<一日目>

三途の川は今日もゆるやかに流れていく。
時刻は亥の刻。
空には満天の星々と御盆のような丸い月。
本日の仕事を終えたあたいは、手近な石にあぐらをかいて、月光にきらめく幻想的な水面を眺める。
これが最近の日課だった。


あたいの名前は小野塚小町。
三途の川の渡し守をやっている死神だ。
渡し守ってのは、平たく言えば船頭さんだ。
お客さん、幻想郷や外の世界でおっ死んだ人間の霊魂を、三途の川の向こう岸に届けている。
まあ楽な仕事である。
完全出来高制で休みが少ないのが難点だが、勤務時間やノルマがない。
つまり好きなときに起きて、好きなだけ働き、好きなだけ休憩がとれる。
……まあ、ある程度やらないと解雇されるのは目に見えているが。
前の仕事は自分で言うのもなんだが超ハードで、あのままじゃ帰りのタクシーの中で楽に死ねただろう。
今回の渡し守の求人を見つけたときは速攻で家に帰って退職願を書いたもんだ。

そんなことはどうでもいい。

それよりもいま直面している課題をクリアしなければなるまい。
課題とは、いまあたいと対峙している一冊のノートである。

何の変哲もない大学ノート。
題名にでかでかと「業務日誌」と書かれてある。

……なんでこんな丸っこい字なんだろう。
この字を書いた四季様の秘密のプライベートに興味がわいてきた。
閻魔ってじじいばかりだから、けっこう隠れファンが多いんだよな。確かにものすごい美人だが、お説教されたいというのは理解できん。
そいつらに四季様の赤裸々な私生活を激写して儲け……。
いや、そんなことしたら解雇どころか裁判抜きで地獄行きだな。

まあ、なにはともあれ、我が敬愛なる上司、四季映姫閻魔様から、その日の死者の渡航記録と渡し賃、それから簡単な日誌を書き、5日ごとに提出せよ、と仰せつかった。
どうも例の花騒ぎの一件から、あたいの株はだいぶ落ちたようで、四季様は何かとあたいの仕事振りを気にしている。
この日誌もちゃんと仕事をしているかどうかをみるためのものだろう。
全く失礼な話である。
あたいは今までちゃんと仕事をしてきたんだ。
ただあれは仕事の量が多すぎだったからいけないんだ。
あんなに大量の霊魂をあたいに押し付けられても困る。
完全な許容量オーバー。サービス残業。オーバーヒート。
いつもの数十倍の量の仕事をいつもと同じように片付けろなんて言われたら、あたいが三途の川を渡っちまう。
今までは自分のぺースで仕事をしてきて四季様にはちゃんと褒めてもらえた。
そうそう。何事もマイペースが一番なのだ。ストレスもたまらないし。
だから休憩と称した息抜きのために、
下界に降りていって神社の巫女にお茶でも頂いたり、
冥界で剪定中の半人半霊にちょっかいかけて仕事の邪魔をしてみたり、
迷い込んできた頭の悪そうな妖精とサイコロ博打に興じて身ぐるみ剥いだりしていても些細なことなのだ。
多分。
そんなわけで今日から日誌を書かざるを得ない状況になってしまったのだが、ぶっちゃけめんどくさい。
しかし、しっかり仕事をしているように見せないと四季様からまたお説教という名の拷問を長時間にわたって頂戴してしまう。
前は三時間だったなあ……。(遠い目)
まあ、なにはともあれ、ここは小町さんの腕の見せ所だろう。
いつものように適当に仕事をして、あたかもちゃんと仕事をしているかのように見せ、ちょっとばかしの真実を含みつつ、それでいてあたいに不利のないように書かなければならない。
さて。
さし当たっては、早速今日の日誌でもつけてしまおうか。
あたいはノートの一ページ目を記すべく表紙を開いた。


○月△日
渡航霊:三
渡し賃:二十文
本日より日誌の記入を開始する。
渡航中に起こったこと、感じたことなどを記していく。

本日、三名の霊をつつがなく送る。
特記事項なし。




















〜 小野塚小町の船頭日誌 〜





















<二日目>


朝。
お天道様が憎たらしいくらいに燦燦と日光を降り注ぐ。
現在、無縁塚にあるあたいの仕事場へ向かう途中だ。

「ふわあ〜〜〜〜あ」

そのお天道様に向かって盛大にあくびする。
寝不足による脳の睡眠欲求に懸命に耐えている証拠である。
昨夜は深夜のB級映画に夢中になってしまい、気づけば丑三つ時を回っていた。
ちくしょう、くだらない映画なのに何で見てしまうんだろう。
仕事場が見えてくると、そこに数人の霊がすでにいた。
お客さんだ。
むう。お客さんを待たせるものではないだろう。
心持ち足を速めて仕事場に向かった。


