<四日目>


ただいま朝である。
あたいの前では相棒であった渡し舟が無残にも粉々となっていた。

「ぐふぁあ……」

口から思わず変な声が漏れる。
ていうか、日誌をつけ始めてから普段と違うことが目白押しなんだが、誰かの陰謀だろうか。



事の発端は三十分前にさかのぼる。



昨日のサッカーの興奮が冷めやらずに就寝し、当然のごとく眠れなかったあたいは、眠い目をこすりながら仕事場へ向かった。
すると一人お客が待っていた。
お相撲さんもびっくりの百貫デブ。
遠目からでもその異様な巨体がうかがえた。

近くに寄っていつもの口上をし、いざ出航と相成った。
死神の渡し舟はどんな重量にも耐えるので、どんなデブを乗せても安心だ。
……ここまでは良かった。
舵取り棒を漕いで十分くらいたっただろうか。
デブがなんかし始めた。

がさ、がさごそ、がさ。
びりっ。
ぱくぱくぱく。

……なんか食ってる?

神速で振り向くあたい。
デブはポップコーンを食っていた。




「きゃああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」



ああ、叫んださ。
力の限り。
この喉が潰れん限りに。


「ばかーーーーーーーーー!!!! 川の上でそんなもん食うんじゃないーーーーーーー!!!!」
(な、なにするんですか!? これはボクのですよ!? あげませんよ!?)
「そうじゃないーーー!!!! そんなもん誰が食うかーーーーーー!!!! ああっ!! 振り回すな!!! 川にそれを落とすなああぁぁぁぁぁ!!!!」

「あっ!!」

あたいとデブの声がハモる。
デブの手から袋が離れる。
すべてがスローモーションに見えた。
そしてポップコーンの袋は無常にも川に落下した。

いま思えばなぜすぐに逃げなかったのか。
あの時は思考が停止して何もすることができなかった。

……不気味な静けさが辺りを包む。
十秒くらいたっただろうか。
ポップコーンの袋が発している波紋が少しずつ大きくなっていった。
それはやがて舟を揺らし始めた。
少しずつ波は大きくなっていく。
そして高さが最高点に達したとき

その中心から巨大な一つ目の竜が出現した!


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
(ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!!!)


必死に舟を漕ぐ。
とにかく漕ぐ。
ていうか漕がないと死ぬ。
死神が死ぬ。

一つ目竜はこちらを認識する。
我々を餌だと認識する。
いったん水面下にもぐる。
我々の舟に接近する。
我々の直下に到達する。
そして一気に体当たり。

「ふあああああああああああああああああああぁぁぁぁ…………!!!!!」

あたいとデブは空を舞った。







(あの〜〜……ひょっとしてボクのせいですか?)
クワッとデブを睨みつける。ひいっとか言って後ずさった。
……過ぎてしまったことをあたっても仕方がない。
そもそも、あたいがあのデブを死神の目で見ていればこの惨事は防げたのだ。
寝不足だったため、すっかり失念した。

とりあえずこの舟をどうにかしなければならない。
舟が壊れたことを四季様が知ったらどんな拷問を受けるか分からない。
24時間耐久お説教タイムとなるやも知れない。
渡し守が舟を壊すということは、銀行員が全顧客データが入ったコンピュータをバックアップもろとも壊すに等しい行為なのだ。
……言い過ぎか?
まあ、気分的にはそんな感じだ。
そのくらい取り返しがつかないということだ。

…………取り返しがつかない?

いや、違う! そんな弱気ではダメだ!
取り返せない失敗などない! あきらめたら終わりだ!
わずかな可能性を全て試す努力をしよう! 最大限の努力をしよう!
(そうです! あきらめずにがんばってください!)

とりあえず最後の憂さ晴らしにヒガンルトゥールをこのデブに食らわせておいた。







ドン、ドン、ドン。
「ごめんくださ〜〜〜〜〜〜い!」

あたいはある一軒の家のドアを叩いていた。
ここの所在地は知らなかったのだが、神社の巫女に聞くことによって難なく割り出した。
住所が分かったにもかかわらず、ここに来るまでにえらい苦労した。
どうやらジモティーしか分からないような地理構造をしているのだろう。

五分くらいドアを叩いていただろうか。

「ん〜〜〜〜、なんだよ〜〜〜〜。どちらさま〜〜〜〜〜?」

ドアが開いて、ナイトキャップにパジャマ姿の霧雨魔理沙が現れた。

「まりさあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「のわああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

