薄暗い座敷をオレンジ色に照らし出す一本の蝋燭が、その場の灯りの全てだった。

「それでは……これより定例役員会議を始めます……」

上座の席に座っていた黒髪の女性が、厳粛な面持ちで厳かに宣言した。

女性の他に、その場にいたのは三人。
一人は、長い銀髪を大きな三つ編みに束ねた艶っぽい女性。
一人は、その女性と同じ銀の髪を腰まで伸ばした兎の少女。
一人は、黒い癖髪と伏せられた耳を頭に載せた兎の少女。
幻想郷の名家、永遠亭を支える重鎮全てが、その場に揃っていた。その事実が、そして彼女たちの重々しい表情が、これから行われるであろう会議の重要性を物語っている。

時を止める佇まいを感じさせる永遠亭。ここは、その時をさらに押し止めているかのような異様さが感じられた。

黒髪の女性から開始宣言が出されると、傍らに控えていた三つ編みの女性が、おもむろに一枚の紙を見ながら議事を進め始める。

「……そろそろ時も押し迫って来ましたしね、ほとんどが経過報告と確認事項になります。まずは、」
「あ、あの……話を進める前に、一つよろしいですか?」
「? なにかしら、うどんげ?」

三つ編みの女性に、うどんげ、と、この場にそぐわない緊張感皆無のイントネーションで呼ばれた銀髪の兎の少女は、おずおずと話し始める。

「は、はい……。ええと……この会議も、もう十回以上を数えていると思いますが……」
「そうね。正確には十三回ね。それがどうかしたのかしら?」

三つ編みの女性は、丁寧に合いの手を入れ、さらに疑問を重ねる。

「いえ……会議の内容に文句を言うわけではないんです。姫と師匠の議事の進行は素晴らしいと思いますし、お二人の指示で、これまで滞りなく準備を進めることが出来ました」
「あら、ありがとう、イナバ」

黒髪の女性が、頬に手を当てて微笑んだ。

「ただですね……些細なことと言ってしまうと、それまでなんですが……どうしても腑に落ちないことが一つ……」
「ふむ……それは?」
「……なんで、私たち、いつもこんな薄暗い部屋でこそこそ話し合っているんですか? これじゃ、夜逃げか一家心中の打ち合わせみたいじゃないですか。もっと明るいところで堂々と話し合いましょうよ」
「……」

丸いちゃぶ台の周りに等間隔に四人が座り、四つの湯飲みが緩やかに白い湯気を立ち上らせている。
座敷は四畳半。広大な敷地を持つ永遠亭の中で、最も狭い部屋である離れの茶室。そこで、四人が額を突き合わせて話をしていることに、この少女は疑問を持ったようだった。

「甘いわね、イナバ」
「え?」

その疑問に、黒髪の女性は髪をかき上げながらフフンと得意そうに答えた。

「こういったものは、雰囲気が大事なのよ。こういう所で、こそこそ話し合っていると、いかにも深刻そうな雰囲気がかもし出せるでしょう? ただ机に向かって、はい次、はい次、なんて作業みたいに議事を進めるのは退屈以外の何物でもないわ。だから、いつもとは違ったシチュエーションで話をするのが乙なのよ」
「さすが姫。確かに、こういった非日常の中に身を置く緊張感は脳に刺激を与えられます。寝ぼけた頭では重要な議題も頭に入りませんからね」
「もー、鈴仙は細かいことにこだわるわねー。面白いんだからいいじゃないのー」
「……」

少女、鈴仙の突っ込みは、他の三人の分かるんだか分からないんだかよく分からない理由により却下された。……間違っているのは自分なのか? と錯覚すら覚えた。
……間違ってないと思うんだけど……。ちぇっ、所詮、自分はこの中では一番付き合いが短いし、みんなのノリが分からないのは無理ないんだけどさ。

「じゃあ、ちょっと横道に逸れたけど、議題に入るわね。まず、うどんげ。警備体制の方はどうなっているかしら?」
「はい、もちろん順調ですよ。前は身の程知らずの不届き者が何人かいましたからね。師匠の指示通り、1.5倍の人員の配置をして、隙の無いものを考えてみました」
「そう、ご苦労様。後でその配置図を見せてね。今回は一層厳しく行くから、ダメ出しは覚悟の上でいなさい」
「えー」
「あなたは体力面でも頑張ってもらわないといけないからね。いまからよく寝て、規則正しい生活を心がけておきなさい」
「言われるまでもありませんって。あれって一人でやるときついんですから、いまから温存しとかないと」
「前回、あれは好評だったからね。今年もやらないわけにはいかないのよ。期待してるわ」
「は、はい」

