※このお話は、『小野塚小町の縁日閑話』の後日談です。

































〜一日目〜

「小町の家に行きたい!」
 フランドールの第一声は、それだった。
 聞いて、一瞬も考える間もなく返答した。
 聞いたほうが驚くくらいの即答だった。
「な、なるほど。小町の家ですか」
 メルが少しばかり動揺しながら頷く。少しは考えるかと思ったのだが、フランドールの反応があまりに早かったので、驚いているのだ。
「こまっちの家ですか〜。確かに、ちょっと興味ありますね」
 そんなメルとは対照的にのんびりとしているアン。紅茶の砂糖を溶かし入れながら、頬杖をついて答える。
「フラン様、こまっちに会えて嬉しかったんですね。やっぱり久しぶりに会ったからなぁ」
「うん! だって、小町、なかなか会いに来てくれないんだもん。寂しいよ」
 ちょっとだけ口を尖らせて、足をぶらぶらさせるフランドール。とても可愛らしい仕草だ。
「だからぁ、私から会いに行きたいの。せっかく外に出られるようになったんだし、最初は小町の家に行きたいの」
「それは良い考えだと思いますよ。きっと、小町も喜ぶと思います」
 メルが笑顔を浮かべて賛同する。
 紅魔館屈指の展望ポイントである最上階のテラス。穏やかな日光と暖かな陽気。
 その中で三人はなごやかに笑う。食後のティータイムは、いつもこんな感じでゆったりと過ぎていくのだ。
「フラン様の最初の外出が小町の家。とても、いいと思います。良い思い出になりますよ」
「うん! ……でも、小町、いきなり押しかけていって迷惑じゃないかな?」
「そうですねぇ、こまっち、普通の日はお仕事してるみたいですからね。もしかしたら、忙しいかもしれませんね」
 う〜ん、と三人は考え込む。
「でも、小町に会いたいなぁ。お祭りで一緒に遊んだだけじゃ物足りないよ。もっともっと遊びたい」
「そうですねぇ」
 アンとメルは考えを巡らせる。
 主人であるフランドール・スカーレットの意向に出来るだけ応える。それは、メイドとしての使命でもある。
 なにより、主人が初めて許された自由な外出。その記念すべき日を迎え、二人はフランドールにたくさんの楽しい思い出を作ってほしい。そう心から願っていた。
「じゃあ、小町に直接アポイントを取りましょうか」
 メルが、そう提案した。
「小町の都合のいい日に約束を取り付ければ、小町の迷惑になることもありません。気兼ねなく、小町と遊ぶことが出来ますよ」
「そうだね〜、それが一番いいかもね」
 忙しそうな人と会う約束を取り付けるなら、その人が暇になる時間に会えばいい。簡単なことだった。
「うん! じゃあ、小町の都合を聞きに行ってくれる?」
「お任せ下さい。出来るだけ早い日に約束を取り付けますよ」
「こまっちがフラン様をないがしろにするわけないって。もしかしたら、今すぐにでもいい、って言うかもね」
 あはは、と三人は笑う。小町がそう言うのが容易に想像できたからだ。
「あ、そうだ」
 アンが何かを思いついたように、ぽんと手を打つ。
「フラン様、もしフラン様がよろしければですね」
「ん? なに?」
 アンは、ひらめいた考えを述べる。
 それを聞いたフランドールは、ますます顔を輝かせるのだった。