彼女の姿を認めた瞬間、あたいはなりふりかまわず抱きしめた。
当然だ。
こいつこそわが希望。明日のお天道様を拝めるかどうかを決定づけるキーなのだ。

「お、おまえはあの時の死神!? 一体全体どうしたんだ!」
「まりさあああああぁぁぁぁ!! あいたかったよおおおぉぉぉぉ!!!」

半べそをかいて抱きしめ続ける。

「わかった! わかったから離れろ! ていうか家に入れ! こんなとこ誰かに見られたらどうなるか!」

普段は傍若無人の魔理沙もあたいの剣幕に押される形で家の中に招き入れた。



「ふむ。大体事情は分かった」

いつもの白黒な服に着替えた魔理沙が得心がいったようにうなずいた。

あたいはここまでの経緯を魔理沙に話した。
あれからいろいろ考えたのだが、舟を元通りにするには、破片を集めて元通りに直すか、一から作るかしかない。
渡し守の舟はただの舟とは違う。
三途の川という特殊な川を渡るために、数々の術や魔法がかけられているのだ。
そして、その術のかけ方をあたいは知らない。
つまり、あたいはそれらしい舟は作ることができても、それはただの舟であって、渡し守の舟にはなりえない。
ならば次の手だ。
自分ができないなら、こういうことに詳しい知り合いに頼むしかない。
この死神の舟を作った存在に頼めば手っ取り早いが残念ながら知らない。
他の死神に聞くなんてもってのほかだ。必ず上層部に知れ渡って処分を受ける。
ならば死神以外で舟を直せる存在を探すしかない。
あいにく船大工の知り合いはいないが、魔法使いの知り合いはいる。それが魔理沙だった。
今日ほどあの花の異変に感謝したことはない。
魔理沙の性格は一度会ってみただけで分かった。できれば借りを作りたくない相手だ。
だが命と引き換えならば別問題だ。
なりふりなどかまっていられない。
いまのあたいは舟を直すためなら悪魔にも魂を売る覚悟だった。

「しかし、死神の舟の修復ね〜。どうしてもっていうなら考えてやるが、私はそんなに安くないぜ」
「それは覚悟の上だ。舟が直るのなら、明日の命があるのなら、どんな条件でも飲んでやる」
「お、おう……。殊勝な心がけだな……」

魔理沙は一歩引いた。
こちらは大真面目なのに失礼なやつだ。

「まあ、結論から言って、修復は可能だぞ。魔法使いにとって、物を直すのは基本だからな」
「本当かっっっ!!!」

身を乗り出すあたい。

「ま、まあ落ち着け。問題なのはその舟にかかっていた、けったいな術だ。まだ実物を見たことがないから分からないが、死神の術なんて私は見たことがないし、すぐに理解できない可能性が高い。舟を直すことはできても、完全にもとの状態に直すのは難しいかもしれない」

はああ……とため息をついて絶望するあたい。
それはそうか。種族の違うもの同士の術が簡単に理解できたら苦労はない。
それに死神の術を知っている人間や妖怪なんて、広い幻想郷でもいるかどうかもわからない。
一気に希望が失われていくようだった。
魔理沙は、ち、ち、ち、と指を振って続けた。

「ちょっと絶望するには早いぞ。“私は”分からないかもしれないって言っただけだぜ? なら分かるかもしれないやつがいるってことじゃないか?」
「?」
「魔法使いは私だけじゃない。知り合いに万年本を読んで暮らしている本の虫みたいなやつがいる。そいつなら死神の術について知っている可能性が私よりはきっと高い。もちろん、そいつが協力してくれるかどうかは分からないが、頼んでみるのも一興じゃないか?」

希望が一つ見えてきた。
あたいの目は再び生気を取り戻しつつあった。

「そ、そうか! ありがとう魔理沙! その人に頼んでみることにするよ!」

魔理沙にその人の住んでいる場所を聞いて、あたいは空に舞い上がった。



その館は広い湖を越えた先にあった。
深い森の中でひときわ存在を主張する紅い館。
「紅魔館」と名づけられているその館は、幻想郷に住む者なら誰でも知っている。
「スカーレット・デビル」と恐れられる吸血鬼、レミリア・スカーレットの居城。
普通の妖怪なら入ることはおろか、近づこうとさえしない。
入ったら二度と帰ってこられない。
あたいはいま、そんな魔の巣窟の上空にいた。

「あれが紅魔館……」

確かめるようにつぶやくあたい。
まさかこんな危険なところに入ることになるとは思わなかった。
さすがに少し緊張する。
しかし、行かねばならない。
行かないなら希望をつかめない。
退路などないのだ!

「なにぼーーっとしてんだ? はやく行こうぜ」
「………………」

魔理沙が呆れたように、あたいの背後から声をかける。

「……魔理沙?」
「なんだ?」
「なんでついてくるの?」
「なんでって……おもしろそうだから?」

なんで疑問型だ。最近シリアス分が少なかったから久しぶりに浸っていたのに。

「まあ、深く気にするな。私も後学のために死神の術ってやつを見てみたいしな。
それにこれから会うやつの知り合いである私がいたほうが、話がスムーズに進むだろ」

一理はある。これから危険な場所に乗り込むのだ。いるだけで心強い。
だが魔理沙というトラブルメーカーが一緒にいることが不安でならなかった。

「ほら、さっさといこうぜ」

魔理沙は紅魔館の門前に向けて飛んでいった。
あわてて追うあたい。
程なくして館の門が見えてきた。



館の規模にふさわしく、紅魔館の門はそびえるように大きかった。
近くで見るとその大きさを実感できる。
魔理沙はよくここに来るのか、地面に着地すると特に気にした風もなく門に近づいていった。

「あっ!!」

門の前には一人の女性がいた。
中国服だろうか、それを身にまとった背の高いすらっとした女性だ。
あたいたちの姿を認めると、急に警戒態勢に入った。
それを魔理沙は気にとめず、いつものようにきさくに声をかけた。

「よう門番。今日も来たぜ。入らせてもらうな」
「だ、ダメですって! そう毎回毎回勝手に入られたら、私がサボっているように見えるじゃないですか!」

手を広げて魔理沙の前に立ちはだかる女性。

「まあ、そう言うな。きょう用があるのは私じゃない。こいつだ」

魔理沙は親指であたいを指す。

「え〜〜〜っと?」

女性はあたいを見つめて首をかしげる。
とりあえずは挨拶すべきだろう。

「あ、はじめまして。私は三途の川の渡し守の小野塚小町と申します。実はこの紅魔館にお住まいのパチュリー・ノーレッジさんに、折り入ってお願いしたい旨があって参りました。どうかお取り継ぎ願えないでしょうか?」