「どうも〜、待たせてすいませんね〜」

営業スマイルで霊たちに声をかけるとこちらを振りかえった。
見たところ三人だ。
一人目は恰幅のいい少し人相の悪い中年の男。
二人目は眼鏡をかけた目つきの鋭い男。
三人目はいかにも気の弱そうな三十代くらいの細身の男だった。
中年の男があたいに言った。

(こっちは一時間も前から待っとんのに、あんたは客を待たすんか?)

ややドスを含んだ声でしゃべる様子はその手の筋かな〜と想像させる。
ま、こういう手合いには慣れている。まともに相手してはいけない。
死神と人間の霊魂じゃ力関係は明白なのだ。

「ごめんなさいね〜。今日の営業時間はいまからなんだよ」

ああ? と凄むがシカトして話を進める。

「んじゃ、みなさん。不肖死神・小野塚小町がここから先のことを説明するよ。よく聞きな。さて、ここはどこか知ってるね? そう、有名な三途の川だ。おっ死んだらここを渡らなければ極楽にも地獄にも行けやしない。死んだらここを通るのが慣わしだ。でもここは普通に渡ることはできない。あたいの自慢の渡し舟で対岸まで渡ることになっている。おっと泳いで渡ろうとしなさんな。この川には絶滅したはずの巨大魚や海竜がうようよいるからね。あっという間に食べられちまうよ。また死にたくなければあたいの舟に乗っときな。それじゃ次に舟の乗り方を教えよう。みんな気づいたと思うけど、ポケットにでもお金が入っていたはずだ。それが舟の渡し賃。この舟に乗りたかったらその金をあたいに払ってほしい。相場は六文だ。六文なら黙っていても百%対岸までたどり着く。ただしこれは最低ライン。ものすごく時間がかかるし疲れるよ〜。七文以上出せば出した分だけ川幅が狭くなるって寸法だ。あたいは全額出すことをお勧めするね。そのお金はここを渡るときにしか使わないし、あたいも楽だしさ。もし六文なかったら? それは到着を保障できない。川を渡っている途中で疲れて死んじまうこともあるからね。だけどこれはあたいのせいじゃないよ。お金の額は生前のお前さんたちの行いだ。いいことをして、たくさんの人に感謝されていればたくさんお金を持ってるし、悪いことばかりだと少なくなる。どうだい? もっと人に親切にしておけばよかったと思うだろ。でももう遅い。生き返ることはできないからね。さ。説明はここまでだ。さっさと彼岸まで行きたいやつからあたいに運賃を払いなよ。それに見合ったおもてなしをするからさ」

何十年も繰り返した口上を復唱する。
すでに最初にもらったマニュアルを自分流にアレンジして噺家を気取って話せるようになっている。
三人は顔を見合わせて互いにけん制しているように見えた。
まったく、もうとっくに死んでんだから潔くしろっての。
ほどなくして中年の男が進み出た。

「お前さんからかい。いいよ。じゃ、いくら持ってるんだい?」

男は十四枚の正方形に穴の開いた銅貨を差し出した。

「ほう、十四文とは。お前さん見かけによらず善行なやつだね」

あたりまえだ、とか言って胸を張る。

「じゃ、ついといで。楽しい舟旅の始まりだ」




舟はゆっくりと岸を離れ、対岸に向けて進みだした。
十四文なら一時間強で到着するだろう。最初のお客から楽な仕事で幸先がいい。
舟があっちに着く間、この中年のおっちゃんの自慢話などを聞いていた。
サラ金の社長さんで、借りた額を返せない顧客からどんな方法で金を回収したとか
ライバル会社に勝つためにどんな方法で陥れたとかそんな話ばっかりだった。
なんというか、十四文ものお金を持っていたとはにわかに信じがたい。
あたい的にもあまり気持ちの良い話ではなかったので、適当に相槌を打って聞いていた。


