※この物語は、弊サイト、またはクーリエに掲載されている
『小野塚小町の船頭日誌』『小野塚小町の越冬戦記』『小野塚小町の転職草子』
をお読みいただいていると、より楽しむことが出来ます。

























 第八十七番裁判所。それは、地獄に程近いところにある。
 三途の川岸から野を越え山を越え。ちょっとしたハイキング気分を味わった後に辿り着くのがここだ。
 もっとも、ハイキングのようなうきうきするイベントが待ち構えているわけではない。ここは、文字通り、裁判所。
 天国か地獄か、おっ死んだ人間の魂を天秤にかける最終関門。
 いままでの人生の全てが試される審判の場所。ここを訪れるということは、いままでの人生を賭して戦うということに他ならない。
 甘えと妥協は一切通じない。文字通り、人生を試される。
 裁判官である閻魔様は手心を加える仏心などない。なぜなら、そこを訪れた者の人生を秤にかける、ただそれだけだからだ。
 だから、たとえ地獄行きになろうとも、それは自業自得。いまさら後悔しても遅すぎる。
 地獄で罪をほろぼし、また来世でやり直す。それが魂の輪廻の肝なのだ。
 ……なーんて、ちょっとしたシリアスチックな気分に浸ってみる。
 ここを訪れると嫌でも緊張するからね、こんな気分にもなろうってもんさ。
 ふわふわと門の前に着地する。すると、すぐに守衛が気付いた。
「よう、小町ちゃん! こんちは!」
 右手を上げて気さくに挨拶してくる。裁判所の守衛にしてはえらい軽い。だが、あたいはそこが好きだ。
「こんちはー。いやー、今日もお勤めご苦労さんってね」
「はっはっは、小町ちゃんは今日もサボってるのかい?」
 あたいのサボり伝説も音に聞こえているようだ。なんとも不名誉だが、自業自得なので甘んじて受け入れる。
「いやいや、今日はちゃんとした目的があってきたんだよ」
「ほー、四季様に何か用かい?」
「まあ、そんなとこ。好き好んでここには来たくないしね」
「はっはっは、小町ちゃんがここに来る時は、いつも四季様のお説教を聞きに来る時だもんねえ」
 まったくもってその通りなので、言い返せない。毎回ここに来て説教を聞かされて、この人に愚痴を言っていたので変な親近感がある。
「いやいや、今日は自主的に来たんだよ。ちょっと有休を取りにね」
「有休? 小町ちゃんにそんな余裕があるのかい?」
 本当に驚いたような顔をされる。この態度で、あたいがどれだけサボっているか分かるってもんだ。
「実はあるのさ。今年は、アレ、があるからねえ」
「アレ?」
 守衛は、一瞬考え、すぐに手を打った。
「ああ、アレか! 小町ちゃん、アレに出るのかい?」
「まあねー。こんな面白いこと、放っておくあたいじゃないさ。そんで、四季様に許しをもらいに来たってわけ」
「なるほどねー。それなら、四季様も首を縦に振らざるをえないな。彼岸全体の慰労の意味もあるからね」
「そうそう。真面目に仕事をするほうが変ってもんだ。この時くらいは楽しまないとね」
 あたいと守衛は、アレ、についてひとしきり盛り上がった。
 気付けば二十分以上話し込んでいることに気付いた。
「おっと、もうこんな時間かい。じゃあね、さっさと手続きして準備しないとさ」
「そうかい、頑張りな。俺も小町ちゃんのところに行くからさ」
「うん、その時はサービスするよ」
「はは、期待しとくよ。じゃあね」
 守衛と別れ、あたいは裁判所の門をくぐった。
 門をくぐると、裁判所の立派な前庭が現れる。
 四角く刈り込まれた植え込みに丁寧にはさみを入れられた木立。その向こう側には雑草の一本すら生えていないような芝生が地面を緑に染めている。
 そして、あたいの目の前には、まるで城砦のような堅牢な石造りの建物。大砲なんかぶっ放してもビクともしなさそうな硬そうな石が積み上げられている。
 あたいは、その建物の正面玄関口に歩いていく。
 斧っぽい武器を持った衛兵が二人、玄関の横に立っていてあたいを睨み据えている。
 あたいは、にへらにへら笑いながら玄関を通り過ぎていく。衛兵は何も言わない。なぜなら、あたいが船頭死神の証である『鎌』を持っているからだ。
 これを持っていれば、裁判所には自由に出入りできる。いわばパスのようなものだ。
 玄関を無事通り過ぎると、裁判所の正面ロビーに辿り着く。
 前に紅魔館に行った時は正面ロビーの広さに驚いたもんだ。その紅魔館の正面ロビーに匹敵する空間が広がっていた。
 赤を基調にした複雑な文様が施された絨毯がまず目に付く。部屋の隅には観葉植物がちらほらと目立たなく置かれている。
 あたいの両手、そして正面には各裁判室に続いている廊下が伸び、かなりの奥行きを感じさせた。
 そして、あたいの斜め横。そこにはつづら折りになるかのように巨大な階段が上に上に伸びている。上を見上げると吹き抜けになっていて、天井がかろうじて見える。年季の入っていそうな石の天井だ。
 まあ、ここはほとんどが無骨な石で出来ている。閻魔様が仕事をする場所としては居心地がいいのだろうか。あたいとしては、もっとハイセンスで小洒落た空間で、コーヒーでも片手に仕事をしてほしいもんだ。