女性は面食らったように、あわてて頭を下げる。

「あ、あ、これはご丁寧にどうも。私はこの紅魔館の門番をしている、紅美鈴です。パチュリー様に御用ですね? 少々お待ちください!」

美鈴さんはあわてて館の中に駆けていった。

「……じゃ、あいつもいなくなったことだし、入ることにするか」
「ちょっと待て」

魔理沙の首根っこをつかむ。

「おいっ、なんの真似だ?」
「さっきの門番さんはここで待てといっただろう。なぜ無視して入る?」
「邪魔者がいなくなったからに決まってるだろう!」
「だめだ。見ず知らずの他人にこっちを信用してもらうには誠意しかない。あくまでこちらはお願いする立場だ。どうやらお前さんはいつもここを強行突破しているようだが、今回はあたいの問題だから、あたいのやり方に従ってもらう」

ちぇー、と口を尖らせる魔理沙。
ま、こいつは超がつくほどわがままだが、頭はいい。理屈を通せば話を聞いてくれる。

5分ほどたって美鈴さんが戻ってきた。

「お待たせしました! どうぞお入りください!」

どうやら会ってくれるようだ。

「ありがとうございます、美鈴さん」

お礼を言って中に入る。

「ちょっと待ってくださいっ!!」

が、引き止められた。

「な、なんでしょうか?」

やばい、なんか粗相をしたか?
美鈴さんは真剣な面持ちであたいを見つめて口を開いた。

「いま、あなたはなんと言いましたか……」
「……なんでしょうか? と」
「その前っ!」
「……ありがとうございます、美鈴さん?」
「ああっ!」

急に身悶えし始めた。さすがに一歩引く。

「あ、あなたはここに勤めて以来初めて初対面で私の名前を覚えてくれました! ああっ! なんてすばらしい日! あなたとは素敵なお友達になれそうです!」
「……」

仕事柄、相手の顔と名前を覚えるのが得意になっているだけなのだが。
そんなどうでもいいことをそれだけ感謝されると返答に困る。
その場を去っても美鈴さんはずっと手を振っていた。

「……なあ、魔理沙」
「ん? なんだ?」
「あの人は誰だ?」
「門番だろ?」

即答する。

「…………」

不憫な門番さんに少し同情した。



紅魔館の中は薄暗く、朝だというのに日の光がこれっぽっちも入っていなかった。

「暗ぇ……」

思っていたことが口に出る。

「主が吸血鬼だからな」

魔理沙が答える。
まあ、その通りなのだが、日がな一日お天道様の下で仕事をしているあたいにとってはけっこうなカルチャーショックだった。
明かりはぶっとい蝋燭だけ。
それが広いエントランスホールに数百本くらい立てられているようだった。

「あら」
「あ」
「よう」

三者三様の声が響く。
玄関から入って中の暗さに驚いていたので気がつかなかったが、ホールの中心に誰かいた。
紛れもない。あの花騒ぎ事件の当事者の一人、十六夜咲夜だった。

「美鈴が魔理沙の知り合いにしてはありえないくらい物腰が丁寧な人をつれてきたって言うから、誰かと思ったらあなただったのね」
「失礼な。私はいつも物腰丁寧だぜ?」
「お前さん、四季様から言われたことをちっとも守ってないな」

呆れるあたい。

「お前さん、ここで働いていたんだな」
「まあね。それで? パチュリー様に会いたいっていうことだったけど、間違いないかしら?」
「ああ、そのパチュリーさんに折り入ってお願いがある。言っとくが真剣な話だ」
「真剣な話ねぇ……。別に何かは聞かないけど、わかったわよ。ついてらっしゃい」

咲夜は背を向けて浮かび上がり、あたいらを先導し始めた。


しばらく飛んで、一つの扉の前で咲夜は止まった。
でけぇ……。
この館のものは大体がむやみやたらにでかいな。
咲夜がドアをノックして、その部屋の主であろう人の名前を呼ぶ。

「パチュリー様? お客様をお連れしました」

ゆっくりとドアを開いた。

よし、こっからが正念場だ。
なんとしてもパチュリーさんの協力を得なければならない。
そうしないとあたいは死ぬ。
……死なないかもしれないけどそれに近いことになる。
あたいは気合を入れてドアの敷居をまたいだ。



本ばっか。
部屋の第一印象はそれだった。
ものすごく高い天井に、ものすごく高い本棚。
そしてものすごい量の本、本、本。
魔理沙が本の虫みたいなやつ、と評していたが、確かにこの部屋の主は本がめちゃくちゃ好きみたいだ。
咲夜は迷わず本棚の間をすり抜けていく。
ていうか、すでにどういう風に進んだのかわからなくなった。
咲夜がいないと外に出られないんじゃないか?