三十分くらいたった頃、前方に三角形に突き出した岩山が見えてきた。

「ああ、お客さん。前に岩が見えるだろ。あれが中間地点を示す岩だ。あと半分だからもう少し辛抱してくれよ」

舟はゆっくりと岩に近づく。
そしてすり抜けた瞬間にそれは起こった。
突然おっちゃんが悲鳴を上げたかと思うと宙に浮き、舟上から外れて移動を始めた。

「あっちゃー……」

頭を押さえて事態を見守る。
うわー最近はなかったから忘れかけてたけど、久々に馬鹿者が来たね。
おっちゃんは変な悲鳴をあげながらあたいに助けを求める。

「あきらめな。そこにあった岩はセンサーみたいなもんさ。お前さんが持っていたお金が本当にお前さんのものかどうか、のね。お前さんここに来る途中で何人か締め上げてお金ぶん取っただろ。そんなことしちゃいけない。これは死んだ後も悪いことした罰ってやつだ。同情はしないよ。潔く水竜の餌になりな」

あたいがそういうと、糸が切れたかのようにおっちゃんは水に吸い込まれた。
必死にもがいているが、やがて力尽きるだろう。そして頃合いを見計らって飢えた水獣がやってくる。
ま、見ていてあんまり気持ちのいいもんじゃない。さっさと帰ることにしよう。
あたいは一度も振り返らずにその場を後にした。




行きは人間の渡し賃によって距離が左右されるが帰りは楽だ。
距離を縮めて十分程度で戻ってこられる。
残った二人のところに戻ってくると、先ほどのおっちゃんの末路を語った。
う〜ん、最近こういうことなかったからちょっとチェック甘すぎたかな。少しきっちり見ておこう。
次に前に出てきたのは眼鏡をかけた男だった。渡し賃はちょうど六文。
お金を受け取った後にざっと男の体を死神の目でスキャンする。
……ほほう。

「じゃ、次はお前さんだね。ついといで」

舟は男を乗せて岸を離れ、本日二回目の舟旅が始まった。


三途の川はめったなことでは氾濫しない。
雨が三日三晩降り続いたとしても濁流にはならない。
そんなわけでまったりと舟は進んでいく。
今朝は寝不足だったためか、どうしてもあくびを禁じえない。
男の生前の話を聞くことで眠気を追い払っていた。
男は弁護士だったようだ。
有能だったが、ある事件を弁護して負け、そのときの報道が元で心労が重なって倒れたらしい。
多額の借金をしていたらしく、それも倒れた原因の一つだね。そのまま帰らぬ人となった。
こういう不幸な死で死んだ霊は鬱屈しやすい。男が話す様は見ていて少し気の毒だった。


一時間くらいたった頃だったろうか。男が、まだ着かないのか、とあたいに尋ねてきた。

「そうだね〜、まだ中間地点も見えないし、あと二時間くらいじゃないかな?」

なんだと、と声を荒げる男。どうやら疲れてきたようだ。
あたいはゆっくり口を開いた。

「ちょっとあたいの話を聞いてくれるかい? ま、この三途の川についてなんだけどね」

あたいは男に背を向けながら話す。

「この川は霊を疲弊させる気が充満しているんだ。お前さんがいま疲れているのもその気にあてられたからだね。でもこの舟はその毒気から霊を守るバリアみたいなのを張ることができる。あたいたち渡し守は、もらった渡し賃をもとにしてバリアを張る時間を計算するのさ。だから向こう岸に着くまでバリアを張ったままにすることもできるし、途中で切ることもできる。いまはバリアを切っているから、お前さんの体は少しずつ蝕まれているってわけ」

男は信じられないといった表情であたいを見つめる。あたいもここで初めて男のほうを向いた。

「あたいはお前さんに最初の説明で言った。持っているお金は生前の行いによって人々に感謝された数によって決まる、とね。そして、そのお金はこの川を渡ることにしか使えない、とも言った。どういう意味か分かるかい? お前さんは二十四文持っていたはずだ。それなのになんであたいには六文しか出さなかった?
なんでだろうね」

男は睨むようにあたいを見つめる。

「ま、お金を全部出さなかったことに腹を立てたってのもちょっとあるよ。でもね、あたいが一番気に食わないのは、お前さんがお前さんを慕っていたすべての人をないがしろにしたことさ。言ったよね? そのお金はお前さんに感謝していた人の数だけ増えるって。行いがよければ生活も豊かになり、たくさんの人に慕われる。その結果がお金に反映されていく。お前さんは不幸な死に方をしてしまったけど、その前はたくさんの人に感謝されていたはずだ。二十四文っていう大金からも想像できる。お金はその感謝の数にも比例する。つまり、そのお金はお前さんを慕っていた人がお前さんの死の行く末を案じてさずけてくれた餞別金なんだ。お前さんが三途の川をできるだけ楽に渡れますようにっていうね。それなのに、その多くをお前さんは使わなかった。ここでしか使えないのにとっておいてしまった。それじゃ、そのポケットにあるお金はいつ使うんだい? お前さんは多くの人の好意を無にしてしまったんだよ」

