魔理沙はくしを梳き続ける。

「お前の髪はまっすぐで綺麗だな。くしがよく通る。何か手入れでもしてるのか?」
「ううん、別に。とりわけ何かをやっているわけじゃないわ」
「そうか、うらやましいな。私は生まれつき、くせっ毛だからストレートには憧れたことがある」
「別にいいんじゃない? あんたにはそれが似合ってるわよ」
「そ、そうか?」
「そうよ。朝起きて髪の毛が真っ直ぐになってたら気持ち悪いじゃない」
「……ちょっと話がずれてるような気がするが、まあいいか。よかったらこのまま散髪でもしてやろうか?」
「いやよ。あんたに任せたら五分刈りにでもされそうな気がするわ」
「はっはっは、霊夢の五分刈りか。なかなか笑えそうだ」
「んなことしたら、あんたは丸坊主だからね。そしたら尼寺行きよ」
「それはご免だぜ。私はまだまだやりたいことがたくさんあるからな」

そう言って、魔理沙は温風を止める。

「はいよ、出来たぜ。これで風邪をひく心配もないな」

頭を触ってみると温められた頭がほんのりと熱を持っていた。水気もない。

「うん、ありがと。じゃあ、次は私がしてあげるわ」
「いや、それは遠慮しとくぜ。八卦炉は慣れていないやつが使うと何が起こるかわからん。こっちは勝手にやるから、お前は歯でも磨いてくるといいぜ」

そう言うと、魔理沙は椅子に座ってわしわしと髪の毛を乾かし始めた。まあ、それならお言葉に甘えるとしよう。
私は荷物から歯ブラシを取り出して洗面所に向かった。



「消すぜ?」

魔理沙は確認をとる。私がうなずくと、魔理沙は明かりのついた照明の球に向かって指を弾き、小さな緑色の魔力の塊を飛ばした。
球に塊が吸い込まれた瞬間、明かりはすっと消えて室内は暗闇に包まれた。

「さーて、寝るとするか。明日も早いしな」
「……そうね。明日は六時起きよ」
「げっ、そんなに早いのかよ」
「……そうしないと、明日中に終わらないじゃないの。物の分別は終わったけど、片付けはまだ済んでいないのよ」
「へいへい、分かりましたよー」

もぞもぞと布団の中に入り込む魔理沙。人一人が入ってきたせいで、私の横に少しだけ空間が出来た。

「……いくら大きいベッドとはいえ、二人が入るとやっぱり狭いな」
「……別に気にしないわよ。……落ちなきゃいいんだし」

落ちたとしても、床暖房とミニ八卦炉で部屋の中は暖かいから風邪はひかないだろう。

「ソファーに毛布一枚でも、多分大丈夫だぞ? 寝にくいようなら出てくからな」
「……なに遠慮してんのよ。……これはあんたのベッドじゃないの。……持ち主は持ち主らしくしてればいいわ……」
「……ま、そうだな……」
「……」
「明日はどこから掃除する? 分担も決めたほうがいいよな。私は台所や風呂掃除はよくやってるから、そっちは任せてくれていいぜ」
「…………明日の朝食のときに決めましょう。……でも、あんたには多分そこをやってもらうことになるわね……」
「ああ。お前は床の掃除と、物の整理を頼む。私はそっちはからっきしだからな」
「…………」
「……なあ、霊夢?」
「………………」
「……霊夢?」
「………………」
「……寝たか」
「………………」
「相変わらず、寝つきのいいやつだな」
「………………」
「今日はわがまま言ったからな。大分疲れたんだろ」
「………………」
「……ありがとう霊夢。また明日も頼むぜ……」
「………………」

意識が途切れる瞬間、魔理沙が何かを言ったような気がしたが、眠気の波に流されて、耳で拾うことは出来なかった……。



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