きつい仕事とはいえ、尊敬する師匠から期待をかけられると、まんざらでもない。
それに、美味しいと食べてくれる人たちの顔を見るのは、嬉しいものに違いなかった。

「あとは、てゐ。売店の人員は足りるかしら?」
「はい、なんとかー。警備の方にけっこう割かれましたが、うまくローテーション出来そうですよ。売店自体、二つしかありませんし、去年みたいな突発的な即売会にも対応できると思いますよー」
「そう、よかったわ。えーと、次はテキ屋の配置ね。結局、どのくらい集まりそうなの?」
「う〜んと、大体五十くらいですね」
「あら、随分多いわね……前回があまりにも好評だったから、嗅ぎつけてきたみたいね……。姫、これは、ちょっと数が多過ぎますね。いかが致しますか?」
「いいじゃない、お祭みたいだし。屋敷の周囲に陣取らせれば問題ないでしょ、そんなに狭い土地でもないんだし」
「ふむ……分かりました。その辺はてゐに任せるわ。混乱のないように収拾つけなさい」
「は〜い、きっちり場代は頂いときますよ」
「えーと、次は……」

そんな感じで、次々と議題の内容と方向性は決まっていく。
確かに、出てくる話題はこれから行われるであろうイベントの最終調整のようなものばかりだった。よほど前から企画が出され、話し合いと準備がされてきたのだろう。

約三十分後。
議題はほぼ出尽くした。

「……じゃ、うどんげはそれをお願いね。手が足りないようなら、てゐから人手を集めてもらって」
「分かりました」

三つ編みの女性は、鈴仙の返事を聞いてから、ゆっくりと冊子を閉じた。

「……では、姫。これで仔細は話し終わりました。“本題”に入りましょう」
「……分かったわ」

しかし、これで終わりではなかった。
本題、と聞いて、兎の少女たちに緊張が走る。そんな話が今回持たれることなど、一言も聞いていなかったからだ。
話を振られた黒髪の女性は、気分を落ち着けるために、お茶を一口含んだ。

「あなたたち……今回の目玉は何かしら?」
「お尋ねになることもないでしょう。“蓬莱の玉の枝”の展示です」
「そう……あれは、我が永遠亭における秘宝中の秘宝。五つある難題のうち、真贋を問うことすら許されない唯一の本物の宝。前回はあまりにも大事な物ゆえに、人前に出すのがはばかられ、私は展示を許可しなかったわ」

女性は言葉を区切り、意を決したように口を開いた。

「でも、月都万象展・第二回目となる今回は、前回よりもさらにイベントを盛り上げなければならない。お金を貰う立場だしね、前と同じだった、という感想も貰っては永遠亭の沽券に関わるわ。そこで、私は前にはなかった展示物を考えた。それが、蓬莱の玉の枝よ」
「……」

三人とも、その言葉の意味は重々承知である。国宝級のお宝が、持ち主であるこの女性、蓬莱山輝夜の手によって白日の元に晒されようとしているのだ。

「この事はすでに、鴉天狗の新聞によって、幻想郷中に知らされている。永琳、そうだったわよね?」
「はい。姫の指示を受けて作ったポスターと折り込みに、大きく取り上げてもらいました。おそらく、かなりの話題になっていることでしょう」
「そう、ならばいいわ。ということはつまり。十月一日から三十一日までの開催期間に、大入りでお客さんが訪れるということよ。その中に、悪意を持った者が紛れ込まないとは言えないわよね?」
「つまり、警備体制をさらに強化する、ということですかね?」

売店担当の癖髪兎の少女、てゐが聞いた。

「そう。具体的には、蓬莱の玉の枝専用の展示室を、一つ緊急に造るの。そこには蓬莱の玉の枝しか展示しない。そして、その部屋専用の警備員も数名配置。盗まれることが絶対にないようにしたいのよ」
「すでに、蓬莱の玉の枝は今回のイベントで目玉となっているわ。念には念を入れてもいいと思う。うどんげ、てゐ、その対応は出来そうかしら?」

永琳の言葉に、二人は顔を見合わせる。警備部と販売部、お互いの担当から人員を調整しなければならないのだ。だが、新たに警備を増やすのには正直きついのが現状だった。
てゐは、その事実を包み隠さず言う。

「正直、きついですよー。今回は前より規模が大きいですから、今の人員でキツキツです。どこかからバイトを探してきた方がいいんじゃないですかねー」
「外の人間なんて信用できないわよ。うーん……永琳、どうかしら?」
「……すぐには答えが出せないようです。明日、本格的に検討してみましょう。出来る限り、姫のご希望に沿う形で尽力します」
「そう……期待しているわ」

輝夜は優しく微笑む。部下の真摯な態度に心が安まったようだった。

「ですが、姫。その部屋の配置と同時に、話し合うべき問題が」
「? ……ああ、そうね。それも、今日話し合うべきことよね」
「え、なんですか? 他に重要な議題ってあるんですか?」