「外泊?」
 レミリアはソファーに寄りかかりながら聞き返した。
 紅魔館のリビングルームは食後のまったりとした空気に包まれていた。
「はい。小町の家に一泊。フラン様がそれをご希望でしたので、レミリア様にご許可をいただきに」
 メルが、そう説明する。
 三人は、レミリアに相談しに来た。アンの提案は、紅魔館当主であるレミリアの許可をもらうべきものだと判断したからだ。
「ふーむ」
 レミリアは紅茶を一口飲んで、天井を仰ぎ見る。
 つらつらと考えを巡らせているのだろう。
「ねぇねぇ、お姉様、いいでしょう? 小町の迷惑になることはしないからさぁ」
 フランドールがねだるように言う。そわそわと落ち着かなくしているのが端から見て分かった。どうしても、レミリアの首を縦に振らせたいのだろう。
「外泊ねぇ……。初めての外出先に小町の家を選ぶのはいいとしても、いきなり外泊したいなんて言うとは思わなかったわよ」
 フランドールの初めての単独での外出。それには、出来るだけ安全でトラブルの起きにくいところから始めるべきだ。
 まず、最初は、博麗神社のようなところがいいだろう。あそこの巫女は、なんだかんだで頼りになる。
 だから、レミリアとしては、外泊、といういきなりの冒険とも言える提案に、少しばかり首を傾げざるをえなかったのだ。
「私としては、フランには少しずつ外に慣れていってもらって、それから外泊、という形にしたかったわ。それに、私も外泊なんて数えるほどしかしたことないしね」
「やっぱり、難しいでしょうか……。私たちも全力で頑張りますので」
「はい、そうですよ。それに、フラン様はこれまで色々と頑張ってこられました。トラブルなんて起きませんって」
「そうねぇ……」
 メルとアンの真摯な意見に、レミリアは再考する。
 万が一、フランドールが面倒を起こしたら責任を取るのはレミリアだ。紅魔館当主として、幻想郷に住む者たちとは出来るだけ関係をこじらせたくないだろう。
「お姉様ぁ、お願い。私、何が起きても我慢するから。一日だけでいいの。それ以上望まないから」
 フランドールが両手を組んでお願いする。ちょっと眉根を寄せて不安そうだ。
 姉であるレミリアとしても、妹の希望なら考慮する必要がある。そもそも、フランドールがレミリアに願い出ることなど、これまでほとんどなかったのだ。
 頭を下げに来るなど、劇的な変化だ。小野塚小町という存在が紅魔館に与えたインパクトは果てしなく大きい。
 そのことを、レミリアはひしひしと感じていた。
「そうねぇ、そこまで言うなら考えてもいいわ」
「本当!?」
 パッと、顔を輝かせるフランドール。だが、レミリアは人差し指を立てて告げた。
「ただし、条件をつけるわ。一つ。小町の同意を得ること」
「それについては、私たちが承ります。命令を下してくだされば、すぐにでも取り掛かります」
 メルが頼もしい返事を返す。
「二つ。外泊の期間は一泊二日だけ」
「まあ、それは仕方ないですよね。フラン様も、それは承知しています」
 アンがテラスで決めたことを言う。
「三つ。フランが快適に泊まれる環境を確保すること」
「? どういうこと?」
 フランドールが聞き返す。
「小町の家は、庶民の家よ。紅魔館とは天と地ほどの差があるわ。きっと、フランはストレスを感じることでしょう」
「むう、そんなことないもん。小町と一緒にいれば楽しいもん」
 ぷう、と頬を膨らませるフランドール。
 だが、レミリアの意見は的を射ている。フランドールは、これまで紅魔館での生活しか体験したことがないのだ。彼女が庶民の粗末な生活に即応できるだろうか。いや、きっと難しいに違いない。
「フランが我慢できないとは思っていないわ。それは、先日の祭りでの行動を見れば分かる。保護者がいれば、フランは暴走しないでしょう」
「では、私たちも一緒に小町の家に泊まりましょうか?」
 メルが提案した。
「むう! 大丈夫だよ、メル。私、一人でもちゃんと泊まれるよ。小町がいれば平気だもん」
「そうね。私も小町は信頼してるわ」
 レミリアは紅茶に口をつけて続けた。
「アンナとメアリーがいなくても、小町に監督を頼めば大丈夫でしょう。問題が起こってもうまく対応してくれると思うわ」
「じゃあ、お姉様は何が気に入らないの?」
 フランドールが首を傾げて問うた。
「気に入らないわけじゃないわ。ただ、フランには快適にお泊りをしてほしいだけ。生活というものは、枕が変わっただけでも全く違うのよ。甘く考えるべきじゃないわ」
「ふうん。じゃあ、どうしたらいいの?」
 フランドールが先を促す。
「アンナ。メアリー」
「はい」
 レミリアの呼びかけに、二人は気持ちのいい返事を返した。
「小町の家を検分し、フランが泊まるにふさわしいかどうか調査しなさい。ふさわしくないと判断したなら、ふさわしくなるまで環境を整えること。いくら工面してもいいわ。出来る限り、フランにストレスを与えないものを準備しなさい」
「かしこまりました」
 二人は優雅にお辞儀した。さすがにメイド長・十六夜咲夜の教育の賜物である。レミリアも満足げに頷いた。
「じゃあ、すぐに取り掛かりなさい。フランは二人の報告を大人しく待つこと。準備ができ次第、小町の家に向かいなさい」
「は〜い」
 フランドールは素直に頷いた。
 とりあえず、アンとメルに任せよう。きっと、小町の家に泊まらせてくれるだけのものを用意してくれる。二人の仕事に信頼を置いているからこそ、フランドールは駄々をこねずに待てるのだ。
「アン、メル。頑張ってね。期待してるから」
「お任せ下さい。きっと、小町の家にお泊りできますよ」
「あたしたちが責任を持って見てきますよ! フラン様はお泊りのスケジュールでも考えていてください!」
「うん!」
 元気よく、フランドールは返事する。
 彼女の笑顔に応えるべく、二人は早速仕事に取り掛かった。


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