程なくして本棚の間に少し開けた場所に到着した。
ぽっかりと空いた空間だ。
そこには大量の本が詰まれた机と、明かりの灯ったスタンドと、
背もたれにもたれながら一冊の書物に目を通す少女の姿があった。

「パチュリー様、お客様です」

咲夜が優雅な動作でお辞儀する。
それを合図に、パチュリーと呼ばれた少女はこちらを向いた。
メガネを外して、ゆっくりと口を開く。

「また、あなたなのね。咲夜に案内させるとは、どういう風の吹き回しかしら?」
「よう。邪魔してるぜ。案内させてないのは単にこいつがいつもいないからだぜ」
「あなたね……」

咲夜のこめかみの辺りに青筋が立つ。

「でも、本当の客はあなたではない。そこの後ろにいる人ね」

パチュリーさんはあたいを呼んだ。
よし、勝負だ。
すっと前に進み出る。

「はじめまして、パチュリー・ノーレッジさん。私は三途の川の渡し守をやっている死神、小野塚小町です。
今回、あなたに渡し舟の修復についてお話をお聞きしたく、参りました。
どうか、話を聞いていただけませんでしょうか?」
「……渡し舟の修復?」
「はい、本日の午前中、私の過失により、渡し守にとって命ともいえる渡し舟を壊してしまいました。私には直す術がありません。そこでこちらの魔理沙さんにお話を伺ったところ、パチュリーさんなら修復方法を知っているのではないかとお聞きしまして、こちらに訪ねにまいった所存です。ぜひ、お願いします。私の舟の修復方法を教えてください!」

深々と頭を下げる。
パチュリーさんはこっちのほうをまったく見ずに手元の本だけを見ていた。
正直、ちゃんと聞いているのかどうか不安になった。

「……頭を上げなさい」

パチュリーさんは厳かに言った。
言われたとおり頭を上げると、パチュリーさんはこちらを見ていた。

「あなたはその舟の修復方法を私に聞きに来た。ということは上司の閻魔にはまだ言ってないのね。言ったら散々お説教を受けて、新しい舟ができるまで謹慎処分になるでしょうから」

ぐ。

「そしてあなたがそれをしなかったのは、その処分を恐れているから。よほど怖い閻魔なのでしょうね。それこそ地獄に落とされるくらい」

ぐぐ。

「あなたがここに来たのは、あなたが犯した罪を逃れようとすることと同義。仮にも地獄の裁判長である閻魔の部下なら、然るべき罰を受けるのが当然だと、私は思う」

ぐぐぐ。

「あなたが舟を壊したのは、あなたが舟を管理するという義務を怠ったから。たとえ過失であったとしても、あなたの責任は変わらない。舟を壊したことついて、私は同情こそすれ、あなたの舟を修復する義務はない」

「……確かにそうです……」

なかばやけっぱちで認める。
……もうこれはダメかな。もう四季様のルナティックなお説教を甘んじて受けなければならない気がしてきた。

「……いいわよ」
「……は?」

何がいいのか、パチュリーさんの言葉の意味が分からなかった。

「私は死神について知識こそあれ、実際の術を見たことはない。だから私の知識欲を満たすには、実際の術を見るのが一番いい。これは利害の一致。私はその舟を修復することで死神の術を学ぶことができる。あなたはその舟が修復することでお説教を免れることができる。その舟の状態を見てみないとなんともいえないけど、修復には協力するわ。すぐに準備するから待ってなさい。実験用具も必要でしょうから、あなたにも運ぶのを手伝ってもらうわよ…………?」

ぷるぷるぷる……。

小刻みに震えるあたい。

「ありがとうございますうううううぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
「きゃっ!!」

パチュリーさんを思いっきり抱きしめる。

「ちょっと……! はなれなさい……!!」
「うわああぁぁ、あなたはいのちのおんじんですぅぅぅぅぅ!!」

なんかちょっとねじが抜けかけているような気がするが、気にしないことにする。
とにかく、うれしかったから。



パチュリーさんの準備は三十分程度で終わった。
荷物をまとめていざ出発、という頃になって、咲夜があたいに声をかけた。

「それにしても、見事な慇懃っぷりだったわね。あなたここで働いてみない?」

苦笑して言葉を返す。

「まあ、あんなのは職を転々としていたら身につくもんだ。もしかしたら、今後、お前さんのところで働くことになるかもしれないね。でも、あたいは今の仕事が気に入っている。四季様はおっかないけど、嫌いじゃない。残念だけど、今はその話はパスしとくよ」

咲夜は微笑しながら聞いていた。

「それに」

最後に一言付け加えた。

「くだけるときはくだけて、締めるときは締める。それがあたいのポリシーだ」

そういってあたいは笑った。




正午。
あたいと魔理沙とパチュリーさんは、あたいの仕事場である無縁塚の上空にいた。

紅魔館を出発するとき、パチュリーさんの荷物は少なくなかった。
こんな大荷物抱えて無縁塚まで、とげんなりしていると、魔理沙が、それなら大丈夫だぜ、
とかいって愛用の箒を取り出した。
そして、ぱかっと柄の先っちょを外し、そこについた赤い丸いボタンを押した。
シャキーン!シャキーン!シャキーン!と三段階に分けて箒が伸びやがった。
……こいつ箒にこんな改造を。

まあ、そんなわけで幻想郷で天狗に並ぶ最速の呼び声高い魔理沙のおかげで、
紅魔館から約一時間で無縁塚まで来られたわけだ。
これに関しては魔理沙に感謝すべきだろう。

で、上空から仕事場に近づくにつれて見えてきたのは、五、六人ばかりの霊のお客さんだった。

「……なんでやねん」

思わず関西弁になる。
ていうかいつもは午前中は三人でも多いのに、今日に限ってそれ以上来るってどういうことよ。
あたいって金運ないんだろうか?