男は自分の罪に気づいたのか、一転して後悔の表情を浮かべた。

「ま、一枚くらいなら記念として取っておきたいって気持ちもわからなくはない。そのくらいならあたいは黙認するよ。でも十八枚はいただけない。それだけの人間の好意を分からなかったやつを彼岸までは送りたくない。お前さんはお金関係で苦労していた。それでいざという時に残しておきたいと思ったのだろう。そのいざ、というときは二時間前の、あたいに料金を手渡そうとしたときだった、って分かるかな?」

男は少しずつ消えかけていた。まもなく消滅するだろう。

「安心しな。お前さんは死ぬわけじゃない。世界のどこかに転生する。でも人間にはなれない。それは川を渡りきって、閻魔様にしかるべき裁きを受けた人の特権だ。動物か、植物か、昆虫か。ミジンコやウイルスなんてのもありうるね。お前さんはここのやり取りを覚えてないだろうけどあたいは覚えている。だから何度も転生して、もう一度人間になって、今度はもっと幸せな人生を送りな。そしたら今度は大往生して、あたいに豪気な自慢話を聞かせておくれ。待ってるよ」

男は最後に頭を下げて消えていった。
……ふう。
久しぶりに説教してしまった。まあ、さっきのやつは悪いやつじゃない。
人間以外に転生するにしても、肉食獣や大型魚なんかの人間からも畏怖されるような動物だろう。
今回あたいが見逃しても、四季様は見逃さないし。
ま、遅かれ早かれだ。
あたいは舟を元来た方に向けて漕ぎ出した。




で、十分ほどして最後の男のところに戻ってきた。

「待たせたね。じゃあお前さんの番だ。料金をちょうだいな」

男は、その前にさっきの男はどうなったのか、と聞いてきた。
あたいはかいつまんで話した。
男は複雑な表情を浮かべていた。

「さ、どうするんだい? お前さんも途中で消えたいかい?」

冗談で言ったつもりだったが、男はあわてた様子でお金を渡した。
七文か。

「よし、おいで。お前さんで午前中の仕事は終わりだ」

舟は三たび、岸を離れた。


舟は今回は順調に行きそうだった。
男はすべてのお金を出していたし、それは奪い取ったものでもなかった。
霊の生前の話を聞くのはあたいの楽しみだから、途中何度も男に話しかけた。
でも口下手なのか、二、三言話すとすぐに会話が途切れてしまう。
こういうお客は何べんも見た。
だけどこいつに限っては、あたいはある印象を抱いた。


二時間半くらいで対岸が見えてきた。

「ほらお客さん、見えるかい。あれが彼岸だよ。どうやら今日最初の到着はお前さんみたいだ」

男は安堵した様子でため息をついた。

「じゃ、あっちに着く前に一つ忠告をしておいてあげるよ」

ぴく、と身を硬くする男。

「お前さんさ、人を信じられないだろ。さっきの男たちやあたいはもとより、生きてたときに接したすべてに人に対してだ。無事に結婚して子供もできたらしいけど、その肉親ですら完全に信じられなかったんじゃない? この舟旅の途中で何度もお前さんの顔を見たけど、お前さんはあたいを全く見てなかった。あたいの後ろにいる誰かを見ていた。それで分かったんだ。こいつは孤独に生きてきたんだってね」

的を射ているのか、男は言い返さなかった。

「こんな仕事をしていると、いやでも人を見る目がつくんだよ。お前さんが最初の男たちを先に行かせたのも様子を見るためかな? 用心深いのはけっこうだけど、人は人のつながりを絶つことはできない。お前さんの持ち金が少なかったのも、人のつながりが薄かったせいだよ。それでも最低水準の六文を割らなかったんだから、お前さんは基本的にはいい人だったんだね。でも、もっと人を信じていればきっと倍にはなっていたよ」

男は今度はあたいを見て話を聞いていた。

「お前さんがなぜそうなってしまったのか、あたいには生前のことを知ることはできない。でも閻魔様には通用しないよ。お前さんが人間不信に陥った理由もすべてお見通しさ。お前さんはきっとそこを突っ込まれる。それで何時間も説教されるだろうね。それが原因で地獄に落ちるかもしれない」