鈴仙が驚いたように言う。蓬莱の玉の枝専用の部屋を造れば、それで済むのではなかったのか。

「そうよ、うどんげ。犯罪ブラックリストの圧倒的一位にランクされているあの名前。もちろん、あなたも把握しているはずよね」

永琳のその言葉を聞き、鈴仙はハッと息を飲んだ。

「コードネーム“M”、ですか。確かに、あいつは油断できませんね……」

M。そのイニシャルを頭に描くと同時に、鈴仙はあの黒っぽい服と帽子とふてぶてしそうな目も思い出していた。

「でも、永琳? あいつは前回の時に盗みをはたらいたのを見つかって、出入り禁止になったのではなかったのかしら?」
「そうです、姫。ですが、姫はあの白黒ゴ○ブリを甘く見すぎです。叩いても叩いても湧いてくる、くらいに考えた方がよろしいかと」
「つまり、狙ってくる?」
「確実とは言えませんが、何らかの手段を用いて進入してくる可能性はあるでしょう。前は夜間に堂々と侵入してきましたからね。しかも、今回は姫の秘宝が展示されています。あれが出禁程度で諦めるとは思えません」
「うーん、困ったわね……。あいつは普通のイナバたちでは止められないだろうし……永琳に一日中張り付いてもらうくらいしないといけないのかしら」
「……いえ、いくつか策を考えておきました。それと、あれが取るであろう全ての行動パターンを網羅して、防御マニュアルを作ってみましたので」

そう言うと永琳は、先程の議事録の二倍はあろうかという冊子をちゃぶ台の上に置いた。

「いいわね、うどんげ、てゐ。あいつが今回、最大の敵よ。攻めてきたら、蓬莱の玉の枝はもちろんのこと、あらゆる展示物が盗まれることがないよう、確実に仕留めなさい」
「はい、お任せ下さい!」「了解でーす!」

二羽の兎幹部の頼もしい返事を聞き、永琳は満足そうに頷いた。







永遠亭の朝は暗い。
起床時間である午前七時でも、まだ夜明けの様相を呈している。
それは何故かというと、屋敷の周りを覆っている竹林が日光を遮っているからだ。
日が当たるのは、午前十時から午後二時の間の、約四時間程度。夏は多少長くなるが、冬はもっと短くなる。

こんな日当たりの悪い物件である永遠亭では、当然、日光は貴重な資源として認識されている。布団干しや洗濯の直属部隊がいるほどだ。
屋根一杯にござが敷かれ、その上に布団がズラーッと並べられる。南側の日当たりのいい庭には、溜まった洗濯物がズラーッと干される。
温かい布団で寝られるのや清潔な衣服が着られるのは、彼女らの活躍なくしていられない。
鈴仙も、それは心から感謝していた。

まあ、そんな感傷を内に秘め、鈴仙は永遠亭の廊下をトタトタ歩いていた。
朝餉も食べ、食休みも一段落つき、そろそろ体を動かそうかという頃合である。

鈴仙は、一枚の図面を広げていた。
それには、今回行われる永遠亭主催、月面博覧会・月都万象展2が行われる展示室の見取り図が描かれていた。
いくら前回よりも規模が大きいからといっても、みんなの寝室や風呂場など、永遠亭の全ての部屋を使って催されるわけではない。
いくつかの座敷のふすまを取っ払い、繋ぎ合わせ、全部で五の部屋を造るのだ。まあ、二日前に一つ、小さな部屋が追加されたわけだが。

それらは、蓬莱山輝夜が持つお宝の名を冠しており、それぞれ“龍”“仏”“火鼠”“燕”“蓬莱”の部屋と呼ばれている。
鈴仙は、この五つの部屋の警備主任担当者だ。
それぞれの部屋に部下たる兎を配置、怪しい動きをする者がいないかを見張る。夜間は巡回をし、展示物が盗まれることがないようにするのだ。

「さて、最初は“龍の間”ね……」

玄関に程近い二十畳ほどの部屋の図を目で追い、鈴仙はそちらに足を向けた。



ふすまを開けると、薄い竹の香りと共に、なにか作業をしている兎が何羽かいた。

「お疲れさま。はかどってる?」
「あ、鈴仙さん。もちろん順調ですよ。もう少しで出来上がりますから」

一羽の兎が振り返り、笑顔で応える。
その手には木製の槌、そして半分に割られた竹が握られていた。

「展示物が増えたから、新しく作ってるのね」
「はい。竹細工作りはいつもやってることですから、任せてくださいね!」

展示をする際には、展示物を置く台と、参加者を仕切る柵を設けなければならない。
永遠亭の周りに腐るほどある竹は、それを作る材料にうってつけだった。

「たしか、龍の間は宝石、アクセサリー類の展示よね」
「はい、そうです。だから、展示を手伝うのはちょっと楽しみなんですよ」

無邪気に笑う兎の少女に、鈴仙は微笑を返す。
ちなみに、仏の間は骨董・巻物類、火鼠の間は反物類、燕の間は日常品・遊具の類、蓬莱の間は牛車から月の石に至るまで種種雑多な物を展示する部屋である。