 そんなことをいまさら言っても模様替えしてくれるわけでもないので妄想を引っ込める。
 あたいは、早速階段を目指した。
 ここを最上階まで上るとなるとかなりのダイエット運動になりそうだが、あたいの目的の部屋は二階だ。簡単に着く。
 こつこつと足を鳴らして階段を上がる。この階段も大分年季が入っていそうで真っ黒に黒ずんでいる。
 あたいが初めてここに来たときからこうだったから、ものすごい歳月をたくさんの人に踏まれ続けたのだろう。
 なんとなく、ねぎらいたい気分だった。
 そして、簡単に階段を上がると、横の方に廊下が伸びている。
 そちらに歩みを進める。目的の部屋は何回も行っているので、表札を見ないでも歩幅と感覚で着いたかどうか分かる。
 やがて、そこに辿り着く。ドアの札には、四季映姫。役職名にヤマザナドゥの文字。
 あたいは、慣れた手つきでドアをノックした。
『どうぞ』
 優しそうな柔らかい声が聞こえる。それを聞いた後、あたいはノブを捻った。
「四季様、こんちはー」
 広い執務室。壁一杯に難しそうな本がずらーっと並び、正面には格子状のでかい窓がついている。
 その窓の前にあるこれまたでかい机。その向こうに目的のお方が座っていた。
「あら、小町。どうしたの、今日はまだ一人も霊は来てないわよ」
 大きくて実直そうな瞳、その小さな顔に不釣合いな大きな帽子をかぶったお人。
 四季映姫様は、入ってきたあたいの顔を見るなりそう言った。
「いやー、今日は勘弁してください。これから仕事しますよ」
 いつものように、言い訳する。
 ふむ、と軽い溜め息のような息を漏らす四季様。少し呆れられているような顔も相変わらずだ。
「で? 何しに来たのかしら?」
 早速本題に入る四季様。世間話をする暇もない、と言いたげだ。まあ、これもいつものことだ。
 あたいもさっさと用件を言うことにする。
「四季様ー、有休下さいー」
「は?」
 と言ったあたいに、怪訝そうな顔をする四季様。
 だが、あたいはこれだけ言っただけで、この人はあたいが何しにここに来たのか察することが出来ると踏んでいた。
「……ああ、小町、アレに出るの」
「ええ、アレ、です。いいでしょー、四季様ー」
 手もみしながらねだるように言う。
 やれやれ、といった感じで四季様は机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
「はい、じゃあ、これを書きなさい。丁寧に書くのよ」
「分かりましたー」
 嬉々として、あたいは羽ペンとインクを取る。『特別有給休暇許可書』。紙にはそう書かれていた。
 さらさらっ、と書き終える。
「はい、出来ましたー。これでいいですか?」
 書き終わった紙を四季様に渡す。ざっと確認して、四季様は一つ頷く。
「うん、いいでしょう。許可します。当日は楽しんできなさい」
「言われなくても楽しみますって。任せてください」
「あんまり羽目を外しすぎるんじゃないわよ。それでなくたって、あなたはいつも気を抜きすぎてるんだから」
 釘を刺されるのもいつものことだ。そして、あたいが聞く気がないのも分かって言っているのだろう。
「分かってますよー。……そういえば、四季様はアレに参加しないんですか?」
 るんるん気分で軽い気持ちで聞いてみた。
「私は仕事よ。あなたは楽しんでらっしゃい」
「えー! もったいない……。せっかくの公認のお休みなのにー」
 信じられない面持ちであたいは四季様を見つめる。
「休みは充分貰っているわ。これ以上休んだら怠慢です。あなたが好きにやっているように、私も好きにやっているの。あまり気にしないこと」
 むう、勤労者の鑑のような、悪く言えば仕事の虫のような答えだ。是非曲直庁も四季様のようなお方はとても重宝するのだろう。
「分かりましたよー。四季様がうらやむくらい楽しんできますからねー」
「はいはい、楽しんでらっしゃい。あなたも当日までは仕事をちゃんとすること。準備に追われて仕事できませんでした、っていう言い訳は聞きませんからね」
「へーい、分かってます。んじゃ、あたいは行きますね」
「ええ、ご苦労様。ちゃんと仕事に戻りなさいよ」
 最後にもう一度釘を刺され、あたいは執務室を後にした。
「ふむ」
 さて、これで、当日の休暇は確保できた。
 後は、準備を進めるのみ。作戦会議、といっても一人しかいないが、はいつもの仕事場でやろう。霊が来たら適当に送ればいい。とりあえず、仕事をしているポーズは見せとかないと。
 四季様はちゃんと仕事をしろと言ったが、あたいにはそんな気はさらさらなかった。
 約一ヶ月後に迫った、アレ、の準備を入念に進める。楽しみはより一層楽しみを増やして楽しむ。それがあたいのポリシーだ。
「さて、善は急げだね」
 うきうきしながら、あたいは仕事場に向けて歩き出した。


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