男は不安そうな顔であたいを見る。

「でもけっして嘘はつかないことだ。閻魔様に嘘はなかなか通じないし、ばれたらそれだけで地獄行きもありうる。あたいの上司の閻魔様は優しいけど怒るとものすごく怖いからね。大切なのは、お前さんの生前の行いを見つめて罪を自覚することだ。それでマイナスにはならない。だけどプラスにもならない。プラスになるのは生前の良い行いだけだからね」

舟はゆっくりと岸に着いた。
男を下ろして最後に一言添える。

「ま、さっきも言ったとおり、お前さんは悪い人じゃないから、もう一度生を受けることになるだろうね。人間か、は分からないけど。裁くのはあたいじゃなくて閻魔様だけど、もしもう一度人間になったら、今度はもっと人を信じてみな。いいもんだよ。頼れる人がいるっていうのは。あたいからはこれだけだ。さ、さっさと閻魔様のお説教を聞いてくるといい。お前さんの行く末を祈っているよ」

男は会釈し、感謝の言葉を残して去っていった。
……よし、これで任務終了。
さあ、帰ろ。
あたいは元の仕事場に向けて舟を漕いだ。



十分かけて元の場所に戻ってきた。
他にお客は来ていない。
ちょうどいいから昼休みにしよう。

「……んふわあ〜〜〜〜〜あ」

ああ、そうか。昨日は良く寝てないんだった。
昼飯食べる前に、ちょっと一眠りしようか。
小町さん専用の昼寝岩に寝転ぶ。
日光がなかなか心地よい。
午前中に三人客がいるとは珍しかったね。おかげでちょっと儲かった。
それじゃ寝ることにしよう。
起きたときに客がいなかったら、また下界にでも降りてみようかな……。

あ、そうだ。最初のおっちゃんにもらった金は、あのおっちゃんの金じゃなかったんだ。
ちょっと調べてみよう。
上体を起こして銭袋を広げる。
……げ、あのおっちゃん最初一文しか持ってなかったんだ。
ていうことは、残りの十三文は他の霊のもの。
こういった場合、落とした霊に直接届けられればいいが、その可能性はきわめて低い。
それに、渡れていればもう彼岸まで行っているだろう。
自己申告して、嘘をついていないと死神に認められればそれなりの処置をしてくれる。

「ま、いいや、もらっちゃおう」

再び寝転ぶ。
寝不足はすぐに眠りの世界に誘ってくれた。





○月○日
渡航霊:五
渡し賃:四十四文
午前中、三名の客が来たが、内二名が渡航できず。
一人は他の霊から金を奪っていたため、裁断石に引っかかる。
死後も罪をはたらく不届きな輩である。同情の余地なし。
一人は二十四文持っているところを六文しか出さなかったため、自己判断より渡航を禁止。
生前の善行を生かせなかったことをあわれに思う。
再び人間に転生した後は、幸福な人生を送ることを願う。

他の三名は無事に彼岸まで送る。
特記事項なし。










〜〜〜











<三日目>



う〜む、これはどうしたものか。
近年まれに見る状況に、腕を組んで考え込む。
今日の仕事もそろそろ終わりかな、思った矢先のことだった。

いまあたいの前にはお客さんたる霊がいる。外の世界からのおいでらしい。
いや……それはいい。いつものことだ。
霊がいるという状況がいつもと違うのではない。
違うのは……数なのだ。
ひい、ふう、みい、………………十二にもなる霊魂がふわふわとあたいの前を飛んでいた。
何でもこの方々、外の世界では大富豪だったのだが親の経営の失敗で破産となり、一家心中を図ったそうで。
ここにいるのは兄弟らしい。親とはまだ会えずにいるが、とりあえず彼岸のほうで待っていようとのこと。
そうかー、親はいないのかー……。
……前来た霊に、子供に保険金をかけて殺し、海外に逃亡した悪党ってのがいたな〜。
いや〜こわいこわい。