「これから嫌っていうほど見られるわよ。一ヶ月間、展示しっぱなしなんだから」
「そうですねー。あ、そういえば、鈴仙さんの警備って、今年は二十四時間体制なんですって?」
「あー、まーねー」
「そんな大したことない風に言わないで下さいよ。二十四時間って寝ずの番ってことでしょ? 大変そうですよ」
「ちゃんと寝るわよ。日勤と夜勤に分けているだけ。交代で寝るわ」
「あ、そういうことですか」

合点がいったという風に手を打つ兎。

「じゃあ、頑張って。私も仕事に戻るわ」
「はい。あと三日ですから、頑張りましょうね!」

元気のいい声を背に受け、鈴仙は部屋の中を見回す。

二十畳の部屋は、まず、順路の入り口から入ると、左手に展示物が並んでいく。
それに沿って歩くと、部屋の中を一周して、また入り口に戻ってくる。つまり、展示物は部屋の周囲に置かれていることになる。

「……」

目が正面を向いている動物の視覚は百八十度と言われている。
なので当初、鈴仙は部屋の隅に一人配置すればいいと思っていた。
しかし、永琳の警備増強策のため、もう一人部屋に配置しなければならなかった。

(じゃあ、部屋の対角線に二人おけばいいかしらね)

対角線に二人置いておけば、一人が壁の方を向いてもカバーできるし、席を外しても何とかなる。
順当だった。どの部屋もそれで対応すれば問題ないだろう。
さっき話した兎に再び声をかける。

「ねぇ、部屋の隅っこは警備の兎が座れるように空けといてくれない? あそことあそこ」
「あ、はい、分かりました」

よし、これで展示室の方針は決まった。
次は売店である。



売店は二つある。
一つは、十二畳の座敷一つを全て使った、入り口近くの売店。
そこでは、永遠亭特製の竹細工などが売られる。竹の水筒、弁当箱、竹とんぼや竹鉄砲。こんな所に住んでると、嫌でも工作が得意になるので、どうせならば作って売ってしまおうというものだった。
後は、月都万象展の展示物の中から売れそうな物をチョイスして売るのだ。例えば、“月の砂”とかいう、どっかの観光地でも売られてそうなものが小瓶詰めになって売られる。去年、意外に好評だった。
また、永琳監修のもと作られた、宇宙で人間が食べていたという宇宙食なども売られる。彼女の成分解析によって実現し、極めて近い形で再現されている。他にも、自分の分野である各種の薬の販売も行われる予定だ。
こんなものが色々と並べられているのが入り口の売店である。

そして、もう一つ。食堂である。
これは、てゐのアイデアだ。永遠亭の料理は、その辺の庶民が食べる物より、よっぽど上等な物が出る。それを使わない手はないというのだ。
昼食、夕食を済ませられるだけのメニューや、軽食類、冷たい飲み物まで揃えているので、喫茶店感覚で使える。
てゐは、この食堂にかなりの利益を見込んでいて、輝夜、永琳に猛烈にプッシュしていた。その成果が実り、食堂は展示室と同じだけの規模で実現することとなった。
てゐはすごく喜んでいた。気合も入っていた。新聞の取材にも積極的にアピールしていたし、味が良ければ連日大入りになるかもしれない。

で。鈴仙は今、その食堂に足を運んでいる。今はてゐが内装などで指示を出しているところだろう。
食堂での警備の必要はあまりないかもしれないが、一応見ておくべきだった。



「ほらほら! そこメニュー曲がってるよ! きちんと直しておいて!」

鈴仙が食堂に入る前に、てゐの威勢のいい声が聞こえてきた。

「頑張ってるわね」
「あ、鈴仙」

食堂用の座敷の中は、蔵から引っ張り出してきたついたてで、いくつもの区画に仕切られていた。奥では兎たちが、料理を載せる膳や器を竹で作っている。

「随分と食堂らしくなったわね。家族連れとか入りやすそう」

鈴仙が褒めると、てゐは腕を組んで得意そうに答える。

「道端の安い食堂みたいに、座布団を適当に並べて、なんて見てくれ悪いしね。ついたてを使うだけで、けっこう変わるもんなのよ」

確かに整然としていて見ていて気持ちがいい。
それに、知らない者同士が向かい合って食べていると落ち着かないかもしれない。その配慮もあるのだろう。

「料理を運ぶときも、仕切りに番号をつけておくと間違わなくて済むでしょ? いろいろ便利なのよ」
「へー、さすがね。詐欺まがいのことをするだけじゃないのね」

まあね、とてゐは笑う。

「詐欺は自分が利するから意味がある。商売だって同じよ。私は、自分が儲かるから詐欺をやるだけであって、正攻法で商売やって稼げるならそれもやるわ。だから、やっていて楽しいわよ」
「ふうん」

