超気持ちいい。
 そんな言葉をつい口走ってしまいそうになる。
 暑くもなく、寒くもなく。春の気候を絵に写したかのような良い天気。
 乾いた爽やかな風が頬を撫でる。
 柔らかな日光が身体に降り注ぐ。
 まるで私を祝福してくれているかのよう。
 そんなうららかな春の空を、ことさらゆっくりと私は東に向けて飛んでいた。
「ふはぁ〜〜〜」
 気の抜けた声を、五月晴れの空のど真ん中であげてみる。
 意味もなく、くるくる回ってみる。
 なんだか、ちょっと楽しいのが悔しい。
 何が悔しいのかもよく分からない。
 まあ、そんな妙なテンションを保ちつつも、私、射命丸文は今日もネタを求めて幻想郷の空を行く。
 新聞記者に休みなどない。休んだ日に特ダネが起こるかもしれないという強迫観念が、私の身体を突き動かすのだ。
 でも、まあ、こんな良い天気の日には多少気が抜けるのも仕方ないというもの。
 私は決して人には見せない緩んだ表情をしながら、空をゆらゆら飛んでいた。
「はあ……最近面白いネタが少ないんだよね〜……」
 誰ともなく呟いた言葉は空しく宙に散った。
 新聞記者の命とも言えるネタストックもそろそろ底をついてきた。
 ここらで一発、大き目のネタでも転がっていないか。
 そんな都合のいい展開を期待しながら、私は散歩じみた巡回をしているのである。
「神社ネタも、そろそろマンネリだしな〜……困ったらあそこに行くのが常套なんだけど……」
 博麗神社の巫女さんには毎度お世話になっているが、それでは読者も飽きてしまう。
 大衆新聞を書く者にとって、飽きは敵である。
 いかに面白いネタを料理し、記事を書き、読者を惹きつけるか。それが出来なければ一流の新聞記者とは言えない。
 私も一流の新聞記者を名乗る者として、そのモットーには則らなければならないのだ。
 とは言うものの、最近私が訪れる場所はパターンが出来上がってしまっている。
 博麗神社を筆頭に、紅魔館。白玉楼。永遠亭。幻想郷の三大家とも言える大きな屋敷は押さえてある。
 そこで面白いものがなかったら、ぷらぷらとあてどもなく渡り歩いていくしかない。
 そして、いまその真っ最中だったりする。
 要するに、何も面白いことなど今のところ起こっておらず、ただ漫然と空を飛んでいるだけなのだ。
「ふむ……」
 このままではいけない。
 毎年行われる天狗の新聞発行部数を競う大会では、毎年私はビリに近い。
 このままでは最下位に転落。天狗仲間からの嘲笑を一身に受けざるをえない。
 それはなかなか恥ずかしいことに違いないので、それは避けたい。
 ならば、一念発起、こんなところでだらだらと空飛んでいる場合ではない。
 私は気持ちを入れ直すと、思考を記者モードに切り替えた。
 記者モードになった私は、その名の通り、ネタを狙うハンターと化す。
 どんな些細なことも見逃さない。猛禽類のような目と兎のような耳、そして我が盟友である鴉のような賢い頭脳を備えた究極の記者となるのだ!
「よし、そんじゃ、行こうか」
 そんなふうに適当に気分を昂ぶらせて、私はさっそく周囲を見回した。
 事故っても仕方ないくらいボーっと空を飛んでいたので、いま自分がどこにいるのかも暖昧だった。
 とりあえず、現状把握に努める。
「あれ……ここは……」
 眼下に広がるのは、鬱蒼と生い茂る深い森林。
 見るからに怪しげなオーラを醸し出すその森は、魔法の森と呼ばれる魔法使いの森だった。
「ふむ、そうね、もしかしたらネタになるようなものがあるかもしれない」
 ここに住んでいる魔法使いとは、何人か面識がある。
 その内の一人は、神社の巫女さんと張り合うくらいの豊富なネタの源泉であり、トラブルメーカーだ。
 彼女の家に行って、何か面白いことがないか聞いてみるのもいいかもしれない。
「よし、じゃあ、早速行ってみますか」
 ようやく目的地を定めた私は、森の中にあるであろう一軒の家を目指して下降していった。

 探し当てた一軒の家は、個人が持っている家の中でも大きなものに入るのではないだろうか。
 少なくとも、私の家よりもずっと立派なレンガ造りだ。
 なんとなく、むかつく。
 むかついたところで、現状は変わらないのだから、どうしようもないけれど。
 私は、その家が森の間から、ちらちらと見え始めたところで、少しずつ高度を下げていく。
 やがて、その家を視界いっぱいに捉える。L字型に折れ曲がった家は、ツタが壁一杯に這い回っており、いかにも魔法使いっぽい雰囲気を醸し出している。
「さて、行きますか」
 ゆっくりと玄関の扉に近付いていく。
 と、そのとき、その扉がこちら側に開いた。