まあ、そんなことはどうでもいい。
問題はこの数の霊魂をどうやって今日中にあっちに送るかだ。
さすがにぼんぼんだけあって、渡し賃はずば抜けている。
これなら一人三十分程度で彼岸まで行くだろう。
帰りは十分程度だから往復四十分だ。
だが死神の渡し舟は妙な設定があって、必ず一人ずつしか送れないのだ。
二人送ろうとすると途中で沈んで水竜どもの餌になる。
つまり、一人往復四十分にかける十二で、全員送り届けるのに八時間かかる計算になる。
さらに渡し賃を受け取ったら即座に送り届けなければならない。
渡し賃を死神に受け渡した時点で霊たちはどんどん疲弊して、昨日みたいに消滅してしまうからだ。
しかも子供の霊だから疲弊は早く、川の上にいなくても早ければ明日中に消滅してしまうものも出てくるだろう。
よりにもよってこの兄弟、あたいが全員一度に運んでくれると思ってたらしく、
全員分の料金をよこしやがった。
つまり、これからあたいは不眠不休で八時間の間渡し舟を漕がなければならないのだ。
ていうか一度にあたいのところにくんじゃねぇ。

……逆切れしても仕方ないので対策を考える。

本来なら帰りの舟あたりで必要以上に時間をかけて仮眠でもするのだが……
……今日は早く帰りたい理由がある。
それは……


東方サッカーがあるからだ!!!どどーん<効果音


実は根っからのサッカーファンなあたい。
霧雨恋色マジックとマヨヒガ連合の首位攻防戦。
恋色マジックCFの星をも貫く弾丸シュートがマヨヒガ連合GKの鉄壁結界ディフェンスを破れるのか!

やべぇ、見てえ……。
今日はさっさと帰って酒とお菓子でも買って観戦しようと思ったのに。
このままでは明日の文々。朝刊で結果を知ることになってしまう。

どうするか……。
よし、最初から考えてみよう。

まず、こいつらをあっち岸に渡すのは連続して行わなければならない。
それはうっかり渡し賃を全員分受け取ってしまったあたいが悪いので仕方ない。
そしてあたいの舟に乗せられるのは必ず一人だけで、一人頭三十分かかる。
帰りは十分程度だから、十二回往復するといまから八時間かかる計算になる。
これでは試合開始時刻に間に合わない。

ならば舟が複数あったらどうだろうか。
もし舟が四艘あったら四倍効率がいいから二時間で済むことになる。
試合前になんとか間に合う。
そうなると調達方法か……。
基本的に自分が請けた仕事は他の死神の協力を得ることはできないルールだがそんなことは知ったことではない。
一番手っ取り早いのは他の死神仲間に頼むことだ。だが金も払わずに協力してくれる酔狂なやつなど
あたいの知り合いにはいない。
そしてあたいも払う気はない。久々の大口の客が来たのだ。もらった給料をわざわざ減らすなどできない。
むう、これは困った。
何とかあたいの懐を痛めずにやつらの協力を得られないものか。

……

……しかたがない。

あまり使いたくなかったが、ついに使うときが来たようだ……。





「お、いたいた」

十分ほど川下に飛んだ先に知り合いの同業者を発見した。
あたいの検索条件にあてはまるやつが近くで仕事をしているとは運がいい。不幸中の幸い。
とりあえず死神Aとしておこう。
死神Aは間抜けな顔して煙草なんぞをふかしてやがる。
どうやら客はいないようだ。
む。ターゲットは接近に気づいたようだ。
気さくな感じで声をかける。

「よ。元気?」
「小野塚か。見ての通り今日は暇だ。さっき一人、あっち側に送ったっきりだ」

ほうそうかい。暇なのかい。ますます都合がいい。

「ふ〜ん、暇ならこっちを手伝ってくれない? ちょっと多めに客が来たんだ」
「多めって?」
「十二人」
「多っ!」
「だから今日中に終わるかどうか怪しくてさ〜。暇だったら手伝ってくれよ〜」
「ばか。そんな大量な仕事に俺を巻き込むな。どうしても手伝ってほしいんなら出すもの出せ」

来た。

「あいにくいま持ち合わせがない」
「渡し賃もらったんだろ?」
「もらった金をすぐに出せるほど人間できてないんでね」
「じゃダメだな。あきらめろ。おとなしく朝帰りするんだな」

死神Aはつれなく視線をはずし、持参の飲み物に口をつけた。

「お前さん四季様のファンクラブに入ってるんだってね」

ぶっ!
今しがた口に含んだお茶を勢いよく噴出す。水の霧が日の光を反射してまことにきれいだ。あ、虹。
うすら笑いを浮かべながら、むせる死神Aを冷静に観察する。

「き、貴様なぜそれを……あれは完全な闇の組織で上層部はおろか、会員以外は存在すら知らないはず……」

そりゃそうだ。頭の固いじじいたちがそんなちゃらちゃらしたものを認めるはずがない。ばれたら解散、ヘタすりゃクビだろう。

「お前さん、あたいが誰の下についてると思ってんの? そのファンクラブが崇めている四季映姫ヤマザナドゥ様じゃないか。あの人の下についてから男連中からたびたび四季様の情報を聞かれていたんだよ。それでちょっと一人問い詰めてみたらそんなもん作ってるって言うから、いや〜驚いたね」
「ぐう……」