降下して地面に着地すると、あたいはすぐに、お客さんたちにいま舟が壊れていて彼岸まで送れないので、
他の渡し守のところに行ってほしい、とお願いする。
お客さんは当然いい顔しなかったが、渡れないのなら仕方がないということでその場を後にしてくれた。

「……はあ」
「ま、こういうこともある。気にするな」

ため息をつくと、魔理沙が慰めの言葉をかける。
……そうだな、まずは舟を直すことが最優先だ。それができれば金を貯めることなどいつでもできる。

「じゃ、まずはその舟を見せて頂戴。どのくらいの破損をしているのか確認するわ」

パチュリーさんは早速修復作業をやってくれるようだった。



「……これはすごいな」

魔理沙が感嘆する。
まあ、それはそうだろう。あれだけ宙を舞って、そのまま地面に叩きつけられたんだ。大破といっていい。

「どうですか? パチュリーさん」

しゃがみこみながら舟をざっと確認するパチュリーさんに声をかける。

「……少し時間がかかりそうだけど、修復するだけならできそうね。あと私に敬語を使わなくてもいいわよ。
そっちのほうがあなたは楽でしょう」

む。見抜かれている。じゃ、お言葉に甘えることにしよう。

「修復はできる、ということは舟にかけられた術までは保障できない、ということかい?」
「そうね。物を直すだけならその辺の三流魔法使いでもできるわ。でも、この舟を元通りの形に直すことによって術も復元する、という可能性は少ない。ならば舟にこびりついている壊れた術の切れ端を一つ一つ解析して、再び術をかけなおすのが一番よ」
「それは、どのくらいかかる?」
「舟を戻したときの術の状態にもよるけど、解読だけなら難しくないわ。この舟だけにかけられているのなら、
おそらく一時間程度で終わるでしょう」

一時間! そんなに早くできるのか。さすがはパチュリーさん。

「でも、それは「解読」だけよ。解読された死神の術が私や魔理沙に使えるとは限らない。種族が違うと使えない術や魔法は数多くある。現に、私が使えて魔理沙には使えない魔法もあるし、魔理沙が使えて私には使えない魔法は確かにあるわ」
「むう、それじゃ舟が完全に修復できるかは本当に神頼みか」
「そういうことね」

パチュリーさんは荷物から数冊の本を取り出した。その一冊を魔理沙にも渡す。

「おい、私もやるのか」
「死神の術を見たいんでしょ。なら自分で調べなさい」
「へいへい」

魔理沙は生返事で本を受け取る。
かくして、死神の舟修復大作戦は始まった。




舟を元通りに直す作業は、本当に一瞬で終わった。
パチュリーさんが舟の残骸に向かって手のひらを下にして腕を突き出し、二言、三言何かを唱えると、
大きい欠片から小さな破片まで一気に集まって舟の形を形成した。
魔法使いってすげーなぁ。

で、これは前座に過ぎずこれからが本番だ。
舟にかけられた死神の術を解読する作業だ。

魔理沙はその辺の木の棒を手に取り、舟を中心にして地面に円形の何かを書き始めた。……魔法陣というやつだろうか。
それが出来上がると今度は魔法陣の外に出て、さっきのパチュリーさんみたいに手をかざし、なにやら唱え始めた。
すると魔法陣から光が立ち上り、舟に不思議な文様が浮かび上がった。

「あれが死神がかけた術の元になった文字だ。これからあの文字を読んで術を解析する」

魔理沙が説明する。あたいにはなにがなんだかさっぱりわからないが、二人には読めるのだろう。
舟の修復に関して、あたいができることはなさそうだ。
それなら何をしてようか……。
あ、そうだ。

「ふたりともお腹すかない? あたい何か作ってくるよ」
「おー、気が利くな。遠慮なくお言葉に甘えるぜ」
「任せるわ」

二人の了解を得て、あたいは急いで自分の家に戻っていった。




「結論から言うわ」

パチュリーさんはあたいの作ってきたおむすびをほおばりながら言った。

「あの舟にかけられた術は拍子抜けするくらい簡単だった。対外結界、重力制御、そしてそれらをコントロールする出力装置の三つね。
どれも魔法の基本で、私たちにも使えるものだったわ」

ええっ、そうなの!? ぱあぁ、と顔が明るくなる。

「だけどな」

今度は魔理沙が口を開く。

「出力装置があるということは、入力装置があるということだ。ボタンを押せばスイッチが入るように。
そのボタンに当たる入力装置が舟のどこを探しても見つからなかった。
このままじゃ結界や重量制御の魔法をかけても、それを発動させることができない」
「つ、つまり術はかけられるけど使えないってこと?」

二人はうなずく。

「で、でも簡単な魔法ならその入力装置を作れるんじゃ」
「残念ながら、出力装置のインターフェースはパスワードがかけられていて見ることができないようになっていたわ。
それに舟についている出力装置はある特定の入力装置でないと作動しないようになっていたの。
私たちで新しく入力装置を作っても使えない。入力装置を作ることは不可能なのよ」
「……と、いうことは」
「専用の入力装置を入手しない限り、この船を動かすことはできない」

がっくりと膝を折るあたい。

そんな……、ここまできて船を動かすことが不可能なんて。
やっぱりあたいは運がなかったんだろうか。
一生懸命努力してみたけど、報われない努力はあるんだなあ。

パチュリーさんはあたいの肩に手を置く。

「まだ、わからないわ。思い出してみて。あなたが仕事をしているときに、いつもやっていたことを思い出して。
あの舟の術は長距離の遠隔操作で作動するものではないわ。間違いなく、あなたが動かしていたのよ。
どうやって結界を張っていた? どうやって重力を制御していた? それが分かれば入力装置のヒントを得られるのよ」

どうやって動かしていたって……。あたいが舟に乗っているときは完全に無意識にバリアを張ってたり、物を軽くしていたし、
スイッチとかそんなものを押した覚えもないし、せいぜい……


……


…………


「あーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

一声叫んで、あたいは三途の川に向かって走り出す。
桟橋を一気に走り抜けて川に飛び込んだ!