鈴仙は、そんなてゐに新たな一面を発見するのだった。

「ま、あなたの商売哲学は後でうかがうとして……食堂の方は警備はどう? やっぱりいらないでしょ?」
「ううん、そんなことないわよ。食糧庫の中とか、ちゃんと見てよね。盗まれたりしたら商売できないじゃん」
「ああ、そうね。分かったわ、巡回にそっちも入れとく」
「お願いねー」

そう言って、てゐは器を作っている班の方に向かった。

「……さて、次は、と……」

まだまだ警備が必要な部屋は多い。
鈴仙は図面を見ながら人員の配置を考え、永琳にどういう風に報告するかを考えながら、食堂を後にした。







三日月が白く煌く鈴蘭畑には、柔らかな風が、花のわずかな香りを運んできた。

「は〜、たいくつね〜」

その風に前髪をそよがせながら、一人、いや一体の人形が寝転んで夜空を見つめていた。
時折視界に入る、鈴蘭の花を指でもてあそんでいる。

「こんなに退屈じゃあ、スーさんも飽き飽きしちゃうわよねぇ」

もともと、この鈴蘭畑は人はおろか、妖怪すらも訪れることはなかった。
故に、この人形、メディスン・メランコリーにとって友達、知り合いといえる存在は、目の前に広がる鈴蘭の花だけだった。

それが、どういうわけか一年前にたくさんの人妖が訪れ、彼女にたくさんの知り合いが増えた。
それは、劇的な変化だったといっていい。
自分が言葉をかければ、言葉として返事が返ってくる相手を、メディスンは初めて持った。

とりわけ、薬師である鈴仙・優曇華院・イナバと、その師匠である八意永琳とは細いながらもつながりを持っている。
本当に時たまだが、二人はここに群生している鈴蘭を採集しに来るのだ。
その時、メディスンは二人と会話する。昨日はおもしろい毒がたくさん採れた、持ち帰った毒を何に使うのか、そんな世間話をするだけでも、メディスンは楽しかった。

やがて、鈴蘭の外の世界に興味を持ち始め、ここを拠点にしながら少しずつ行動範囲を広げてきた。だが、その範囲はまだ狭い。接した自分以外の人間、妖怪もほとんど増えてはいなかった。

(いけないわねぇ。これじゃあ、目指すべき人形開放の夢も遠のくばかりだわ)

使い捨てのように扱い、自分勝手な事情を叩きつける人間に、人形の尊厳を知らしめる。
そのことに目覚めてから、いろいろなことを試してみようとしたが、なかなかうまくいかなかった。

民家に人形解放運動のチラシを入れたりとか。
鈴蘭の花をたっぷり玄関脇に置いてみたりとか。

……次の日には、何故か鈴蘭がひとつも飾られていなかったのが残念だったけど。

「あ〜、なにか、パッ、と効果を上げられる様な物はないかしらね〜」

と体を起こしたとき、ガサガサガサッという音と共に、メディスンの顔にバフッ、と一枚の紙が絡みついた。

「うわぷっ! な、なによ、これっ」

慌てて紙を引き剥がし、中身を見てみる。
それには、でかでかと『〜月都万象展2〜』の文字が躍っていた。

「? 何かしらね、これ……」

暇だったので、月明かりを頼りに文字を追ってみた。
そして、見つけた。

「! こ、これは……」


『テキ屋募集中。ご連絡は因幡てゐまで』


「これだわっ!!」

叫び、立ち上がったメディスンは拳を高々と夜空に上げる。

「者どもに、スーさんの魅力をたっぷり見せつけてやるわー!!」

鈴蘭の丘に木霊する人形の咆哮。
それは、なんとなく見当はずれな響きをかもし出していた。







カキカキカキ……シャーーー……カキカキカキ

すぱーん!
「てゐさんっ、燕の部屋の陳列、終わりましたよっ」
「あ、そう。じゃあ、後で見に行くわ。他に仕事があったら、そっちに移って」
「わかりましたっ」
すぱーん!