ぐうの音も出ているが大体同じような心境だろう。
その情報をリークしたやつとは互いの情報を交換して、あたいはいろいろとファンクラブの実態を明らかにしているわけだ。
ようやくその成果が実った。
死神Aが会員だと知っていたのはそいつから会員リストを頂戴したからに過ぎない。
まあ、ギブアンドテイクで四季様関係の情報を渡すときに四季様の周辺をかぎまわって犯罪すれすれのことをやったような気がするが
特に気にしない。

「ま、お前さんらのクラブに恨みがあるわけでもないし、じじい連中にばらしたりはしないよ。あんたらも生活あるだろうしね。そこでものは相談なんだけど……」
「お、俺を脅迫する気か!?」

声が裏返っている死神A。

「何を人聞きの悪いことを……。あたいはただ「交渉」しようって言ってるだけだよ? あたいの仕事を手伝ってくれる代わりに等価交換しようって言うことじゃないのさ」
「な、何と……?」

にやにや笑うあたい。もうこの時点で交渉は締結されたと確信する。

「……生写真っていやらしい響きだよね」

ボフッ!!
死神Aの両鼻穴から鼻水が勢いよく飛び出す。
なんで鼻血じゃないのかというツッコミはおいておく。
ていうか汚っ!

「な……なまじゃしん……」

鼻水をぬぐいながら一言一言確かめるように眩く死神A。その言葉の重みをかみ締めているのだろう。
通常、閻魔様は地獄の裁判長という重要な役柄で多忙を極めるため、仕事場に程近いところに宿舎が整備されている。
現在、四季様はその女子寮に入っているのだ。
女子寮は男どもにとっては未開の地。
つまり四季様のプライベート空間を知ることは四季様のご友人か、あたいのように下についている女しかほぼ許されず、生写真は超レアものなのだ。
いま持っている写真はあたいが四季様のところに遊びに行ったときに撮ったものだ。
新しくカメラを買ったんで撮らせてください〜とか言ったら快く応じてくれた。いい人だ。カメラは借り物だけどな。

「それで? どうするの?」
「ま、まずはブツを確認してからだ。ちょっと見せてみろ」
「ダメだよ。これは貴重な写真なんだ。タダじゃ見せられない。お前さんがこっちの条件を飲んで手伝ってくれたらやるよ」

いまにも脱糞しそうな表情で悩む死神A。まあ、この写真が本物かどうか確かめたいところだろうし当然だろう。
しかし悩みながらこちらの手元をちらちら見てる時点でこいつはほぼ死んでいる。
もう一押しか。

「……ああっ! し、四季様こんなあられもないお姿で……! いやっ! あたいはずかしいっ! 四季様着やせするタイプだったんだ……。こんな見事なプロポーションあたい嫉妬しちまうよ……!」

ブハッ!
想像したな。今度こそ鼻血を噴出す死神A。

「わ、わかった……。お前の条件を飲む……。何をすればいい……」

契約成立。

「じゃ〜ね〜、お前さんのファンクラブの連中からもう2人ばかし連れてきて、あたいの仕事を一緒に手伝って♪ 写真は三枚しかないからさ。後2人だけね。あ、あとあたいが写真をやったってことを他の連中にバラしちゃだめだよ。欲しい連中があたいに殺到するから面倒だしね」
「お、おうわかった……。すぐに連れてくるから待ってろ……」
「あと三十分で連れてきてね」
「無茶言うな! どう見積もっても一時間はかかる!」
「ああっ! 四季様なんでこんなエロいんだ! あたいまで鼻血が出ちまうよ!」
「わかった! わかったらもうやめてくれ! すぐに連れてくる!」