(そうか! そうだったんだ!)

あたいは懸命に「あるもの」を探す。
何十年間も渡し守をやっていてまったく気づかなかった。
それがわかっていたら、もっとアレを大事に扱っていたのに!




























〜〜〜


急に大声を上げて川に飛び込んだ小町を、魔理沙とパチュリーは呆然と見ていた。

「あいつ、ついに頭がおかしくなったのか?」
「さあ……というか本当に自殺したの?」
「あいつが自殺するとも思えないが、このままじゃ後味悪いな。せめて引き上げて供養して……」


そこまで言って、魔理沙は川の異常に気づいた。
いままで静かだった川の水面がざわついていた。


「な……なんだ……? 川がなんか変だぞ……?」
「水面がざわついている……。まるで地震でも起こったかのように……」
「だけど、地面は揺れてないな。とすると、あれはなんだ……?」

魔理沙は困惑した表情で川を見つめる。

「……そういえば」

パチュリーが思い出したようにつぶやく。

「三途の川は絶滅したはずの巨大魚や水竜がうごめいていて、川に落ちた者を餌にしているというわ。
絶滅した水竜は恐竜とも呼ばれていて、それは伝説上のドラゴンのような姿だったとも」
「じゃあ、つまり、この気配は」
「そうね。………………………………出てくるわよ」









その瞬間、川が爆発した。










空気を震わせるような咆哮をあげて、巨大な水竜が姿を現した!

それも一体ではない。複数いる。

長い首をしならせながら、突然現れた極上の餌を我が物にしようと目を光らせていた。





水竜の正面には小さな影が浮いていた。
小町だった。
だが小町は全く動こうともせず、水面に落下した。
気絶している!?

二人は考えるよりも先に体を動かした。
水竜の数は、一、二、三、四、五体。どれもが数十メートルを越す巨体だった。

魔理沙は懐から一枚のカードを取り出す。
そのカードの背には「恋」の文字。

数々の敵を打ち負かした、魔理沙最強の必殺技。

「ドラゴン退治とは気が利いてるぜ!! これで一気に吹き飛びなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

―――――――恋符・マスタースパーク―――――――

光り輝く極太の光線が、小町に最も近い竜の顔面に衝突した。
苦しげな声を上げながらのた打ち回る竜。
そして盛大な水しぶきを上げながら、川の底に沈んでいった。

それを確認した後、魔理沙は自分の箒を手に取って、水竜たちに向かって飛んでいった。



パチュリーは静かに、そして高速に呪文を唱える。
手には一枚のカード。
そのカードの背には「木」の文字。
魔理沙がこれから取る行動は手に取るように分かる。
自分はそれを援護するだけだ。

「風よ。荒々しく吹きすさぶ風の英霊よ。あの者たちを災厄から守りなさい!」

―――――――木符・シルフィホルン―――――――

無数の風の礫(つぶて)が川を渡り、四体の水竜にまとわりつく。
水竜は抗うが、高速で飛び回る礫が行く手を阻み、なかなか前に進めずにいた。

やがて、あきらめたのか一体の水竜が水中に潜った。

(あきらめたの……? ……いえ、違うわ!!)

パチュリーは潜った水竜の行動を読んだ。
そして次に起こることに対処すべく、新たなカードを取り出して詠唱に入った。



魔理沙は川の水面ぎりぎりを高速移動していた。
むろん、行き着く先は一つである。

「こまちーーーーーーーーー!!!!」

小町は答えない。
瞳を閉じてうねる波に身を任せながらゆらゆらと揺れていた。

(くそっ)

このままでは間に合わないかもしれない。
とっさに魔理沙は一枚のカードを取り出す。
そのカードの背には「彗星」の文字。

「ぶっとびやがれーーーーーー!!!!」

―――――――彗星・ブレイジングスター―――――――

光の軌跡と星の欠片をちりばめながら、魔理沙の箒は通常の数倍の推進力を生み出す。
みるみるうちに小町との距離が狭まる。
そして、小町を左腕でかっさらった瞬間、

先ほど小町がいたところから、水に潜った水竜の口が大きく開けられて出現した。

「ひゅーーーー、危なかったなーーーーーーー」

間一髪だった。ブレイジングスターを使わなければ魔理沙も水竜の腹の中だっただろう。
餌を食い損ねた水竜はギロリと魔理沙を睨みつけた。

「どうやらお怒りらしいな。いいぜ、鬼ごっこの始まりだ」

魔理沙は不敵に竜を睨み返した。



魔理沙が何とか小町を救出したのを見て、パチュリーは安堵すると同時に呪文の詠唱を進める。
水竜はかなり頭がいい。
さきほど水に潜った竜の行動を見て、他の竜も水に潜って行動するだろう。
水面上より水面下のほうが攻撃も受けないし、なにより泳ぐことで行動が早くなる。
水に生きるものにとって、水は最高の味方なのだ。

……ならばこちらも水を使わない手はない。
これほど大量の水があるのだ。スペルカードの威力は底上げされる。

やがて四体の水竜は水面に潜った。
そして一気に魔理沙の箒の後ろに迫る。

それを見計らって、パチュリーは持っていたスペルカードを掲げる。
そのカードの背には「水」の文字。

「水よ。生きとし生けるものの命の源よ。あの水竜たちの行く手を阻みなさい!」

―――――――水符・ベリーインレイク―――――――

爆発的に無数の水の柱が上がる。
その柱は水中の土に突き刺さり、水竜の行く手を阻む。
泳いでいた水竜はいきなり出現した水の柱に頭をぶつけ、苦痛の咆哮を上げながら水面上に姿を現す。
まさに、水の檻。
進行を阻まれた水竜と、確実にこちらに向かってくる魔理沙との距離はどんどんと開く。