「……」

シャーーー……カキカキカキ……シャーーー

すぱーん!
「てゐさんっ」
「ああっ、線がっ! もー、出て来るなら静かに出てきなさいよっ! みんな思いっきり、ふすま開けたり閉めたりするから、いつもビビってるのよ!」
「す、すみませんっ!」
「……で、何?」
「ええと、永琳様に言われて新しく作った売店の配置図、見てもらおうかと思って……」
「後にして。いまテキ屋の配置図を作ってるの。もうちょっとで出来るから」
「あ、分かりましたっ」
すぱーん!

……静かに閉めろと言っとるのに。

「はあぁぁぁ……疲れた……」

座椅子の背もたれに身を預けて思いっきり伸びをする。尻尾の付け根あたりで、コキリと鳴った。

(前もこんな感じだったなぁ)

前回の月都万象展を思い返し、自分たちが去年と比べて全く成長していないことに、てゐは苦笑する。
一ヶ月前から始動して、その時は余裕を持って動いているはずなのに、一週間を切り出すといくら仕事に手を付けても全く片付いていない錯覚に囚われる。
そして、前日はくたくたになって眠るのだ。明日から本番だというのに。

(まー、楽しいからいいんだけどね)

お祭の醍醐味は、二つ。準備と本番だ。
どちらに重きを置くかは人それぞれだろうが、てゐはどちらにも魅力を感じている。
だから、こういう切羽詰った状況下で追い詰められる感じがしても、心のどこかでワクワク感が付きまとっている。

もうすぐ始まるのだ。お祭が。

さて、そのためには自分たちが準備を終わらせないと始まらない。
時間は待ってはくれないのだ。

「さーて、もう一頑張り。そしたら一息入れて、次はさっきの仕事二つを片付けないと……」

やる気を出して図面に向かおうと

すぱーん!
「てゐさんっ」
「…………何?」
「あ、い、いまお取り込み中ですか?」
「ううん、だいじょうぶよ。で、何?」
「ええと、てゐさんにお客さんですよ」
「客?」
「はい。テキ屋の申し込みに来たって。なんか、人形が」
「にんぎょう?」

にんぎょう、とは、あの人形だろう。布や綿なんかで人を模した人の形。
はて、自分に人形の知り合いなんていただろうか。

「あ……もしかして……そいつ金髪で、青色の目で、赤い服着てた?」
「あ、そうです。やっぱりお知り合いだったんですね。なんだか怪しかったので、取り次ぐのを躊躇っちゃいました」

それはそうだ。人形が一人で、しかも操っている者を連れないで来たら怪しいに決まってる。

「めんどくさいなぁ。テキ屋の申し込みだっけ? あれって、もう期限切れてるんじゃないの?」
「いえ、今日までです。てゐさんが当日三日前まで、って決めたじゃないですか」
「……」

そうだった。
くっ、日にちだけではなく、時間もきっちり決めておけばよかった。こんな夜中に押しかけてくるとは……。

「分かったわよ。来る者は拒まず。……玄関よね?」
「あ、はい。よろしくお願いしますっ」
すぱーん!

「……」

さて、めんどくさいけど、申し込み受付に行きますか。



永遠亭の、暗くて、くそ長い廊下を素足で歩く。
左右のふすまからは、トンテンカンという木槌の音と、展示物を陳列をする音と、時折絶叫と破壊音が聞こえてくる。
……大丈夫だよね?
覗いてみるのが怖かったりする。

そして、数分かけて廊下を踏破すると、そこにはやはり、見たことのある奴がいた。

「あっ、こんばんは! 久しぶりね!」
「……はい、久しぶり」

鈴蘭畑で暢気に毒吸ってる毒人形だった。時たま、永琳や鈴仙を訪ねてくるのを見かけている。

「あんたがテキ屋志望? じゃあ、名前と、出し物の内容を教えて。いま忙しいから迅速に」
「えっ、忙しいの? 確かに、色々騒がしいわねぇ。さっきからドタバタ聞こえるし、何してるのかしら?」

……こいつは、いま何しに来てるか分かっているのだろうか。これから、ここで祭が催されるというのに、人形だけに想像する脳がないのだろうか。
……無視して話を進める。

「……はい、名前は? 確かメディスン、だったわよね」
「わ、覚えててくれたんだ! そうよ、メディスン・メランコリー。あなたはてゐよね? 改めてよろしく!」

……なんで、こんなにテンション高くて人懐っこいんだろう。それが、今の忙しい状況下ではうざくてしょうがない。
てゐは、懸命に愛想笑いを浮かべた。

「……はい、メディスン・メランコリー、ね。出し物は何するの?」
「もちろん、スーさんを売るのよ!」
「へ?」

てゐの目が、思わず点になった。

「何よ、スーさんって」
「スーさんはスーさんよ。スーさんを知らないの?」

てゐの目が、思わず一瞬細まった。

「ええと……だから、そのスーさんって何かを知りたいの。何かの暗号? だったら、私には分からないんで、他を当たって」
「ええっ! なんでよー! この紙には募集中って書いてあるじゃない! 他に参加資格なんて書いてないわ! 差別だわ! こんなところにも人形差別の波がっ!」