「あれ?」
 一人でに開いた扉にびっくりするが、何のことはない。中の住人がドアを開けたのだ。
 中から出てきたのは、私の目当ての人物、霧雨魔理沙だった。
 おなじみの黒い服に黒い帽子、年季の入ってそうな古い箒を携えている。
 私は、これから外出する様子の魔理沙に近付いていった。
「どうも〜、こんにちは、魔理沙」
 声をかけると、こちらを振り返る魔理沙。すると、いつもの不敵そうな笑みを浮かべた。
「よう、ぶんぶん丸。今日もネタ探しか? ご苦労なこったな」
「まあ、そんな感じです。あと、私の名前は文ですので、そこのところよろしく」
 軽い挨拶を交わすと、私は地面に降り立った。
「これからどっかに行くんですか? また神社ですかね」
「ん? いや、今日は野暮用だ。ちょっと、食料調達にな」
 見ると、魔理沙は大き目のバッグを背中に背負っている。けっこうな量が入りそうなバッグだ。
「はあ、食料ですか。人間は大変ですね、たくさん食べないと生きていけないんですから」
「まあな。そういうわけで、これで失礼するぜ」
 魔理沙はバッグを背負いなおすと、私の横を通り過ぎようとした。
 む、ここで去られては、ネタを提供してくれそうな人をまた捜さなければならなくなる。
 とりあえず、もう一声かけてみる。
「あ、ちょっと待って下さいよ。もし良かったら、魔理沙の食料調達、見学させて貰えませんか?」
「あん?」
 振り返った魔理沙は、怪訝な表情を浮かべた。
「……なんで」
「いやいや。最近ネタに困ってまして。魔理沙の食料調達ってネタになるかも、と思ったわけです」
「……面白いことなんてないぞ。ただ、キノコと果物を取ってくるだけだ。ものの三十分で終わるぜ」
「む、そうなんですか? ほんとにあまり面白くなさそうですね」
「だろう? 来ても得なんてしないぜ。時間を無駄にするだけだ。それなら、霊夢のところにでも行っていたほうが、よっぽどいいんじゃないか?」
「でも、一見つまらなそうな事象にこそ、本当に面白みのあるネタが詰まってたりするんですよね〜」
「……そんなことはないと思うぜ。私は毎回のように食料調達に行ってるが、面白いことなんて何一つ起こったことがない。断言できるぜ」
「……?」
 私は、なんだか、いつもの魔理沙とは違う雰囲気を感じ取った。
 いつもなら、勝手にしろ、とでも言って同行を許可しそうなものだ。
 なのに、今日は明確ではないものの、拒否している。いや、確かに食料調達が本当につまらないから、気を遣っているだけなのかもしれないけど、魔理沙にそんな気遣いが出来るだろうか。
「じゃあな。さっさと済ませたいんだ。お前に付き合ってられる時間はないぜ」
 そう言うと、魔理沙は、ひらひらと手を振りながら私の横を通り過ぎていった。
 その行く先にあるのは、魔法の森。
 どうやら、食料調達はあの森の中で行うらしい。
(あれ……? なんだろう。なんか、おかしいような気が……)
 魔理沙が魔法の森に向かう姿を見て、私はなにか違和感を感じた。
 なんだか、ピースのはまらないパズルというか、そういうぴったり感がしないのだ。
 私は、歩き去っていく魔理沙の後ろ姿を観察した。
 いつもの黒い服。黒い三角帽子。
 背中に背負った、大きなリュック。
 そして、箒。
(あ、そうだ……)
 魔理沙は箒を使って飛んでいないのだ。
 魔理沙は、私ほどではないにしろ、飛ぶ速さは相当なものだ。
 鉄砲玉みたいにびゅんびゅん空を飛び回っている姿をよく見かける。
 彼女と箒は、セットといってもいいくらいにお馴染みだし、よく似合っていた。
 それが、今は二本の足で歩いている。
 しかも、箒を持って。
 それに、食料調達は、三十分で終わるといっていた。なら、箒を持っていく必要などないのではないか? すぐに家に帰ってくるなら、なおさらだ。
 つまり、ここから導き出される結論は……。
(魔理沙は、食料調達の後、どこかに行こうとしている……?)
 そう考えるのが自然だろうか。
 いずれにせよ、今の彼女には妙な違和感がある。新聞記者の勘というか、私の鼻が何かのにおいを感じているのだ。
(ふ〜む……)
 腕を組んで考える。
 魔理沙の姿は、魔法の森の向こうに消えようとしている。
(追跡、してみようか……)
 面白いかもしれない。
 どのみち、これからの予定などなかったのだから、時間を潰す意味でも有意義だ。
(よし、そうと決まったら、さっそく開始ね)
 私は、すでに森に消えた魔理沙の後を追って足を踏み出した。


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