しかし、水中には一つの大きな影が残っていた。

「しまった!!」



「ちっ!」

魔理沙は舌打ちをする。
飛行速度には自信があったが、水中を泳ぐ水竜のほうが速い。
パチュリーがほとんどの竜を足止めしたが、一頭が間をすり抜けて、いま魔理沙の直下に到達しつつあった。

そして水竜が頭を出す。
横を飛ぶ魔理沙を睨みつける。
そのまま首をもたげ、巨大な口をあけて一飲みにしようと襲い掛かってきた。

「来やがれ!!」

魔理沙は一枚のカードを握り締める。
そのカードの背には「星」の文字。

「ぶん殴ってやらぁ!!」

―――――――星符・ドラゴンメテオ―――――――

魔理沙の拳が青白く光り輝く。
水竜の顔面が間近に迫る。

「食らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

気合とともに魔理沙は水竜の横っ面を思いっきり殴りつけた!
すさまじい轟音とともに光の大爆発が起こる。

水竜が宙を舞った。

やがてその巨体は大量の水しぶきを上げながら水面に落下した。




即席の雨が降り注ぐ。
すべての竜の追跡を逃れた魔理沙は、悠々と、そしてついに川の岸の土を踏んだ。




























〜〜〜


た……助かった……?

三途の川のほとりで大の字になっていることが信じられない。
先ほどまで何頭ものでっかい水竜に追いかけられていたのだ。もうすでに死んでいるなんてことはないだろうか。

「よ。起きたか?」

視界に魔理沙の顔が入ってくる。

「ま……魔理沙……あたい生きてるの……?」
「そうだな。私が死んでなければお前も生きてるな。もっとも、お前はとっくに幽霊かもしれないけどな」

いつもの口調でからかう魔理沙。
どうやら……本当に助かったようだ。

ゆっくりと上体を起こして辺りを見回す。
あれほどの騒ぎが起こった三途の川では、まるで何もなかったかのような静寂に包まれている。
首を回すと倒木に腰をかけて本を読んでいるパチュリーさんがいた。

「気がついたのね」
「うん……あ、ありがとうパチュリーさん。あたいを助けてくれたんだね」
「全く……急に川に飛び込むからよ。渡し守のあなたが三途の川に飛び込む危険性を認知してなかったとは思えないけど」

呆れたようにパチュリーさんが言う。
まあ、確かにその通りだ。あのときに思いついたことで頭がいっぱいで行動することしかできなかった。
ちょっとこの考え無しは直したほうがいいだろう。

「それで? 何でお前あのとき川に向かって突っ込んでいったんだ?」

当然の疑問を魔理沙が口にする。

「ああ、これだよ」

あたいは川で拾ってからずっと握り締めていたものを見せる。

「棒……か?」
「うん。これはあたいがいつも仕事で使っている、舟を漕ぐ棒さ。パチュリーさんが言っていた、あたいがいつも仕事でやっていることって
舟を漕いでることだったんだ。それで確信したんだよ。この棒が舟の術を作動されるための入力装置だってね」

パチュリーさんは読んでいた本を閉じて、あたいが持っていた棒を調べ始めた。

「……危なかったわ。この入力装置にかけられた術は、おそらく死神しかかけられない。
船じゃなく、この棒が壊れていたら私たちはどうすることもできなかった」

な、なんということだろう。大きさに惑わされていたけど、いつも何気なく使っていた棒こそがもっとも大切なものだったのだ。
水竜に吹き飛ばされて空を舞ったときに川に放り出してしまったけど、しっかり握っていればあんな怖い目にあわずに済んだのに。

「よし、これでとりあえず一件落着だな。まあ、いろいろな体験ができたし、
退屈しなかったから今回の貸しはチャラにしてやるよ。また面白そうなことがあったら誘ってくれよ」

魔理沙はいたずらっぽく笑う。

「あはは、ありがとう。でも今回みたいなのはもう勘弁願いたいね。心臓がいくつあっても足りないよ」

あたいたちは互いの顔を見合わせて笑った。

「じゃあ、私たちは帰ることにしましょうか。魔理沙、また荷物とか載せていってね」
「え〜、何で私が」
「後片付けをして初めて物事は終わるのよ」
「ちぇっ、しょうがないな」
「それじゃ、あなたも片づけを手伝ってくれる?」
「ああ、もちろんさ。ここまでしてくれたんだ。最後まで付き合うよ…………あれ?」
「? どうしたの?」
「いや……なーんか忘れているような気が……」

はて、なんだったか。
どうでもいいような気もするし、どうでもよくないような気もするが……。

「まあ、思い出せないのなら大したことではないでしょう。さっさと片づけを済ませましょう」
「うん、そうだね、大したことじゃ、」

あ。

思い出した。

「うわぁぁぁぁぁぁそうだったぁぁぁぁぁぁ!!!」

あたいは片づけを放り出して草むらの中を掻き分けた。
程なくして、この事件の元凶である、あの百貫デブを発見する。
霊にとって毒となる三途の川の水をかぶってたので、すっかり消耗しきっていた。