てゐの手が、思わず額を覆った。

「あー……まあ、いいわ……。あんたもテキ屋したいのね?」
「あ、うん! そうそう! あなたに頼めば、お店出してもいいんでしょ?」
「まあね。言っとくけど、屋台骨とか火とか、その他もろもろは自分で準備してよね。私は場所を取っておくだけだから」
「屋台骨? 火? ……うーん、まあ、いいわ! スーさんをたくさん持ってきて、並べておけばいいんだし!」
「……」

なんだか目の前にいる人形は、半分以上テキ屋のやり方を勘違いしている気がした。
しかし、いちいち頭から説明するのもめんどくさい。他にもやらなければならないことは山ほどあるのだ。こいつばかりにかかりっきりになってられない。
まあ、物を売るものだということは分かっているようだから、深く考えないでおく。面倒を起こしたら、その時に考えればいい。

「……なんだか、よく分からないけど、あんたは飛び入りだから、前もって場所がどこか知らせられないからね。当日、あんたの名前入りの立て札立てとくから、そこでスーさんとやらを勝手に売って。OK?」
「おーけー、おーけー! じゃあ、よろしくね!」
「はい、承りました。じゃあ、よろしく」

投げやりにメディスンを見送る。戸が閉まったのを見計らい、てゐは溜め息をついた。

「まったく、めんどくさい……」

これで、またテキ屋の配置を書き直さなければならない。いつまでたっても寝られない。
だが、仕事はきっちりとこなさなければならない。後で怒られるのは自分なのだから。

「まーいいわ。空いてるスペースにちょいちょいっと入れちゃえば」

しかし、手を抜くのも、お手の物だった。他のテキ屋用のスペースをほんの少しずつ削って、無理やり詰めてしまえばいい。言い訳は、急に来たから間に合わせしか出来なかった、で十分だ。

月の光を透かした永遠亭の内部では、鳴り止まない喧騒が続いている。
てゐは、再びその中に身を投じた。







かぽーん

どこからともなく、桶が石畳を叩く音が聞こえる。
この音は、一体どこから発せられているのだろうと、鈴仙はいつも不思議に思う。
しかし、この音を聞いた者は、必ず、否が応にも、風呂を連想するからとても便利な擬音であることを鈴仙は知らない。
だが、そんな事情など、彼女にはまったく関係ないのであって、いま彼女は永遠亭の露天風呂に入っていた。

「ふう……」

息をつくと、立ち上る湯気がそっとなびく。
昼間の疲れが癒されるようだ。
警備の段取りも一応の片がつき、彼女の仕事も一段落がついた。
しあさっての開催に向け、心身を休めるのが最後の仕事だった。

鈴仙は、警備の他にも“月の兎・餅つきショー”と題された催しにも参加しなければならない。
彼女がえっさえっさとついた餅を無料配布し、余ったら調理をして突発的に即売会を行うのだ。
餅など誰がついても同じなのに、なぜかとても好評だった。月の兎だからといって、ご利益があるわけではあるまいに。

(ああ、いやだなぁ……)