これ以上やったら出血多量で倒れるか? 大事な戦力をここで殺すわけにはいかない。

「じゃ、よろしくね〜」

ひらひらと手を振る。
流れ出る血潮を手で懸命に押さえながら死神Aは飛んでいった。



「つ……連れてきたぞ……」

自分の持ち場で十二人の霊の子供たちに芸を見せたり、缶けりなどを興じていると、死神Aが戻ってきた。鼻に詰め物をしている。

「早いね〜。まだ三十分しかたってないよ」
「お前が三十分で連れてこいって言ったんじゃないか!」

いかる死神A。そうだったかもしれない。急がせるために無茶言ったんだが本当にやるとは。恐るべきエロパワー。

「あ〜、そうだったね、ごめんごめん。じゃ、早速仕事しますか〜」

やる気のない返事で応じ、霊たちに出発する旨を告げる。

(ええ〜、もうおわり?)
(もうちょっとやりたいよ、おねえちゃん)

霊たちは不満な声を上げる。

「ごめんよ。お姉ちゃんはお前さんたちを川のあっち側に連れて行かなきゃならないんだ。そうしないと閻魔様に怒られちまうんでね」
(えんまさまか〜。えんまさまっておっかないんでしょ〜?)
(じゃあしかたないよね。おねえちゃんがいじめられたらかわいそうだもん。)

不満ながらもうなずく霊の子ら。
うんうん、どの世界でも子供は素直でかわいいもんだ。

「よ〜〜し、じゃ、ついておいで! 楽しい舟旅の始まりだ!」

は〜〜い、と元気よく返事をしてついてくる。
ま、これで無事に仕事を果たすことが出来そうだ。


舟旅は十二人全員一度に行うことが出来た。
死神Aには二人でいいと言っておいたのに、なぜか二十人も連れてきやがった。
狭いコミュニティのネットワークの過密さを実感した。明日は写真を欲しがるやつらの対応に追われるかもしれない。
十二艘一斉の舟旅はなかなかに壮観で、子供らもきゃっきゃと騒ぐもんだから退屈はしなかった。
こんな仕事もたまにはいいと思う。

当初の見込み通り、三十分ほどで対岸に到着した。
まさにあっという間。いつもなら楽な仕事で助かったと安堵するところだが、少し残念な気がしたくらいだ。
岸につけ、子供らを降ろしてから別れの挨拶をする。

(おねえちゃん、ありがとう!)
(またかんけりしようね!)
(おしごとがんばってね!)

一人一人の言葉を胸に刻み込む。
渡し守をやっているやつにとって、お客のねぎらいの言葉は最高の栄養だ。
ふと一人、半ベソをかいた霊に気づいた。あたいの舟に乗っていた子である。
その子の前でしゃがんで頭をなでてやる。

「どうした? 何が悲しい?」
(……またあえる?)

涙を浮かべて上目遣いに見上げる。

「ああ会えるとも。お姉ちゃんは長生きだからな。お前たちが輪廻してまた戻ってきてもここにいるさ。だからきっと会える。安心していってきな。また缶けりしような」

うん! と元気にうなずく霊の子。
少し後ろで待っていた他の兄弟に混ざり、それを合図に十二人の霊たちは背を向けて進み出した。

……あの子たちは早く死にすぎた。
だからきっともう一度人間をやるだろう。
また会える日は遠くないかもしれない。
そのときまで、できたら渡し守を続けていたいと思った。






「じゃ、報酬を渡しますかね」

無事に元の持ち場に戻ってきたあたいたちは最後の契約を履行すべく集まっていた。
血走った四十の目があたいの一挙手一投足を見つめている。
こわっ。

「ほいよ。写真」

懐から三枚の写真を取り出し、契約者である死神Aに渡す。
そしてすぐさま背を向けて、これから起きる惨劇を見ないようにした。
数秒後にこの世のものとは思えない悶え声と何かが噴出する音が聞こえてきたが気にしないことにする。

「よし、帰り支度をしますかね。観戦用の酒と菓子も買わないと」

荷物を持って歩き出す。

……

(……しかしよくできた写真だよね)
さきほど死神Aに渡した合成写真を思い返す。
(香霖堂だっけ。あそこの店主って何であんなことできるんだろう。怪しいやつだよね。)
ま、あとでお礼くらいはもって行ったほうがいいかもしれない。おかげでいい仕事ができたし。

「それはさておいてサッカーだよね♪ 今日はどっちが勝つかな〜♪」

うきうきしながら帰路に着いたのだった。




○月×日
渡航霊:十四
渡し賃:二百八十四文
午前中、二名の霊をつつがなく送る。
午後に十二名の兄弟の子供の霊が来たが、一人ずつ対応し、無事に全員彼岸まで送る。
一人一人からねぎらいの言葉を頂く。さらに仕事に精進しようと意欲を高めた。



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