(し、しにがみさん……ボクしんじゃうのかな……)
「ばかーーー!! 放置して死なれたんじゃ後味悪いだろーーー!! さっさとこっちに来い!! 全速力で彼岸まで送ってやる!!」

修復したての舟を力の限り押して川に浮かべ、デブを舟に押し込んで飛び乗った。

「パチュリーさんごめん! あたいこいつをあっち側に運ばなきゃならないから片付け手伝えない!
後で必ず埋め合わせするからさ! ごめんね!」

舟を力の限り漕ぎ出す。
そこでふと、二人にまだお礼を言っていないことに気づいた。
振り返って声を張り上げる。

「それじゃ、二人とも、きょうはほんとうにありがとう!! この恩は一生忘れないよ!! それじゃ、あたい行くね!! ばいばーーい!!」


「……」
「……」
「まあ、なんというか」
「……」
「死神って大変だな」
「そうね」




○月▼日
渡航霊:二
渡し賃:十五文
午後に一名の霊が誤って三途の川に転落したため、救助をし、全速力で彼岸まで送る。
監督不行き届きであったことを悔いる。
明日からは客の様子にしっかりと気を配ろうと心に留めた。












〜〜〜












<五日目>


「ふ〜〜〜〜〜〜……」

ただいま夕方である。

本日の仕事を終えたあたいは地獄に程近いところにある裁判所を訪れていた。
無論、今まで書いた日誌を四季様に提出するためだ。

この数日間、普段はありえないことが多すぎて、ちょっとばかり死にかけた気もするが気にしないことにする。
ていうか気にすると泣ける。
今日だって何か起こるんじゃないかとびくびくして仕事をしていたし。
何事も起こらなくて良かった……。いや本当に……。


裁判所の長い廊下を通って、一つの扉の前に立つ。
ここが四季様の執務室だった。
トン、トンと軽くノックする。
やがて、お入りなさい、というよく通るきれいな声が聞こえてきた。

扉を開けるとでかい机の向こうに四季様がいた。

「ご苦労さま小町。忘れずに来たようね」
「ええ当然です。さぼったらどんな目にあうか分かりませんからね」

わかってるじゃない、という四季様に日誌を手渡した。
そしてページを開いて目を通す。
まあ、大したことが書いてあるわけじゃない。
すぐに読み終わるだろう。





やがて四季様はノートから目を離し、あたいのほうを向いた。

「小町?」

四季様はにっこりと笑ってあたいに告げた。

「あなたうそ書いてるわね?」

びくっ

だらだらと脂汗が流れ始める。
そんなばかな……。なぜばれたんだ……? あれは小町さん渾身の一作のはず……。
つじつま合わせもしているし、ばれるはずが……。

「この日誌には術がかけてあってね。うそを書くと奥付にうさぎさんのマークが浮かび上がるの」
「マジでっっ!?」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………はっ!! 四季様謀りましたね!?」
「ええ、謀りました」

なんというアホなのだあたいは! まんまとこんな古典的かまかけに!
自分のバカさかげんを心の中で罵っていると、四季様が静かに口を開いた。

「小町さん?」
「……はひ」

さんづけですか。

「とりあえずどんな嘘を書いたのか、すべておっしゃい」

笑顔だけど120%有無を言わせなかった。


三十分後。
全ての罪を懺悔したあたいは俎上の鯉だった。
四季様は終始笑顔だ。怖い。この世のものとは思えない。

「何か言いたいことはあるかしら?」

四季様が問う。

「………………」
「………………」
「何でうさぎさんのマークですか?」
「言いたいことはそれだけかしら?」

薮蛇。
四季様の側頭部にでっかいバッテンマークを幻視した。

「小町……」

四季様はため息をついて席を立った。
ゆっくりと窓に近づき、夕暮れの景色を眺める。

「いい? 罪は毒と同じなのよ。溜め込みすぎると、内側から腐ってその身を滅ぼしていく。鬱やストレスと同じ。宴会などの酒の席で発散するように、罪も何らかの形で発散させなければならない。罪を犯さない存在などいないわ。だから懺悔し、犯した罪を外に吐き出すことで、罪を受け入れる受け皿の中身を減らすの。それは自分の罪を認めること。何事にも変えがたくて大変な美徳。そして罪を認めることで、二度と間違いを起こさないように努力することができる。つまり大切なのは、自分の罪を認めることと、それを償う努力をすることよ。それだけで大変な善行となる。いい? 今後は日誌に真実を書き、困ったら私に相談すること。今回、あなたはたくさんの人に迷惑をかけた。そして私のお説教を免れるためにその事実を隠そうとした。そのことを自覚しなさい」

そう言って、四季様は振り返る。

「まあ、船を壊したときを除けばきちんと霊を送り届けたようだし、その点は評価しましょう」

えっ、それじゃお咎めなし!?

「お説教は四時間で勘弁してあげるわ」
「前より増えてるーーー!?」

四季様はくすくす笑った。

「さ、いらっしゃい。みっちりしごいてあげるから」
「はは……はい……」

仕方がない。今回はついた嘘が大きすぎた。甘んじてお説教を受けよう。
いま思えば、真実を書くべき日誌を適当に書こうとしたときから天罰が下っていたのかもしれない。
それに死神仲間に始まり、魔理沙やパチュリーさん。確かにたくさんの人に迷惑をかけた。
すべて自分の都合から始まったことだ。

あたいは死神。人の死後の行く末を最初に決める、三途の川の水先案内人。
その名に負けないように、もう少しばかり努力しよう。
そう決めて、オレンジ色に染まる執務室を後にした。



〜終〜



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