一日だけの限定ショーとはいえ、次の日には筋肉痛で腕が上がらなくなる。髪を洗うことすら出来ないほどに。
その億劫さを考えるだけで、鈴仙の頭には憂鬱が募った。

「ん……?」

ふと、脱衣所の方を見ると、誰かが風呂に入ってきた気配があった。
こんな時間に一体誰だろう。もうみんな疲れ果てて寝ているはずなのに。

やがて、湯煙の中から一人の女性の裸身が現れた。頭をタオルで巻き、結わえている。

「あら、イナバじゃない」
「ひ、姫!?」

突然の主のお出ましに、鈴仙はやや狼狽した。
狼狽ついでに、つい立ち上がってしまう。

「何をそんなに慌てているの。立ってないで、湯に浸かるといいわ」
「あ、すいません、そうですね……」

鈴仙は再び湯の中に身を沈める。

「でも、姫はこんな時間にお風呂ですか? もう日の変わる頃なのに」

鈴仙の記憶では、輝夜はすでに床に就いている頃だ。
一日に二度、湯に入ることはあっても、それは朝と夕にきっちり分けられていたと思う。

「さっき、仕事が終わったのよ。それで、いまお風呂。もーくたくた」

鈴仙と一緒に湯に入った輝夜は、同時に溜め息をつく。

「え? 仕事って、なんですか?」

輝夜は不思議な物を見た目で鈴仙を見る。

「仕事って言ったら、万象展の仕事に決まってるじゃないの」
「……え? 姫って何か仕事がありましたっけ。仕事はみんな私たち兎が受け持っているはずですけど」

そう言った鈴仙に、輝夜はまた溜め息をつき、悲しげな目を向ける。

「ひどいわね。私はあなたたちがアリのように働いている間に、暢気にお茶してるとでも思った?」
「え?」
「鴉天狗の新聞インタビュー、これは七本ね。それと、食堂で使う材料の調達の協力依頼。うちにある分じゃ足りないから、紅魔館と白玉楼に頭下げに行ったのよ。色々とねちねち言われたけどね、食堂できないんじゃ、イナバが可哀想じゃない? あとは、万象展の収支の調整。それがさっき。やっと永琳にOK貰ったのよ。ちゃんと黒が出るわよ。良かったわね」
「…………」

鈴仙は、目の前にいる主の真の姿を見た気がした。
表で会場の準備を進めている自分たちの裏で、輝夜はイベントを成功させるために東奔西走していたのだ。

「す、すみませんでした。つい、失礼なことを……」
「誰にも言ってないんだから当然よ。まあ、あなたたちみたいに肉体労働じゃない分、楽かもね」

こともなげに輝夜は言う。

「……」

そういえばそうだ。
一見、気ままに見えるこの主。思いつきで行動し、周囲を振り回すくせして、ちゃんと周囲のことを考えている。
去年、この万象展を開催しようと言われた時は、どうしたものかと困ったものだが、終わってみたら大成功だった。
兎たちも久しぶりに体を動かしたせいで、みんないい顔になっていた。その日の締めの大宴会は、大いに盛り上がったものだ。

このイベントは、もちろんお金を貰う目的のために行う。しかし、普段、永遠亭に閉じこもっている兎たちのガス抜きにもなっているのだろう。
鈴仙は、そのことにようやく気付けた。そして、それが思い付きではなく、計算されていたことにも。

「はあ……いい月ね。満月でないのが残念だけど」

そう言って、輝夜は和やかに笑う。

「姫……」
「ん? なあに?」
「必ず、成功させましょうね」
「……ええ、勿論よ」

静寂に虫の声が響いている。
二人は月都万象展の成功を祈りながら、空に煌く三日月を見上げていた。







九月三十日。

永遠亭の中で最も広い、四十畳の大広間。そこに、約百羽の兎が全員集合していた。
全ての兎の前には一杯の酒が置かれている。
大広間はがやがやと騒がしい喧騒に包まれている。みんな、これまでの準備の苦労を労い、明日からの仕事に精を出そうと互いを励ましあっていた。

『あー、あー、てす、てす。みんな、行き渡ったねー。まだ貰ってない人、手ぇ挙げてー』

てゐが永琳特製の拡声装置で大広間に声を響かせる。
その声に、兎たちは会話をやめて前方を注視した。

『それじゃー、これよりー、月都万象展2・前日壮行会を行いまーす。みんな、準備はいいかなー?』

万雷の拍手と歓声が轟いた。

『……じゃ、姫、お願いします』

そう言うと、てゐはマイクを輝夜に手渡した。
輝夜がお立ち台の上に立つと、拍手はやみ、室内は再び静けさを取り戻した。

『みんな、一ヶ月間、よく頑張ってくれました。おかげさまで、月面博覧会・月都万象展2を開催することが出来ます。今年は去年よりも規模が大きくなり、みんなには大変な苦労をかけました。心よりお礼をします。しかし、まだこれで終わったわけではありません。明日からの本番に向け、今日はよく食べ、よく眠るようにしてください。でも、あまり飲み過ぎて二日酔いはしないように。それでは』

輝夜はコップを挙げる。
それに伴い、兎たちは一斉に自分のコップを持った。

『月都万象展2の成功を願い、ここに乾杯をいたします。乾杯!』

かんぱーい!!

兎たちの合唱が大広間に響いた。
そして、輝夜からてゐがマイクを引き継ぐ。

『はーい! みんな、ちゅうもーく!』

てゐのその声を合図に、ふすま側に座っていた何人かの兎が立ち上がって、横のふすまを開けた。
そして、どっと歓声が上がる。
そこには、机に山盛りになったいなり寿司が置かれていた。

『特製いなり寿司四百個だよー! 姫様お手製の物もあるからねー、運がよければ食べられるかもよー、って! ちょっ、押さないで! 崩れるでしょー!』

我先にといなり寿司の山に群がる兎たち。
その様子を、輝夜と永琳は楽しそうに見つめていた。

「……いよいよですね」
「そうねぇ。はてさて。今年はどんな万象展になるのかしらね」

準備は全て整った。後は、お客を迎えるのみ。



さあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。
月都万象展2、いよいよ開幕するからね。



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