「そうねぇ……やっぱり、宝塔じゃないの?」

一輪が、最初に意見を述べた。

「そうだよねー。星さんから宝塔を取ったら、牙のない虎だよねー」

村紗が、肉野菜炒めをパクつきながら言う。
肉は、本日しめたばかりの鶏である。

「それは言い過ぎというものですよ、ムラサ。宝塔がなくても、星が有能であることは変わりません」
「まあ、聖の言うことは正しいだろう。ただ、宝塔を無くすのは腕を一本失うようなものだ」

白蓮が優しく弁護し、ナズーリンが正しいと思われる例えを挙げる。

「えー、それって、もう負けてるようなもんじゃん。片手で取っ組み合いしても負けるでしょ?」

ぬえが、右の下唇にご飯粒をつけながら反論する。

「そうだな。でも、ご主人はそこからでも逆転できる能力はある。無能ではない」
「要するに、宝塔を無くさなきゃいいだけの話だよねー」

村紗のもっともな意見に、全員が笑って同意した。

現在、命蓮寺では夕食の時間だった。
ここでは、すべての食事は、居間にある大きなちゃぶ台に一堂に会して取ることになっている。
しかし、今日は寅丸星の姿はなかった。人間の里に住む『稗田』という家の九代目当主が、近々新しい歴史資料をまとめるというので、その取材のために呼ばれているのだ。

帰ってくる時間が少し遅くなっているので、星の話題が出たのだ。
いろいろと話が混線して、ナズーリンが「ご主人が無くしたら一番困るものはなんだろう」とポツリと言い出した。
白蓮の復活の際に、一番重要な毘沙門天の宝塔を紛失したため、星はことあるごとにからかわれていた。
それで、星の不在をいいことに、皆でいいように言っているのである。

「他に、なんか星さんが無くしたら困るものは何かな?」

村紗が、さらに意見を求める。

「うーん……お金とかかしらね。姐さんが神社やってくには、お布施がなきゃね」
「お金の管理は、全部ナズがやってるじゃない。星さんは大金を無くしようがないでしょ?」
「まあね。ご主人にはちゃんと小遣いをやっている。無くしても差し支えない程度に」
「なんか、ナズは星の奥さんだね」

ぬえが無邪気な感想を言うと、皆が笑った。

「違う。私は、ご主人の仕事を代行しているだけだ」
「別に照れなくていいよ」
「照れてない」
「あー、そっか。寅丸さんが一番無くしちゃいけないのは、ナズだね」
「なるほど! 確かに、いなくなると困るわ!」

村紗の的を射た意見に、一輪が手を打つ。

「私をモノ扱いしないでくれないか?」

不服そうに口を尖らせながら、ナズーリンは白米を口に運ぶ。

「そうですね、ナズーリンは大切な命蓮寺の一員です。損得を考えてはいけません」

白蓮が、たしなめるように言う。

「あー、でも、星が無くすものは、モノじゃなくてもいいわけだ」
「あ、なるほど! 発想を変えるわけね! あんた、意外に面白いこというじゃん!」
「一言多い」

村紗が、ぬえの意見に感心する。

「寅丸さんが無くしちゃいけないものねぇ……やっぱり、真面目さかしら」
「あー、そうだね。昼ごろまで寝てる星さんなんて嫌だ」
「勤勉な性格は、ご主人にとって一番の美徳だな」
「そうだよねー、あいつは頭にクソが付くくらい真面目だよねー」
「しかし、星は固いだけではありません。その場に応じて対処できる柔軟さも持っています」
「なんだかんだ言って、寅丸さんは頭がいいわよね」
「なんだかんだって……一輪、ひどいこと言うね」
「な、何よ、ムラサ。別に、悪気があるわけじゃないわよ」
「となると、星が一番無くしちゃいけないのは、知恵かなー」
「そんなの、誰が無くしてもいけないだろう。ご主人に限ったことじゃない」
「そういえば、そうかー」
「私が思うに、星に一番無くしてほしくないのは、努力する心ですね。今の地位にいるのも、あの娘が努力して掴み取ったものです」
「おぉ、さすが聖! 言うことが違う!」
「確かに、努力しなくなった寅丸さんを見るのは嫌だわー」
「でも、一ページ分書いた日記に一個誤字があったからって、全部書き直さなくてもいいと思うんだよ、私は」
「ねー、星さん、鉛筆絶対使わないもんねー。筆のほうが書きやすいとか言って」
「なんか、変なこだわりを持っている人よね」
「まあ、そこが星らしくていいじゃありませんか。筆を使っているのも、書き損じしないようにと戒めているのでしょう」
「うぇ〜、そのくらい気を抜いてもいいと思うんだけどね〜」

ぬえが本当に嫌そうな声を上げたので、皆が笑った。

と、そこに障子の向こうから足音がした。

「ただいま戻りました。遅くなって、申し訳ない」

障子が開き、話のネタの人物が現れた。

「おー、おつかれさまー」
「ご苦労様です」
「おつかれー」
「遅いぞ、ご主人」
「寒かったでしょう。コタツに入って。すぐにご飯用意するわ」

全員で星を迎える。そして、聖の隣の定位置に座った。

「星さん、星さん。いまさー、星さんの話してたんだよ」
「え? 私の話ですか?」
「うん。星さんが無くしたら困るものって何かなーってみんなで話してたんだよ」
「ま、またそういう関係のことですか……もう許してくれませんか」

星は、頭を掻いて苦笑いを浮かべた。

「ねえ、星さん自身は、何を無くしたら一番困る?」

村紗が、口の先を少しつり上げて聞いた。

「いや、そんなの決まっていますよ」

すると、星は即答した。

「ここにいる、みんなです」

星がそう言った瞬間、居間になんともいえない空気が漂った。

「え? ……な、なにか、変なこと言いましたか?」

星は、一人困惑している。

「……ご主人。どうやら、ご主人は羞恥心というものを無くしてしまったようだね」

ナズーリンがそう言うと、居間が笑いに包まれた。

「え? ……え?」

そんな中、星は一人狐につままれたような表情をしている。

「あはは、おかしいわぁ。寅丸さん、すぐにご飯持ってくるわね。大盛りにしとくわ」
「あ、いえ、ほどほどでいいですよ」
「星さん! このお肉、すっごく美味しいの! 食べてみて!」
「ほほう、そうですか。では、賞味しましょう」

不可解な顔をしていた星だったが、皆がいろいろ話しかけてくるので、どうでもよくなったようだった。

命蓮寺の食卓は、いつもより暖かい空気に満ちていた。


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